「あのなぁ」



小さく息を吐いてジョッキをテーブルに置いた。



「そーいうことじゃないの」

「なんで?」

「別にそんなのプレゼントでもなんでもないだろ。普通に会えばいいじゃん」

「ほんと?また会える?」

「当たり前」

「じゃあ指切りげんまんしてくれる?」



そんなことしなくても…と言いかけたけど、満面の笑みで小指を出すから俺もそれに小指を引っかける。



「ゆーびきーりげんまんうそついたらはりせんぼんのーます」

「ふふ」

「ゆびきった」

「懐かしいね」

「保育園の時よくやったよな。潤は何かっていうとゆびきりげんまんして?って」

「そうだっけ」

「半べそかきながら言うのがめちゃくちゃ可愛くてさー。顔には出さないようにしてたけど、心の中でニヤニヤしちゃう時あったよ」

「悪い先生だなー」



「にんじんきらい」「かえりたくない」「まだせんせーとあそびたい」「おきがえやだ」

グズった潤に話しかけると決まって「ゆびきりげんまんしてくれる?」と聞いてきた。

指切りで特に約束することはなかったけど、潤にとっては前を向ける魔法のおまじないだったのだろう。

毎日1回以上、多い日では3回も指切りしたものだ。


あの頃の小さかったぷにぷにの手は今では俺と同じくらいの逞しさで全くの別人のようだけど、あどけなくて可愛い笑顔は変わっていない。



「指切りは潤と1番やったよ」

「そうなの?」

「確実に教え子の中で歴代最多」

「今日も記録更新したしね」

「もう誰もこの記録打ち破れないよ」

「やった!」

「成長したと思ったのに、全然変わってないんだなー」

「そんなことないよ。もう大人になったもん!今日からハタチだし!」

「あはは」



からかって言うと、ぷいっと頬を膨らませてムキになって抗議する。

そういうところが子供っていうんだよ。


大人と子供の狭間にいる若葉は鮮やかに眩しくて可愛い。



「それで?オトナの潤くんのプレゼントは決まった?」

「急にそんなこと言われてもなー。先生が選んでよ。俺に似合いそうなもの」

「今どきのハタチの喜びそうなものムズいな。いいよ、次までに用意しとく。でももしリクエストあったら教えてね」

「じゃあね、俺、家が欲しい」

「ふーん。場所はどこがいい?」

「あはは」



十数年前、一方的に面倒を見ていた可愛い教え子と、今では対等に軽口をたたき合える時間が最高に楽しい。



「先生ってまだ結婚してないの?」



俺の左手にちらりと視線を落としながら聞いた。



「園児からはあんなに大人気だったのにねー」

「今だって大人気だぞ」

「え、付き合ってるも人いないの?なんでなんで?」

「お前、俺の話聞いてる?」

「先生けっこうイケメンなのに」

「2ヶ月前に別れたんだよ」

「なんでなんで?どっちから?」

「もう恋バナなんてする歳じゃないっつーの」

「えー、聞かせてよ」

「そういう潤はどうなの。モテるでしょ?」

「んー、まぁモテるけど?」

「なんかムカつくわー」

「告られて付き合ったことあるけど、結局すぐ別れちゃうんだよなー」

「分かる!なんか思ってたのと違ったとか言われるんでしょ!」

「いや、言われないけど」

「くっ!」



思わず墓穴を掘った。
俺もなかなか酔っ払っているらしい。



「じゃあなんで別れんの」

「俺の場合は、やっぱり好きじゃないから」

「うわ、サイテー」

「俺ずっと片思いしてる人いるからって断ってるよ。それでもいいって言われて付き合ってみるんだけど、やっぱ無理なんだよね」



一見チャラチャラしてそうな教え子からの、予想外に真面目な答え。



「へぇー」

「一途でしょ?」

「うん、めちゃくちゃ意外!」

「どういう意味」

「告っちゃえば?」

「前にそれっぽい事言ったんだけど、全然相手にされなかったんだよね」

「マジで?」



この潤を相手にしないって、どんな女なんだよ!!そんな子いるのか?


教え子だからっていう贔屓目を抜きにしても潤は相当な美形の部類に入る。
しかも保育園の頃から純粋で、俺の知る限り性格だって申し分ない。会話も楽しい。

まさか道ならぬ恋とかじゃないよな。
禁断系?

突っ込んで聞いてみたいけど、触れちゃいけない話題のような気もする。



そんな絶妙なタイミングで注文していた料理が届いた。ついでにビールを1杯追加する。



懐かしい昔話と現在の近況とくだらない冗談で話は尽きない。

ビールを3杯、潤はカクテル1杯を飲み終わった頃、店員が「本日は2時間制のため、ラストオーダーになります」と言いに来た。



「もうそんな時間か。全然足りねー」

「そうだね」

「どうする?何か食べたいものある?それかデザートいく?あ、ケーキとか!」

「ねぇ先生」



今日が成人初日の潤はさすがに飲み慣れないのか、ほのかに頬を染めて潤んだ瞳でじっと見つめた。


そりゃ、教え子は全員同じくらい可愛いけど。

子供の頃から綺麗な顔立ちしていた子はやっぱり大きくなっても綺麗なんだな。

なんて。



「ん?なに?」

「あのさ。この後なんだけど…」



一瞬の間をおいて、それからさらっと告げる。



「うちで飲み直さない?」