最近、自然と覚えられていた歌詞が、なかなか入ってこない…。


若い頃の私は、何度も原曲を聴いたり、繰り返し歌っているうちに、自然と歌詞が身体に入っていた。

特別に覚えようとしなくても、流れの中で言葉が出てくる感覚があった。


耳と感覚で覚え、無意識の中で成立していた歌だったのだと思う。





一方で今は、同じように繰り返しても、以前のようには入ってこない。

その代わりに、言葉の意味や流れ、一つひとつの音や呼吸を意識しながら、丁寧に自分の中に落としていくようになった。


回数で覚えるのではなく、理解して受け取る。

流れで出てくるのではなく、自分の中を通して出てくる。


それは衰えではなく、

歌が“感覚”だけから“感覚と意識”へと移ってきた変化なのだと思う。


神島先生は、音程や歌詞の正確さだけでなく、

その言葉がどこから出ているのか、どんな状態で歌われているのかという、

もっと深い部分を見ておられたのだと思う。


ただ正しく歌うのではなく、

その言葉を自分の中で引き受けた上で、自然に出てくる状態。


今の自分が向き合っているのは、まさにその領域なのだと感じている。


その言葉をどう引き受け、どう届けるか。


昔のように、自然に覚えられていた時期も大切な時間だけど、

今は、一つひとつの言葉を自分の中で通して出していく。

その変化もまた、歌の中に生きているのだと思う。



そしてもう一つ、同じように変わったと感じているのが「音程」です。


歌を始めた頃から、音程だけは良い方でした。


演歌歌手が経営するカラオケ教室の体験レッスンでも、

「音程だけは良いね」と言われたことがあります。


感覚で自然に合い、特別に意識しなくても音を“当てられる”状態だったのだと思います。


それは大きな強みで、持って生まれた部分もあったのかもしれません。


でも今は、ただ音を当てるだけではなく、

言葉を通し、どんな状態で歌うのかを考えながら、歌に向き合うようになりました。


その中で感じるのが、

「昔の方がもっと音程が合っていたのではないか」という違和感です。


けれど、それは精度が落ちたわけではなく、

自分の中での優先順位が変わったのだと思います。


以前は、音程が絶対軸でした。

今は、表現や言葉、状態があり、その中の一つとして音程があります。


音程は大切な要素でありながら、すべてではなくなりました。


ただ、もともと音程が良いからこそ、

今の自分は“戻す”ことができるのだと思っています。


音程を取りに行くのではなく、

流れの中で少しズレたものを、自然に戻していく。


昔は、自然に当たる人でした。

今は、意図して使える人へと変わってきているのだと思います。


これは、ただ上手くなるということではなく、

自分で歌をコントロールできるようになる過程なのかもしれません。


そして、音程が良かった人ほど、

一度この壁にぶつかるのだとも感じています。


でも、それを越えた先にあるのは、

ただ“上手い歌”ではなく、

“心に残る歌”なのだと思います。



カラオケの帰りに立ち寄った喫茶店は、創業50年目を迎えるそうです。

今日という時間をゆっくり振り返ることができました🍀



🎤 プロフィール

富山県出身、日本歌手協会プロレベル認定アマチュア歌手の田島美咲(@misakiog)です。

「逢いたくていま」「風のゆくえ」などを歌い、

「空に響く声」「空のあなたへ」などの詩も綴っています。


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