こんばんは。



お久しぶりです♪



保育士の資格をあと一歩のところで取り損なっていますが、なんと、看護師の免許を取得したことを報告します。



3年間、看護の専門学校に通いました。



大変だろうなと覚悟はしていましたが、まぁそれはそれは毎日大変な3年間でした。

もう2度と戻りたくない時間です。それほどに過酷でした。


1年生の時は主に実技演習、その頃から提出しなければならない課題の多さに驚きました。

1人の先生からだけじゃない、いろんな先生からいろいろな日にちを〆切にたくさんの課題が次々と出されます。学校行ってる時間は授業があるので、どう間に合わせようかと必死です。


人体解剖の難しさにも。


2年生に上がるとき、6、7人ほど減っていました。退学と留年者と休学者が出るからです。

ほど、というのは上から降りてきた子たちの分増えることも多々あるからです。



2年生になると学外から来てくれる講師の先生の授業の数も増え、細かく領域や疾患を学んでいきます。授業の入れ替わりが激しくその度に難関試験を受けま

す。一年間ずっと同じ授業ではありません。4回(4週)授業終わったら試験、みたいな感じでまた別の授業が始まります。一日4限のうち2限テストなんていう日々でした。

グループワークもとても多く、喧嘩の日々でした。苦笑(正直人間関係が一番大変でした。先生生徒含め)




2年生後半から1年間は、ずっといろいろな病院でさまざまな実習を受け続けました。


慣れない病院で患者さんを受け持ってアセスメントを行い看護計画を立ててそれに沿って看護ケアを行いまた記録します。


一日のうちで関連図という患者さんの疾患と個別性に合わせたものとデータベースと看護上の問題点を作り上げて目標と振り返りも書いて、かと言ったらもう退院して次の患者さん、という日々で、朝方まで寝られずに慣れない病院で働き怒られて詰められて、、、。


小児、成人、老年、母性、精神、地域在宅、などなどのすべての領域を終えて、看護研究や授業も続き、ホッとする間もなく2月に山の国試を受けます。



私の場合は国試の勉強は舐めていて、年明けから適当に始めました。


それでも受かったので、思うところは、疾患の知識に加え、人口の移り変わりなどの常識問題と、看護師としてこんな時相手にどんな態度を取るかどう声をかけるかみたいな、知識だけではない人間性を見られているように感じました。半分はそれでいけると思います。

あとはひたすら問題を解いていました。

食卓でご飯を食べる時間も惜しんで問題を解いて解説を読んで書き込んでいました。




看護師の中でも、看護師楽しい!って思っている人は少ないです。辛いし病んだりしながらなんとかなんとかの人の方が多い。


辛く厳しい仕事だけれども、それでも看護学生の生活の方が苦しかったです。実際に休学届を提出するところまでいったこともあります。

免許を手にするまでがとても苦しいです。


なんであんなに苦しめなきゃいけないのか改善点はたくさんあると思いますけど、免許を手にしている今、ほんとうに良かったなと思うので、看護学生さん、がんばれっていう思いです。


学生の時の受け持った患者さんたちに言われた言葉たちを思い出しながら、それを励みにしています。











ある動画(愛子さまの国民への対応)を観ていてふと思い出したことがある


中学生の頃、とても頭の良い友人がいた


同じ小学校で近所だったけど家の場所の問題で一人別の中学校に通っていた

だけど塾が同じで、小学校の下校時と変わらずいつも塾に一緒に行くようになっていた



その道中でその子はいろんな話をしてくれた


中学生ながら難しい本を読んでいて、その本の内容を教えてくれた


「関西国際空港を作ったら、大地震が起こるよ」

と言っていた



関連性はわからないけど、関西国際空港ができて数年後、阪神大震災が起こった



あの子の言っていたことが当たった

と思った




そしてその子は


「人間はね、今後、神さまと猿に分かれるんだって」

とも言っていた



中学生の私は、人間は人間でしょうと思った



猿になりたくない、どういう人が猿になるの?

と聞いた


「ぬいぐるみを抱いているとか」

と言った



え、私ぬいぐるみ好きだよ

私はきっと猿になる


と言ったら

「大丈夫だよ、そういうことじゃない、そんなみんな猿にならないよ」


と言った





数年後、本能のまま動いたり話したりする人のことを人は「猿」と呼ぶようになった


人の気持ちがわかり、人のために動いたり話したりする人のことを「神」と呼ぶようになった




大人になった今、その子が中学生の時に言っていた、「人間は猿と神に分かれる」と言っていたのは、そういうことだったんだと思う



それが見えている今、私はとりあえず人間の大人にはなったんだと思う








前に、「ひゃくえむ。」っていう短距離走のアニメ映画を観たから、似てるなと思ったら、全然違う意味だった。


ネタバレあり



90メートルは、母のベッドから、息子が持っている受信器(ナースコールみたいなもの)までの、反応する距離のことでした。


わたしはこれは心の距離だと思いました。

息子は、遠く離れた東京の大学への進学を決めるのですが、届かないとわかっていても、その受信器を持っていきました。

映画はそこで終わります。


泣けました。