土曜日に、宮谷里香 さんのコンサートに行ってきた。地元の中央公民館というホールで、高校時代に何回か演奏した記憶があるが、一体何年ぶりなんだろうってくらい久しぶりだった。


コンサートはオールショパンプログラムで、前半はエチュード、プレリュード、ポロネーズ、マズルカなどの名曲・ややマニアックな曲を織り交ぜ、合間に彼女のトークを挟んでいくという趣向。ショパンの生い立ちやポーランドの民族舞踊との関係などをシンプルに説明してくれて、初心者の人でも楽しめる内容だったと思う。後半はソナタ3番一曲のみ(4楽章で30分くらいかかる)で、アンコールは幻想即興曲とノクターン20番(戦場のピアニスト、平原綾香で有名)であった。


ミスタッチ(左手)がちょこちょこあったものの、全体的に明快な表現でとても楽しめた。特に、意図的に内声部を響かせることがあり、普段聞こえないメロディーが聞こえたりしたのが印象的だった。また、幻想即興曲の中間部から主題に戻ってくる時、いきなりもどるのではなく、最初はソフトペダルを踏んだまま(予想)弱音で始め、二度目から普通の音に戻るという弾き方はありそうでなかったものでなかなかいいアイディアだと思った。彼女のキャラも、思ったより三枚目で、トークも楽しく充実した2時間であった。


ソナタの3番は、大好きな曲でなので楽しみにしていたのだが、期待を裏切らない出来だった。流石に去年聴いたツィマーマンの演奏と比較してしまうとつらいが、聴衆の方も緊張感をもってついてきたという感じで、落ち着いて聴くことができた。1楽章では第一主題と第二主題が絡むところが良かったし、2楽章の軽快さも満足。特に好きな3楽章(本人はお昼寝タイムと言っていたが)、眠くならないほどアクセントのあるいい演奏だったと思う。欲を言えば、4楽章はもっと前ノリで弾いてほしかったが。


で、今日のタイトルB-minor(ロ短調)はこの3番からとった。調性の話はまた書きたいが、音楽では調によって色彩がある。例えば、ベートーヴェンの皇帝は、オケの和音に導かれ独奏ピアノのアルペジオでE-flatの調性が明確に示され、広がった威厳を感じさせる世界を繰り広げる。ショパンの3番のロ短調は、悲しみの中にも決然とした意思を感じる調である。奇しくもリストの唯一のソナタもロ短調である。きっと私の好みなんだな。


友人のミュージシャンは、メロディーによっても独特の調性があるので、安易に移調するのは気持ち悪いと言っていた。私もカラオケの移調キーはとても気持ち悪い。絶対に原曲キーで歌うことにしている。


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若者の言葉が乱れている。いかにも見識がある(ようにみせたい)大人が口にする台詞であるが、多少乱雑だったり、格式を嫌ったりすることから生まれるのであって、廃れるものは廃れるし、定着する者は定着するのでやはり放っておけという話である。


例えばチョベリバなんて記憶の彼方だし、ら抜き言葉やファミレス敬語(~でよろしかったですか?など)はいやだなぁと思いつつも定着しつつある。最近では「Aのがいい(Aの方がより良い)」なんて~のも耳触りではあるが仕方ないのかなと達観している。


逆にさ~せん(すいません)、あざ~す(ありがとうございます)なんかはちょっと好感持ったり(笑)。


で、定番化しそうだが、まだ一縷の望みをつないでいるのが、店員にお金を払った時のフレーズ。

「ちょうどお預かり致します」

おぃおぃ、ちょうど払ってるのに何を預かっているんだよぉ、消費税かよぉ

と心の中で呟きつつも口には出さない。

それでも50人に1人くらいの割合で、

「ちょうどいただきます」

と言ってくれる店員がいると、ぶらぼぉと言いながら(心の中で)、小さく拍手(これは本当に)している。

意外にそれが、茶髪ピアスのに~ちゃんだったりするので、「まだまだ日本も捨てたもんじゃねぇなぁ」と

爺くさく感慨にふけったり。


それよりなにより、本当の言葉の乱れとは、本人は高等なつもりで使いつつ、実は間違っているというもの。上述のような言葉とは違い、心根が卑しい感じがする。呉智英 氏も指摘するように、例えば「すべからく」の用法である。


「すべからく」とは「すべくあらく」が変化した言葉で、「ぜひとも~しなければならない」という意味である。下に~べしをともなうことが多い。例えば、「学生はすべからく勉学すべし」←ぜひとも勉学しなければならないという意味で、学生は「すべて」勉学しなければならない、ではない。


この「すべて」の高尚な表現だと思って使う輩が多いことを呉氏は指摘し、さらにそういう輩の特徴として、自分を大きく見せようとする人間に多いとも。確かに、「すべて」ですむところをわざわざ「すべからく」と言い換えるところに厭らしさを感じるな。この言葉を誤用する人は、それまで好きでもかなり幻滅する。


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