誰もいない。
俺と相葉くん以外は。
部活動をしている運動部の掛け声や吹奏楽部の練習している音が小さく響く放課後の教室。
お昼の時みたいに机を相向かいにくっつけて、その向こうで相葉くんが提出課題のワークをやっている。
不意に視線に気づいて顔を上げると、相葉くんと目が合った。
全校集会の時もそうだったけど、お昼を食べている時も時々視線を感じた。
相葉くんは人の顔をじっと見るのが癖らしい。
外からの光に照らされて毛先がオレンジ色に染まって輝いている。
ほんとに綺麗な顔。
まっすぐに見つめられると男の俺でもドキドキするんだから、そりゃ女子なんて瞬殺だろう。
なんて思いながら俺は声をかける。
「分からないところ、あった?」
「てゆーか、分かるところがない」
「えぇ?見せて」
見た目と会話のギャップに苦笑しながらワークを覗き込む。
「ここ計算ミスしてる。ここも。あ、こっちも」
「えっ?あ、ほんとだ」
指摘した計算をやり直したら、すぐに答えにたどり着いた。
5教科中3教科が赤点なんてどれだけ酷いのかと思ったけど、普通に式も立てられてるし考え方は合っている。
「基本はできてるじゃん。単純な計算ミスだからケアレスミスを無くすだけでもだいぶ点数変わってくるんじゃない?」
「しょーちゃんすごいね。そんなのも分かるの?」
「なんとなくね。相葉くんってもしかしてせっかち?」
「うん。すごいせっかち」
「意識して丁寧に解いてみて。このくらいの計算問題ならちゃんと正解できるはずだよ」
「しょーちゃんに言われるとなんかできそうな気がしてきた!」
相葉くんは嬉しそうにまた問題を解き始めた。
今日はそれぞれに課題をやった。
相葉くんからは時々質問があったけど、少し解説するとその後はスムーズに解けているようだった。
完全下校のチャイムが鳴って、俺たちは並んで学校を出た。
「うわー!こんな勉強したの久々!なんか集中したー!」
相葉くんは門を出るなり大きく伸びをした。
長い手足が気持ちよさそうに羽を広げる。
俺も、誰かと一緒に勉強なんて落ち着かないかと思ったけど意外にも心地いい充実感に満たされている。
「放課後の教室、いいね。すごい充実感」
「また明日もやる?」
「やる!」
いつもの道を2人で歩く。
ただの帰路も2人なら楽しい。
「相葉くん」
「なに?」
「昨日助けてくれてありがとう。それから、友達になってくれてありがとう」
「しょーちゃん…」
相葉くんは少し驚いた顔をしてこっちを向いた。
「なんか、ちゃんと言えてなかった気がして」
お礼は何度か言ったけど、あれは形式的なものだった気がする。
あらためて心を込めて感謝を伝えたかった。
「ほんとはね、相葉くんと友達になること最初は戸惑ったんだ。でも今は素直に嬉しいと思えるよ」
「か…かわいい」
「へっ?」
「こっちこそ。俺もしょーちゃんと友達になれてめーっちゃ嬉しい!」
「わあっ」
突然ぎゅーっと抱きついてきた。
体も大きくて力も強い相葉くんに抱きしめられたら動けない。
「しょーちゃーん♡」
嬉しそうにぐりぐりしている。
「ちょっ、俺のこと、ペットかなんかだと思ってるでしょ?」
「うん。キャバリアって感じ」
「あはは、なにそれ」
予想外の答えに思わず笑ってしまった。
「しょーちゃん、初めて笑った」
「相葉くんが変なこと言うからでしょ」
「ヤバい!すーっごい可愛い!」
「えー?」
それから相葉くんはまたほっぺにキスをした。