「愛佳…」
目の前のその人は私に呟く。
どんどん目の前の人の顔が私に近づいて来て、もう少しで唇の距離がゼロになりそうになり、私は反射的に目を瞑る。
唇に柔らかく暖かい感触がして、キスをされたと認識すると、カァーっと顔に熱が集中する。
今、キスされた…
自分の唇を指でなぞり、ボッーとしてる私の目の前には小悪魔のように笑うあの子の姿。
ジリリリリリリリリリリ
耳元でうるさく鳴り続ける目覚まし時計の音を止め、部屋の天井を見つめる。
夢だったのか…とガッカリしたけど、いつか現実になればいいと切実に願う。
夢に出るなんて…どれだけ私、あいつのこと好きなんだよ…。
あー。
こんな夢みて普通でいられるか。
さっきの夢が頭の中でずっと流れていて、自然と頬が緩む。こんな姿をあの子が知ったら…恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
ベットから起き上がり、冷たすぎる水で顔を洗う。
そうでもしないと、さっきの夢でのあの子がずっと出てきて、私を狂わせると思った。
あの夢を忘れたいのに、今日はずっとあの夢が再生される。
授業中もそのせいで集中出来なかった。
まあ、いつも寝てて集中していないんだけど。
私、夢はすぐ忘れる体質なはずなのにな。
いつもは楽しかった夢も怖かった夢も気づいたら忘れてるのに。
こういう夢こそ忘れて、現実に支障がないようにしたいのに。
でも、少し忘れたくないと思ってる自分がいる。
恋している自分の気持ち悪さに引きそう。
「なにニヤけてんの」
「うるさい」
「帰ろ?」
「待って」
もう放課後なんて気づかなくて、帰る準備をしてなかった。
あー本当に調子狂うから。
もう少しだけ時間ちょうだい。
なんて思ってても、あの子は待たないし、今もずっと「早く〜」とかいって、私を焦らせる。
そう、私の好きな人。
そして、夢に出てきた人。
小林由依。
気づいたら一緒に帰るようになっていた。そんな日が来るなんて思っていなかった。
ずっと喧嘩ばかりしていたから、きっと小林は私のことが嫌いだと思ってた。
私は、ずっと小林が好きだった。
多分きっとあれ。
小学生男子が好きな子にちょっかいかけちゃつようなそんな感じ。
どうにかしてでも、小林と関わりがほしくて。普通に話すだけじゃ物足りなくて。だからちょっかいかけちゃって、喧嘩になってた。
喧嘩になっても、私はそれすらも愛おしいって思ってた。むしろ、小林が敵意を見せたりすることが私ぐらいで“私だけ”とか呑気に浮かれていた。
もう喧嘩なんてしたくないなぁ、とか。
あれ好きな人に限って私めっちゃ冷たいじゃん、とか。
1人になると反省会が止まらなかった。
もう当たって砕けてしまおう。そんな時に見てしまった“あれ”。
実は、小林が理佐のことを好きなんて知ってた。いや、気づいてた。という方が正しいのかな。
私が目で追うのは小林。
でも、小林の視線の先にいるのは、いつも私じゃなくて理佐だった。
理佐と話してる時の笑顔、理佐と話し終わったあとの誰にも見えないようにするガッツポーズ。
そんなことが積み重なって気づいた。
小林は理佐が好きなんだ。
…もう勝ち目ないなと思った。
続