元々は「新しい潮流」というほどの意味で、英語だとまんま“ニュー・ウェーブ”。
それまでサンバしか知らなかったブラジル中産階級の若者が、フランク・シナトラの歌声にシビれたのが、俗にミッド・センチュリーと呼ばれる時代。ファンクラブを結成するだけでは飽き足らず、その音楽性を模倣、サンバの下地の上に築かれたのがボサノバだという。ここまでは面白くもなんともありませんね。
発祥の地は言わずと知れたサンパウロで、海岸近くまで山が迫り出したこの街は、ビーチに近いほど高級で、高度が増すほど逆にクラスが下がる、という構造を呈している。一番高いところなんか、もうほとんどスラム街ですもんね。
シナトラにハマるような若者は、当然ながら海岸に近いところに住んでいた。ビーチ沿いに立錐の余地なく建ち並ぶ高層マンション群。そこに夜な夜な集まって、音楽を聴いたり自分たちで歌ったり演奏したりしていたわけです。

歌や楽器に巧みだと異性にモテるというのは、古今東西の別を問わない普遍的事実で、陽気なパウリスタはことのほかその傾向が強かった。で、誰も彼もがギターを抱えて、動物で言えば求愛行動に精を出していたのですね。ただ人間の場合、真昼間からそれをやるのはさすがに気が引けるので、行動はもっぱら夜間に集中する。
問題はそこです。
サンパウロの高層住宅というのは見かけによらず安普請で、薄い壁はもちろん、天井から床まで隣近所に音がダダ洩れになったのだとか。興に乗って遅くまで騒いでいると、上下左右からドンドンと叩かれる。「うるさい、静かにしろ!」という苦情であります。
だが求愛行動というのは何しろ本能ですから、やめろと言われたからといって、おいそれとやめられるものではない。そこで彼らは、次第に歌声と演奏を小さくしていく習慣を身につけた、というのですね。
囁くように歌い、それでもしっかりと歌詞が届く独特の唱法は、サンパウロの厳しい住宅事情がもたらした思わぬ副産物だったというトリビア。これを知っているといないとでは、ボサノバの味わいも相当違ってきますぞ。お試しあれ。