「あなたは誰ですか?
私は今の生活に不満はありません」



散々迷った挙句、相手の顔も分からない相手にこれ以上書けることはなかった。

食べ終わったランチボックスを綺麗に洗ってメモを中に入れ、ゴミ袋の1番上にいれてエレベーター式のダストボックスに乗せた。全自動でビル1階のゴミ収集所まで運ばれる仕組みだ。


こんなので、本当に誰かに届くのだろうか…。



数日後、また注文したランチの下に同じ封筒を見つけた。



「残念ですが、まだ名前を明かすことはできません。その時がきたら是非ご挨拶させてください。

あなたが元気そうなので安心しました。
私は貴方の味方です。困ったことがあったらいつでもご連絡ください。

これからも貴方の幸せを祈っています。」




不気味ではある。

だけど、あの手紙がちゃんと届いた驚きと好奇心、それに誰かと繋がっている感覚。

退屈な毎日に飽き飽きしていた俺が返信するには充分な動機。



「ありがとうございます。
翔さんはとても優しくて素敵な方ですのでご心配なく」



もしもその人がしょおさんのことを悪く思っているのなら誤解を解きたかった…という言い訳をして俺はまたメモを書いた。




それから何度かやり取りをした。
他愛のないやり取りだった。

だけど、そんな些細なやり取りでも俺にとっては社会との繋がりを感じられる貴重なツールだった。


自分の出したゴミ袋の中身を誰かが確認している気持ち悪さがあったはずなのに麻痺するのに時間はかからなかった。

せっかくランチを注文しても手紙が入っていない時にはむしろがっかりする自分がいた。
顔も名前も性別も知らないその人を、まるでSNSで繋がった友達のように感じていた。







「最近デリバリー多いね」

「えっ、そう?ごめん、自炊した方がいいよね」



しょおさんの不意の一言にドキッとして、ちょっと早口で誤魔化してしまった。



「あぁ、そういう意味じゃないよ。気に入った店でも見つけたのかと思ってさ」

「えっと、色々なお店がそれぞれこだわりの味を出してるのが楽しくて、色々と試してるんだ」

「そうか。日中も楽しんでいるなら俺も嬉しいよ」



しょおさんは満足そうに微笑んだ。


キュンとなると同時に胸の奥がチクッとする。
しょおさんに秘密にしていることがある。



「そういえば、最近なにか変わったことない?」



ギクッ。



「か、変わったこと?うーん、特にないかな」

「そう?」



びっくりした。

やばい、しょおさんの顔を見れない。



「変わったといえば、ポテトの量が少なくなったくらいかな~」

「ふふっ、確かに」



ドキドキ。
うまく誤魔化せたかな。


どういう意味で聞いているんだろう。

もしかして、何か知っている?

しょおさんは嫉妬深くて怒るとめちゃくちゃ怖い。
優しいくて紳士的だけど、すごく怖い。


いや、もしもしょおさんが気づいていたならこんな冷静でいられない気がする。

ってことは手紙のことはバレていないはず。
ここはむしろ、逆に質問した方が自然な流れかも。



「……なんで?」

「最近あまり良くない虫が飛んでるみたいでさ」

「良くない虫?」

「そう。俺たちの幸せを壊そうとする有毒な虫が動いているみたいなんだ」

「……」



さすがの俺でもそれが誰のことを言っているのかはすぐに分かった。



「じゅん、なにか違和感を感じることがあったらすぐに教えて。いいね?」

「うん、分かった」



…違和感。

違和感。


手紙のあの人も言っていた。
違和感はないかって。


漠然とした違和感ならずっと感じている。
多分、しょおさんと出会った頃からずっと……。

あらためて聞かれても、どれが普通でどれが違和感なのかよく分からなくなっている。


手紙のこと、言った方がいいのかな。

だけど言ってしまったら、この閉塞された空間で永遠に外部との繋がりを持てない気がする。



「あ、そうだ。ちょっとこれ」



何事も無かったかのようにしょおさんは微笑んだ。鞄の中から鮮やかなオレンジ色の小さな箱を取り出して差し出した。



「じゅんにプレゼント」

「これ超有名ブランドじゃん。えっ、なに?今日ってなんか記念日だっけ?」

「ははっ、記念日じゃなくたってプレゼントしてもいいだろ」

「でもこんな高価なもの」

「今度うちのビルのテナントに入ることになってね。何度か打ち合わせしていたんだけど見てたら欲しくなっちゃって、じゅんに買ってきた」

「えー!ありがとう」

「何でも好きなの買っていいって言ってるのに、日用品くらいしか買わないから」

「だって、そんな無駄遣いできないし」

「値段なんて気にしなくていいんだよ」

「そんなわけにはいかないよ!でもありがとう。すごく嬉しい。開けてもいい?」

「どうぞ」



小さな箱を開ける。



「うわ、綺麗!」

「アンクレットだよ。ブレスレットと迷ったんだけど、腕だと邪魔になる時あるだろ。足ならずっとつけてられると思って」

「えー、すごくいい!」

「実はお揃いなんだ、ほら」



しょおさんは自分の足を見せてズボンの裾を捲った。
箱の中の物と同じ、上品なシルバーのアクセがしょおさんによく似合っている。



「アンクレットをお揃いにするって、なんかオシャレだね」

「気に入ってくれた?」

「うん!」

「つけてあげる」



しょおさんが俺の足にアンクレットを付けてくれた。

冷たい金属の触感がじわりと肌に馴染む。


うわ。
うわ。

すごい。かっこいい!



「お揃いとかすごい恋人っぽいね」

「ふふ、ぽいじゃなくて恋人でしょ」

「そうなんだけど!」



仕事中も俺のこと思ってくれてるんだと思うと嬉しい。



「取引先の人に恋人へのプレゼントですか?って聞かれたよ」

「ふふ、そうですって言ったの?」

「大切な恋人が家で待ってますので、って答えた」

「ふふ、ありがとうしょおさん」



その場面を想像すると笑ってしまう。



「じゅん、今はちょっと忙しいけど来週になれば時間が少し取れそうなんだ」

「ほんと?」

「それで明日から1ヶ月間、国立美術館で写楽展やるんだって」

「え、写楽?行きたい!」

「ふふ、好きだと思った」

「そうだ、上野って行ってみたいカフェがあったんだ!寄ってもいい?」

「もちろん」

「うわ~、めちゃくちゃ楽しみ!計画立てるね!」

「ふふ」




ほらね。

しょおさんは変わらず優しい。
俺はちゃんと愛されてる。


しょおさんを裏切ることは絶対したくない。

手紙の人とは少し距離を置いて、簡単な会話を楽しむだけにしよう。

個人情報とか、俺が内容に気をつけてさえいれば問題ないはず。





そしてその2日後。

デリバリーの袋の下に今度は新しいスマートフォンが入っていた。