今朝、父の愚痴を母がLINEで言って来たので、

その流れから今回の私の荷物を捨てた件を母に言った。

 

「荷物を勝手に捨てるのはありえない」と私。

「両者言い分があるみたいよ(笑)」と母。

 

母はいつもそう。

必ず父の肩を持つ。

 

なので、

「片づけて貰えるのはありがたいけど、

確認→片付けとすべきだった」と私。

「時間が無かったし、私も退院してきつかった」と母。

 

こんな風に論点をズラすのも母の特徴。

 

「うん、そうだよね。それは分かる。

でも、それとこれは別の話」

 

そして、私の荷物は見ていないと母が言ったので、

「じゃあなんで〇〇ちゃん(元夫の呼び名)の写真を捨ててたの?」と訊いたら、

「捨てたのは私(ぺこりマーク)」

 

そして、私がLINEでコンコンと詰めると、

「もう分かったから、次からは気を付ける」と。

 

なので、それ以上は詰めず、

「九条の大罪面白いから見てみてね」と〆る優しい娘。

 

 

親は知らないと思うけど、

私はそれなりにブラックでグレーな世界でも生きて来た。

 

だから、確証が無いことを断定しては言わないんだよ、私は。

 

元夫との写真は、それが元夫だと分からないと捨てれないから、絶対に見てんの。

だから、憤って文句言ってんだよ。

 

この続く怒りは、私だけ知るものを勝手に触られた怒り。

恥ずかしさもあるんだろうか。

見られたくないものであることは確か。

あとはその行為を正当化されていたことへもか。

 

 

多分、子供の頃の私は、両親の理不尽さも飲み込んできた。

自己肯定感も低く、男に尽くすことで失敗して来た。

 

「お父さんは自分の正しさが強過ぎる」

「だから子供は誰も地元に残らなかった」

 

とさっきの母へのLINEに書いたけど、それを直接父に言わなかったのは私の優しさだと分かって欲しい。

 

言わないと分からないから、もう飲み込まない。

 

これ言ったら悲しむかなとか、気にするかなとか思うけど、

私も傷付いている。

 

怒りは悲しみや傷付きの二次感情だ。

 

言ってしまったモヤモヤがあるのは、慣れないことをしたせいだ。

私だって怒りたくて怒っているわけじゃない。

 

そう自分に言い聞かせている。