「あれ?バスケの練習は?」

「あー、なんか中止になったらしい」

「そうなんだ」



放課後いつも通りに現れた相葉くんは、いつも通りに机を動かして対面に座った。



「それよりさー、明日が楽しみすぎるんだけど!どこ行きたい?何食べたい?アレルギーとか苦手なものある?」

「好き嫌いもアレルギーもないよ」

「ほんと?」



相葉くんは「そっかー、どこにしよっかなー」と嬉しそう。



「そうだ、しょーちゃんちは門限とかあるの?何時までに帰ればいい?」

「門限っていうのは特にないけど、9時までには帰らないとかな」

「分かった。じゃあ8時59分に帰ろう」

「すごい刻むね」

「ギリギリまで一緒にいたいけど、夜遅くまで連れ回してお出かけ禁止されたくないから」

「ふふ、なにそれ」



相葉くんの言動はいつも予想外で面白い。



「俺が責任をもって8時59分ぴったりに自宅まで送り届けるから安心して」

「俺男だし、現地解散で大丈夫だよ」

「だーめ。しょーちゃんに何かあったら大変でしょ」



相葉くんは時々、まるで女の子かペットを相手にしているかのように俺を扱う。


もしかして鈍臭いと思われてる?

トラックにはねられそうになって腰抜かしたのが相葉くんにとっての第一印象なのだから仕方ないけど。



「しょーちゃんのことは俺が守るから」



情けない気分になっていたら、思いのほか真剣な言葉が返ってきた。


大切にされるのはくすぐったい。

そんな風に思ってもらえるなら、鈍臭いと思われるのも女の子やペットみたいに扱われるのも悪くないかも。



「だから安心して」

「相葉くん…」



そんなまっすぐ見つめられたらドキドキしてしまう。

明るい髪色がキラキラして、映画から飛び出してきた王子さまみたい。


本当にここだけ時間が止まってしまったみたい。




ガラッ!!

「まさきっ!!」



音を失った教室に、突然ドアが勢いよく開く音と誰かの声が響いた。



「こんな所におった!」

「うげっ、やばっ」



相葉くんが素早く椅子から降りて机の後ろに隠れ、俺の影にまわった。

ドアから入ってきた道場破りみたいな人は、見るからに怒り心頭でのっしのっしとこっちに歩いてくる。



「隠れても無駄や、出てこい」



あ、この人。
バスケ部のキャプテンの横山くんだ。


室内スポーツだから色白で、関西出身らしく関西弁で、3組のクラス委員。

相葉くんほどではないけど彼もなかなか目立つ存在。


びっくりして固まっている俺を通りすぎて、後ろに隠れていた相葉くんの腕をがしっと掴む。



「捕まえたで」

「なんでここがバレたんだよ!ここは俺たちの聖域だぞ」

「ただの教室やろ。お前が毎日櫻井くんの周りをウロチョロしてるって聞いたからここに来たんや」



うわ。
すごい。

目立つ人同士のやり取り。
なんか住む世界が違うって感じ。




「はよ練習行くで!」



ん?
練習?



「え、相葉くん、練習中止になったって」

「はぁ?まさき、嘘ついてん?中止になるわけないやろ!試合3日前や!」

「やだやだー!俺はしょーちゃんとお勉強してるんだー!」

「櫻井くんの邪魔してるだけやろ。ほら、迷惑だから行くで」

「うわーん、しょーちゃーん!」

「お前と櫻井くんじゃ釣り合わん!!」



グサッ。


って、あれ?
俺、なんか今グサッってなった?

なんで??



「きみちゃん、キャプテンなのに抜けてきていいのかよ!早く練習戻れよ!」

「まさきがいなきゃ始まらんやろ!」



相葉くんと横山くん、下の名前で呼びあってるんだ。



ふーん。

一軍同士でお似合いだね。
確かに俺とは不釣り合いだよ。



「櫻井くん、雅紀連行してってもいいか?」

「えっ?」



2人が一斉にこっちを見た。

そんなの俺に聞かれても。
勝手にやってくれ。



「…どうぞ」

「ありがと」

「しょーちゃんっ!!」

「ほら行くで!みんな待ってるんや」

「あぁ~~たすけて~~~!!」



ズリズリと引きずられて行く。



「相葉くん、行ってらっしゃい」

「しょーーおーーーちゃーーーーん!!」

「近所迷惑やから大声出すな!!」




2人の姿が見えなくなって
廊下の向こうからこだまする声も聞こえなくなって、


やがて1週間ぶりに静かな1人の放課後が訪れた。