いよいよ小説本体について。


もちろんネタバレをするような無粋な真似はしないので、未読の方もご安心してお読みください。


村上春樹の魅力は何か? 洒落た文体、洒落た男女、洒落た音楽に洒落た料理などなど。でもそれは表層的な話でしかない。私が考える彼の一番の魅力は、現実と非現実のボーダレスだと思うのだ。


世の中にファンタジーはある。世の中にリアルな話もごまんとある。しかし、ファンタジーとリアリティーがボーダレスに混在している話はハルキ以外にないのではないか。パスタを茹でてたら猫が来て、そいつに導かれるまま細い路地を抜けると、そこの世界は・・・なんて、不思議の国のアリスよろしく、リアリティーがファンタジーになり、またリアルになる、ボーダレスに。やがて境界線が薄れ、リアルかどうかなんてどうでもよくなる。登場人物が入りこむ世界から、読者もまた抜け出せなくなるのだ。


そしてもう一つ、読み進むうちに「人生の真理」について考えさせられることが多々ある。時に小説から離れて、自分のことに当てはめて色々と思索する。これも彼の作品の魅力の一つといえまいか。


そういった以上のような私が考える彼の魅力という意味では、この「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」はまったき村上春樹の作品であり、お勧めできる。


ただ、やや短いモチーフを無理矢理引き延ばしたきらいはある。冗長とまでは言わないが。


そして、これが一番大事なことだが、今回の作品はリアリティーとファンタジーだと圧倒的にリアル寄りである。少しミステリーとも言ってよい。投げられた伏線がきちんと全部回収されるかというと、そういう訳ではない(勿論鼻から期待していないが)。


ただちょっと肩すかしの部分もあるので、続編というかエピローグが欲しい気もする。


リストが巡礼の年第二年に補遺「ヴェネツィアとナポリ」を出したように、補遺を無料贈呈とか、ないか(笑)。