さきしま待望論…というのがあるかどうかは分かりませんが、僕にとってあの場所は特別で、イベントが打てること自体が当たり前ではない、それを実感した9ヶ月ぶりのさきしま開催。場所を変え、イベントを打ってもどこか借り物のような違和感をずっと持っていました。もっと言い換えれば、僕は、極端なことを言えばここでしかイベントをしたくないし、ここでしかイベンターココさんにはなれないんだなぁ、と。


久しぶりのさきしまコスモタワー。先にも言いましたが、制限のまだまだ多い中での開催でした。中でも1番、きつかった制限が、マイクの飛沫防止シールドの義務化、でした。さきしまでイベント開催をするにあたって、会場側からお願いされた制約の1つにそれはありました。マイク部分を扇形の透明なシールドで囲い、演者の歌声から飛沫感染を防ぐためのもので、この頃ネットで購入することができました。これが非常に曲者でした。


まず、音響の低下、歌声がシールドに阻まれ、籠った声になってしまうこと。籠った声でのライブをさせてしまうことを、本当に情けなく感じました。また、透明のシールドは音響を阻害するだけでなく、声をそこに当てなければならないという余計な気苦労をかけ、観客からは歌がちゃんと聴けないストレスを感じさせるものでした。また、ステージをカメラにおさめたい人にも非常に不向きなものだったかと思います。反射で光るし、顔の前に障害物があるのはそれだけで魅力を半減させます。


この日のトリは、Magic Timeさんにお願いしたのですが、パフォーマンスも非常にやりにくそうだったし、後から聞いたら自分の歌声も反響で上手く聞こえなかったりもしたらしい。


それでも、誰1人文句を言うことなく、全5組素晴らしいパフォーマンスを見せて下さいました。今だから言えるけれど、シールドしかり、ソーシャルディスタンスや発声禁止、握手等接触禁止、顔の半分が隠れたマスク着用チェキ撮影…ビニール手袋着用なんてのもあったな、そんなアイドルライブ何が楽しいん?って。そして、それらに本当に効果があったの?って。正直、テレビとかでも当時、演者同士の間にアクリル板立てたりとかありましたけど、意味ないだろって思ってました。もちろん避けられるリスクは排除すべき時代だったし、試行錯誤して、抜け道を探すようなコスい真似なんかじゃなく、どうしたら認めてもらえるのか、どうあれば魔女狩りから許してもらえるのか。あの当時、イベント制作に関わっていた皆さん誰しもがそれを模索していました。赤字になる確率も数倍あった中で、いかにエンタメを延命できるかだけを考えていました。


前述したシールドありきのライブには一部やはり不満の声もありましたが、それでもたくさんの方々がさきしまで開催できたことを喜んでくれました。温かいお客様、そして出演して下さった演者様に支えられて、もう一度生まれ変わる、そう信じた先にあったのは、またしても絶望でした。


(嫌な時代でした。続きます)



Dの純情vol.8 Sakishima re:birth。


2020年11月14日。実に9ヶ月ぶりのさきしまコスモタワー開催となったイベントです。


出演者はMagic Timeさん、MaleeNaさん、柊ゆうさん、ビジネス妖精!あーみーちゃんさん、Good knight** さんの計5組。演者数を5組まで絞って、限定40名のシッティング、ソーシャルディスタンスのライブ。席の移動や最低限の会話以外発声やMixやコールは禁止。それでもありがたいことにほぼ完売となりました。


既にこの時、D君は袂を分ち、むーさんと僕の2人体制でイベントに取り組みました。当時、高校を卒業した僕の長男がアルバイトとして、もぎりやドリカン、会場整備を手伝ってくれました。こんなこと言ったら何なんですけど、ウチの長男、わりとイケメンなんですよね笑。当時の風貌は、韓流アイドルグループにいそうな、もっと攻めた言い方したらピンチケヲタクみたいな笑、そんな見た目でした。親しくしていた演者様にはもちろん紹介させてもらったのですが、「え?マジでココさんの息子さんですか?イケメンですやん?」と褒めながらディスられる経験をしました笑。余談ですが、今はその5歳下の高校生の次男がイベントを手伝ってくれています。彼はおっきな体のマスコット的なキャラで、こちらも可愛がっていただいています。会場で顔を見たお客様も多いと思います。イベンターを辞めると発表した後、花澤ゆずさんが会場にいた次男にイベントを引き継いで、みたいな話をしてくれたのには笑いましたね。ありがたいお話です。


父親がアイドルイベントのイベンターしてるって、息子達からしたらどんな感じなんかなぁってずっと思ってました。いい歳してアイドルに夢中になって…とか呆れられてるのかなぁ?とか、はたまた広義の意味で芸能の仕事に携わってることを何だか凄いと好意的に受け止めてくれてるのかなぁ?とか。僕は本業も持っています、その傍らで二足の草鞋でイベンターの仕事を始めました。ここ10年くらいは家庭を顧みれる余裕もなかったし、僕個人のこと、家庭の問題、色々あって、正直余り思春期だった息子達と触れ合う時間や会話も少なかったです。そんな中で父親は畑違いのアイドルイベント業を立ち上げた。正直、理解されるとは思っていなかったです。


でも、イベント制作に真剣に取り組む姿や楽しむ姿、関係者様とのやり取り、そして温かいお客様や、何よりこれまで関係を築いてきた演者様が直接息子達に語りかけて下さいました。自分で言うのもなんですが、お父さんがどれだけ心を配ってたくさんの人達から慕われているか、どれだけ真摯にこの仕事や、誰かの夢を応援しようと身を粉にして奮闘しているか、そんなよな話をして下さった方もいたそうです。そして、イベントを作るその工程の最初から最後までを通して体験して、息子達がイベント後に「親父は凄い」と言ってくれたこと。イベンターになって1番嬉しかったのは、息子達が父の仕事ぶりから何か大事なものを感じとってくれたことかも知れません。


(次こそ波乱含みのイベントの内容に続きます)


2020年10月31日、堀江Goldeeさんでハロウィンライブ、「ハロウィンの日にGoldeeでパーティーしようぜ」を開催。


出演者は、柊ゆうさん、MaleeNaさん、Magic Timeさん、ATSUKIさん、ビジネス妖精!あーみーちゃんさん、神凪涙羽さん、Y'z(当時のGoldeeさんの店長さん)さん、に加えて、僕とまちこさんの運営コンビ笑、OJ+OB(おじさんとおばさん)が出演しました。言うなれば、THE ALFEIの前身となるユニットですよね笑。この頃から意味わからんすけど、ちょこちょこステージに立つことも増えてきました。


ハロウィンなんで仮装を、がテーマでコスプレがみんな可愛かった記憶。OJ+OBはガチャピンとムックになって歌いました。その後、ガチャピンとムックは誰かのパジャマになったはずです笑


コラボコーナーを設けて、出演者勢揃いで「君の知らない物語」をやりました。君知らは古の昔より伝わるヲタク界随一の爆上げナンバーですが、最近はもう流石に歌ってる人もあまり見かけなくなりましたよね。ただ、まぁヲタクの大好物には変わりないと思うので、初恋サイダーやRising Hope、only my railgunとかイントロからガッツリアガる曲ってありますよね。え?懐古厨ですか?笑。


自分のステージや、イベント全体の進行とかあれこれ忙しかったのは忙しかったですが、11月のDの純情再開に向けて気もそぞろだったと思います。


さきしまコスモタワーは完全に着席スタイル、定員40名上限、ソーシャルディスタンス、マスク必須、演者は加えて手袋着用して手指消毒徹底…とにかく制限となるもの、クリアしないといけない条件がたくさんありました。コロナ追跡システムの登録なんてのもありましたね、あの当時。そんなこともあったよね、って笑えてる今があってこそですが、あの頃は四面楚歌、周りの大人はみんな敵に見えました。制限はどこででも、でしたが、イベントやライブが1番悪いとされてましたから。コロナは何より心のウチを蝕んでいく病魔でした。


(さきしまに帰ります、続きます)



閑話休題。

少し時は遡って、2020年の2月24日。


Dの純情vol.6が開催された2日後。この日、僕はなつきと西九条ブランニューさんにいました。この日GourDoolsさん(現在は解散)、GOURTRIBEさん(現在は解散)の解散ライブが行われ、それを見届けに行った時のお話。


何度も話していますが、僕がこの世界に来たきっかけは、Re:birthというグループがいたことが始まりでした。いくつかの変遷を経て、最後の活動をこのグループ(TRIBEさんだったかな)で終えることとなったかつてのメンバー、ちはるさん(現在は引退)の有終の美を見るために会場に足を運びました。


ちぃさんはRe:birthと袂を分かった後、STARS(現在は解散?か休止?)で清水久美子さんと共に活動された後、時々ソロでライブに出演されたりもしていて、僕も見に行ったりはしていました。もう時効だから話しますが、リバ解散はちぃさんの脱退がきっかけによるところもあり、メンバーだったなつみちゃん、紀美ちゃん(共に現在は引退)とは絶縁に近い状態だったかと思います。リバファンの総称、彩星隊として1番最後の方にファンになったであろう僕は、気持ち的には最後の彩星隊として、そしてDONDOLIとして活動を再開してからは当時のファンが離れていってしまった2人の活動を、なつみちゃん脱退、紀美ちゃんソロ時代、新しく加入した本間有実(みんみん、現在は引退)さんとのDONDOLI解散までを憚りながら中心となって応援してきた身としては、複雑な思いもありながら、一方でちぃさんのこともやはりどこかで心配しながら、忘れられずにいました。一時は恨みもしました、悲しい気持ちにもなりました。でも、今なら分かります。アイドルグループが日々の活動の中で形を守り続けていくことがどれほど複雑で難しいものなのか。どれだけのものを犠牲にして、華やかな舞台に笑顔で立ち続けているのか。そのわずかでも気持ちが理解できたり、裏方に回れば見えてくるものは決して夢や美しいものばかりではないことが。否定的な意味ではなく、努力が実をつけ、花が咲くにはどれだけ大変なものかを。


DONDOLI解散ライブ、その時点でまだわだかまりや、正論では片づけられない複雑で壊れかけの関係のまま、あの日、ちぃさんとなつみちゃんを紀美ちゃんのラストライブに招き入れた手筈をとったのは、僕です。その時も波紋や、否定的な声もたくさんありました。でも、紀美ちゃんのラストをどうしても見たいと言った2人の気持ちを僕はやっぱり尊重してあげたかった。


この日のライブには、逆にちぃさんのラストを見届けるために紀美ちゃんとなつみちゃんが会場入りしていました。Re:birth3人が久しぶりに揃ったことで会場は色めき立っていました。


DONDOLI解散の際には、ほとんど僕は最愛の推しだったなつみちゃんとは話せませんでした。そっとしておくべきだと思えたからです。


この日、久しぶりに僕はなつみちゃんと会話を交わす機会がありました。今、さきしまコスモタワーでイベントを引き継ぎ、イベンターになったこと。今でもあの頃のことを大切に想っていること。そして僕が話してきたDONDOLIとのことやその楽曲で彼女らを知り、好きになり、今、あの場所で活動してくれているなつきというアイドルがいるということ。


今も手元にあるなつきと、紀美ちゃん、なつみちゃんが一緒に写った写真は僕の宝物です。なつきがRe:birthに、DONDOLIに触れたこの日のことを僕は忘れないでしょう。


そして、この日が3人のRe:birthと僕が会った最後の日になりました。僕は今もあの場所でイベントを開いています。そのかけがえのない時間ももうすぐ終わろうとしています。


(色々と思い出すものですね、続きます)

Goldeeでの次のイベントとして、ハロウィンに合わせたライブの企画が進んでいました。この頃、その裏では社会情勢や、繰り返す緊急事態宣言等規制の合間を縫うように、水面下でさきしまコスモタワー再開の根回しに奔走していました。


先にも述べたように、ライブハウスやライブ自体が悪とされ、疫病を撒き散らす諸悪の象徴のように扱われていた頃でした。そして、会場のさきしまコスモタワーは大阪府の庁舎、公の場所としてコロナをその悪名高きライブイベントで出すわけにはいかない。許可が出る、やっぱりダメ、条件が出る、やっぱり無理、そんな繰り返しの交渉。情報解禁までギリギリの調整が必要でした。


そして、満を持して開催が決まりました。念願のさきしま復活。なつきと志織の生誕中止という大きな挫折から半年もの月日が流れていました。


その時のイベントの名は、「Dの純情vol.8 sakishima rebirth」。僕をこの場所に連れて来てくれた最初の推しの名前を、サブタイトルに付記しました。帰って来たぞ、と、万感の思いを込めて、ようやく約束の場所に戻るのだ、と。強い気持ちで、Dの純情はさきしまコスモタワーに帰還すると決めたのでした。


まぁここからも実際の開催までにはあーでもないこうでもないと紆余曲折あるのですが、ともかく2020年11月14日、Dの純情はさきしまコスモタワーでの開催に再度望むことになりました。この時の告知を出した時のファンの皆さんの温かい言葉を今も忘れられません。


(その前にハロウィンライブをやらなくちゃ、続きます)