「あ、証明写真撮るんだった」
「証明写真?何の?」
「英検の面接用。ごめん、ちょっと寄ってもいい?」
図書館に向かう道中に証明写真機を見つけて思い出した。
来月受ける英検3級の2次試験は面接だから受験票に貼る証明写真を撮ってくるようにと、おふくろから言われていたのだった。
小さな個室に入って中の椅子に座る。
「うわ、なんかガンダムのコックピットみたい!」
「あはは、確かに」
まさきが興味津々で横から覗き込んでいる。
「えーっと、まずは椅子の高さか」
「ねぇしょーちゃん、前髪が目にかかっちゃダメだって書いてあるよ。こっち向いて」
「うん?」
回転イスでまさきの方に体を向けると、ぐいっと身を乗り出して髪に触れた。
「横に流した方がいいかなぁ」
近っ!!
薄暗くて小さな箱の中。
思わず息を止める。
まさきはスタイリストさながらに「やっぱりこっちかなぁ」なんて呟きながらまだ髪をいじっている。
俺は身動き取れずまさきの顔を観察する。
あらためて真正面から見ると
やっぱ美形。
ピュアを象徴するつぶらな瞳が可愛い。
なのに少し長めの髪が妙に色っぽい。
「しょーちゃんって美形だね」
「今それ俺がまさきに言おうとしてたやつ」
「うそ、以心伝心?」
「なんで俺たち密室で褒めあってんの」
「あはは」
まさきは楽しそうに笑って、仕上げに襟を整えてくれた。
「うん、かっこいい。写真撮っていいよ」
「サンキュ」
専属スタイリストのゴーサインが出たので撮影をスタートする。
まさきがこだわってくれた前髪は正直何が変わったのかよく分からないけど、画面に映る表情がいつもより柔らかい気がする。
最後に顔の位置を調整して、『印刷決定』を押した。
「あ、まさき!ちょっと来て」
「ん?終わった?」
「終わった。てゆーか見て見て、2回目撮影で半額だって」
「え、ほんと?」
1回1000円の証明写真が、2回目以降500円と表示されている。
「『つづける』『おわり』だって。まさき撮ってみたら?」
「うん!撮ろ!」
…ん?
撮ろ?
『つづける』を押して出ようと腰を上げたところに、まさきが入ってきた。
「うわ、せまーい!」
「え、ちょっ」
まさきに出口を塞がれて閉じ込められた。
小さな証明写真機の中に男子高校生が2人いればかなり狭い。小さな回転イスに半分ずつおしりが乗っている。
「これ1人用…」
「わ、始まっちゃった!しょーちゃん!笑って!」
「えっ待て待て」
「いぇーい!」
「いえーい!」
勢いに押され反射的にカメラに2人でピースする。
さっきまで前髪や襟を丁寧に直してくれた人と同一人物とは思えないくらい、証明写真セオリー完全無視だ。
撮影が終わると俺たちは小さな機械から出て、2人でひとしきり笑い合った。
「証明写真でピースとか初めてしたわ」
「落書きコーナーは裏?」
「これプリクラじゃねーから」
「あ、出てきた!ほら、しょーちゃんこれで英検受けなよ」
「こんなふざけた証明写真ぜってー落とされるだろ」
「えー、だめかなぁ」
「でも俺的にめっちゃ好き」
「でしょ!?」
まさきは手を叩いてウケている。
漢検や数検など小学校時代から何度か証明写真は撮ってきたけど、こんなに楽しい証明写真は初めてだ。
まさきと居ると何でもない日常がキラキラと輝く特別な時間になる。
「しょーちゃんの写真かっこいいね」
「スタイリストさんが優秀だからな」
「なんかこれ証明写真っぽくない?」
「正真正銘の証明写真だよ!」
「なにその早口言葉みたいなツッコミ~」
「こっちは普通。そっちがイレギュラーなの」
「あはは」
どシンプルなフレームにブルーバック。
片方はかしこまった俺が、もう片方は2人がピースで写っている。
2枚を見比べるとそのコントラストに永遠に笑えそう。
どちらの写真も俺にとっては特別だ。
「筆箱の中にハサミあるから図書館着いたら分けよう」
「うん。いや、これマジ最高だわ。明日智くんとニノにも自慢しよう」
「呆れられそう」
「絶対羨ましがるよ」
「そっちのしょーちゃんの写真も1枚ちょーだいよ」
「いいよ。どうせ余るし」
「やったぁ」
「何に使うの?」
「秘密♡」
まさきは今日も天真爛漫。
隣で笑っているだけで、こっちも幸せになる。
6月のわりに今日は涼しい。
木陰に入ると爽やかな風が吹き抜けていった。
周りの雑踏なんて聞こえないくらいに笑いながら、俺たちは図書館に向かって歩いて行った。