「やばっ、こんな時間」



完全下校を知らせるチャイムが鳴って、焦って立ち上がる。
開いていたテキストやノートをまとめてカバンにつっこんで、1冊の本に気づいた。

栞が後ろの方のページに挟んである。
裏表紙を確認すると返却期限は明日まで。



やりたい事は重なるものである。


今から学校を出て20分後に帰宅。着替えて夕飯を食べ、すぐに家を出て塾2コマ。それから帰宅して風呂に入ったらあっという間に翌日だ。

要するに、時間がない。


俺はその本を小脇に抱えて学校を飛び出した。



忙しくてつい放置してしまったけど、続きが気になるし貸出延長するのも申し訳ない気がする。

このくらいなら20分あれば読み切るだろう。


外は思ったよりも薄暗くて、文字が読みにくいのを街灯の灯りや時々通る車のヘッドライト、それと脳内コンピュータの予測変換を駆使して内容を把握する。



物語は最終章に突入したところ。

クライマックスで今までの伏線が次々に回収され、絡まっていた糸が解けるようにひとつ、またひとつと謎が解けていく。

この人の書く本は登場人物たちのコミカルなやり取りも面白いが、なんと言ってもラストの流れるように美しい謎解きが魅力。くすっと笑えるのに本格的なミステリー。



「おい」



執事が主であるお嬢様に毒舌を吐いて、お決まりのセリフを



「おいっ!!」



誰かの声と共にぐいんと引っ張られて体が後ろに浮いた


パァーーーーン!!!



状況を把握するより先に大きなクラクションの音を響かせて目の前スレスレをトラックが横切った。

運転手のおじさんが「死にたいのかコノヤロー!」って怒鳴って走り去っていった。



「あ……」



歩行者用信号は赤。

ようやく現状を把握する。


どっぷりと本の世界に入り込んでしまっていた俺は赤信号に気づかず交差点に侵入してしまったようだ。

後ろに引っ張られた勢いで、道路に尻もちをついている。



「大丈夫?」



視界にひょこっと顔が覗き込んだ。

同い年くらいの、
どこかで見た事ある明るい髪色。



「「あ。」」



お互い、同時に気づいた。



「さ…隣のクラス委員くん!」



相葉くんだ。

だけど咄嗟に声が出なかった。



「もう、なにやってんの!ボーっと本なんか読んでたら危ないでしょ!」

「た、助けて…くれたの?」

「そうだよ。もう、フラフラ歩いてっちゃうからびっくりしたんだから!」



よりによって、一番関わりたくない人に命を助けてもらってしまった…って、失礼だろ!


てゆーか、隣のクラス委員って。

俺の事知ってたんだ。
それが意外だった。



「あ、ありがとう」

「全然いいけどさ。立てる?」

「うん。…あれ?」



立ち上がろうとして、うまく力がはいらない。


今頃になって心臓がバクバクしてきた。

俺、今死にそうだった…よね?


走り去るトラックのスピードを思い出してゾッとする。



「どうしたの?立てない?」

「腰…抜けたっぽい…」

「はぁ!?」

「ちょ、待って、」



手にも足にもうまく力が入れられなくて、自分の体じゃないみたい。



「ったく、しょーがないなー」

「うわっ!!」



彼は俺の腕の下にもぐりこんで肩を組むと、ひょいっと立ち上がった。



「送ってあげるよ。家どこ?」

「え、でも」

「気にすんなって。俺ら同級生じゃん?」

「ありがとう…」

「家どっち?」

「ここをまっすぐ…」



ひぇーーー

なんでこんなことに!!


てゆーか軽々と俺を支えて歩いている!

全然ムキムキとかじゃないのに力持ち?
この人ほんとに運動神経抜群なんだな。


それに、さっきからめちゃくちゃいい匂いする。


香水…とかつけてるのかな。

相葉くんに似合ってる、爽やかななのに高級感ある香り。



「名前教えてよ、クラス委員くん」

「えっ?あ、えっと、櫻井翔」

「へー!カッコイイ名前だね」

「相葉くんだってカッコイイ名前だよ。雅紀って」

「俺の事知ってんの?」

「クラスの女子がみんな噂してるから」

「ほんと?」



あれ?

なんか今、普通に会話してる。



「今日さ、学年集会あったじゃん。俺と目が合ったよね」

「へっ!?」



ドキッとする。

俺が見てたのバレ…


ってゆーか。
先に見てたのそっちじゃん。



「なんか…相葉くんの視線を感じたから」

「あはは、バレちゃった?」



ん?
認めた?

てことは、やっぱあの時、俺が見られてたのか?



「ねぇねぇ、俺と友達になってよ」

「なっ、なんで?」

「なんでってことはないでしょ、命の恩人に」

「それは感謝してるけど。だって相葉くん、お友達たくさんいるでしょ。人気者だし、俺なんかと友達にならなくても…」

「俺なんかって言わないの」

「あ、俺ん家ここ」

「ここ?近いんだね」



そんな話をしているうちに、家に着いた。

体にもだいぶ力が戻ってきて、なんとか1人で歩けそうだ。



「本当にありがとう。良かったら上がってよ」

「いいよ、送って来ただけだし」

「でもお礼とかしたいし」

「そんなのいいって、俺たち親友じゃん?」



ん?

いつ親友になったんだ?



「じゃ、また明日ね。しょーちゃん♡」

「ちょっ、待っ」



しょーちゃん!?



呆気にとられる俺に手を振って
相葉くんは爽やかに踵を返して帰っていった。