前回のSSの続きです。ぶった切りました。
断面は焼き鏝で焼きました。吃驚するほど醜いです。
というか自分で読んでて思うのは、ここはこういう意図だから汲み取ってくれよと言わんばかりの押し付けがましさに溢れる面白文章だなってことです。
読み取って欲しいならもっとしっかり書けよって感じですがね。無理です。
彼女が数秒前に放った言葉の意味が理解できず、僕の視線は一瞬、焦点を探して彷徨った。
時間を合わせる?肉体的に成長する?そんなことができるのか?いや、方法可能性云々は現時点での問題ではない?
そんなまとまらない思考群が、一秒すら数えられない短い間に僕の頭の中を駆け巡る。
しかしぼやけていた彼女の顔が明瞭に見えるまでの数刹那で、僕は自分なりの答えを見つけ出した。
「それはつまり…そのまま額面通り、僕が何らかの方法で肉体的に成長すると捉えていいんだな?」
「それ以外の意味に取れるような言葉だったかしら?」
その疑問の言葉を肯定と受け取り、僕は暫らく考え込んだ。
この取引において、僕に何かリスクはあるか?
勿論ある。時間をかけて成長したほうがより多くのことを学べる。急速に成長するというのはそのまま、急速に老いるという意味でしか無い。
だが、僕は新しい力が欲しい。俗物的な意見ではあるが、だからといって即ち高尚でないとは限らない。自己を研磨したいというのは、普遍的な願望だろうと僕は思う。
取引を飲めば、契約者としての力が手に入る。いや、それだけではない。同時に成長した僕としての力も手に入ることになる。しかし、それと引き換えに12年の時間を失う。
馬鹿な。これでは到底釣り合わないじゃないか。
12年だぞ?12年もあれば人間なんだってできる…とまでは流石に言えないが、あらゆることを成功させる下準備くらいはできるだろう。
「答えは出たかしら?まさかここまで悩まれるとは思ってなかったわ」
「黙ってろ。今すぐ聞けるのはてめぇにとって都合の悪い回答だけだ」
乱された思考を紡ぎなおす。
僕にとって最善の選択は何だ?
契約者となり、普通に成長することだ。或いは普通に成長した後、契約を結ぶことだ。
このうち、契約を結ぶというのは条件として必須だろう。何故なら二十歳までであれば、単に契約するだけで、普通に成長する場合と同等かそれ以上の能力を得ることができると考えられるからだ。
くっそ。どうしたいんだ、僕は!
落ち着け、少し論理的に考えなければ。
契約によって得られる利得を8としよう。これは一流の運動能力と思考能力分だ。言い換えれば、一流のアスリートと学者分になる。単純に片方になるのに少なくとも、僕の人生の約20年分を費やす必要があると考えよう。だとすれば契約は人生の年数換算で約40年分の価値になる。よって失う十余年はその四分の一の価値、利得は2だと考えていい。
僕が別の誰かと契約できる可能性を…大きく見積もって40%だとすると、契約しなかった場合の期待利得は(8+2)×0.4+2×0.6=5.2。契約した場合は勿論8だ。
なんだ。明らかじゃないか。
たった12年を過大評価しすぎたか?
数値はかなり恣意的だが、契約の年数換算価値はだいぶん低めだし、別人との契約可能性も僕にしては高めに設定したので、利得の差が開くことはあっても逆転することはないだろう。
粗末な論理だが、今の僕にしては精一杯といったところだ。
「…おーけー。契約しよう。ああ、待て。但し条件がある」
そう言いながら僕は彼女に向き直る。
彼女は長い間待たされたことと、更に条件を提示する僕にうんざりした様子を見せながらも答える。
「何よ?言ってみなさい、聞いてあげるわ。聞き入れてあげるかは別問題として」
「僕の成長に2年の猶予をくれ。成長に必要な手術なりなんなりは施しながらでもいい。全体で2年分だ」
自分に有利な取引でも可能な限り利益を上乗せする。交渉の基本だ。
「構わないわ。もとより成長期にはそれなりの学習と運動を行って能力を高めてもらう予定だったから」
そんなことを彼女はしれっと言ってのけた。
「そうかよ。なら取引成立だな。それで、どうやって契約するんだ?」
そう尋ねる僕に、彼女は何も知らないのねというような笑顔を見せて、
「もうできているわ」と言った。
「契約は両者の合意で成立するの。諾成契約ってやつね」
僕は一瞬虚を突かれたかのような顔をしていただろう。
彼女の意地の悪い笑みがそれを証明していた。
「ふ、ぅん。やけにあっさりしてるんだな」
少し言葉に詰まりながらも、そう僕は言った。特になんの感慨も込めずに。
しかし重大な決定であるにも関わらず、その方式がいやに軽薄であることが小気味よく、僕は軽く勢いをつけて椅子から立ち上がった。別段汚れてもいないズボンを軽く払いながら、何気なく帰り道のほうへ視線をやる。
勿論そこには来たときと変わらない冷たい暗闇が広がっていたが、それでもそこに暗闇があるということに僕は言いようもない安堵を覚えた。いや、より正しく言えば僕と彼女は。
そうしてエリエスと僕は暫らく無言で佇んでいたあと、一言の挨拶もなく別れた。
夜が終わってしまう前に帰らなければ、と。僕とそして彼女はただ静かにそう思っていた。