アドバイス | 鶴と亀そして松のつぶやき

鶴と亀そして松のつぶやき

陶芸とさびれた日々の思い。

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拝啓、寒い日か続きます。しかしながら太陽の日射しは明るく確実に春を感じさせるこの項です。如何お過ごしでしょうか。

この事を聞いてもう二ヶ月が立ちました。体調の方は如何ですか。
私も驚きの中、戸惑いもありどの様に言葉をかけて善いのかも解らないまま時間だけが過ぎてしまいました。

私は、大丈夫だの、きっと回復されるなどと気を休める言葉も掛ける事も出来ない訳ですが、何時も心から回復を祈っています。

私が日頃感じる事で在りますが、少し聞いて欲しいな、と思い手紙を書かせて頂きます。

闘病する上でのヒントになればと僭越では有りますが思っています。

どの様な事も気持からと言う様に気持の作用は大きな物があると思うのです。

私は気功と巡り会い意識の働きで起こる気持と言うものの作用を実感し多少なりとも理解する事が出来た様な気がします。

私は物作りですが、この世界では昔から気持を込めるとか思いを込めるとかと言う言葉を良く耳にするものです。

しかし、ただ漠然とで本当の意味での理解はなかつたのです。
一生懸命やれば良い、位のものでした。

気功をする様になってその事の理解が出来る様になつたのは最近の事です。

どうゆう事かと言えば、気持と言うものがあらゆるものに作用していると言う道理と言うか、理屈というか、確かに目には見えないけれど大きく影響を与え、そして、受けていると言う事の事実です。

この気と言う文字を使用した単語、述語、言葉は数多くあります。

例えば、元気だとか、陽気、陰気、短気、怒気、人気、運気、であるとか病気もそうです。気が漲るとか、気を使うと言ったり、気が滅入ると言ったりします。まだまだ沢山在りますが。

そして、気が病むのが病気。昔はただ、病と言っていたそうですが。

病は気からと言ったりもします。

その様に気持の状態が大きく作用すると言う事。

そうゆう意味に置いても私の作る作品にも当然、気の持ち様で性質が変わると言う事です。あたり前の事ですし頭で解っていますがリアルでは無かったのです。

でも、そうゆうものがリアルな形としてあると言う事の認識とでも言ったら良いのでしょうか。

これは、私達の気持ちが力として作用していると言うことで、
その様に確実に想いの作用の中で生かされている訳でありますし
これは侮れないし軽くは見れないと思うのです。

人の出すエネルギーと言うか、その人の気の状態で、
目に見えないけれど、その場、その場の雰囲気は変わったりるものです。

陽気な人が居れば明るい空気になり、陰気な人が居れば暗くなったりする訳です。

その様に人は知らず知らずに何も行動として行なわなくとも他に影響を与えながら生きて居ると思うのです。

いくら陽気に振る舞っても心が陽気ではなかったら空元気と言うか空陽気と言うかむなしさをどこか漂わせる物です。

そうゆう意味でも気持が他に伝わります。

あなたには気功を受けてもらってますが気功とはそうゆう事なのです。

それは目に見えないけれど力として存在しているという事。

其れが気であり肉体を生命体として保させている力なのです。

私は体験を通してこの事の理解を深めて来ました。

当然、貴方にとっては馴染みもなく戸惑いもある事と思います。

私は時々ですが人に施術してあげたり、自分で自分を癒にしたりもします。

先日、弟子が指先を削ぐように切ったのですが、一番痛い部類の切り方で
削ぐ様な傷は治りにくいものです。血もなかなか止まらない、そうゆう傷です。

その様なキズもガマの油売りではないけれど、気を送り続けると痛みも出血も止まり、肉も少し盛り上がり、うすい瘡蓋が出来るまでの状態を見て取りながらその状況まで持って行けるのです。

その後、彼は(先生痛くない)と言いながら普通に仕事をして居ました。

20分程の出来事です。この私でもです。
自慢したい訳では無いです。

これは事実です。そして、やってる本人の私が何時も驚かされるのです。

不思議だなと思いますし。そして又、気功の力の凄さを感じる出来事です。
どうゆう事であるのかは、なんとなく理解はあるのですが。

何度やっても私は不思議を感じるのです。触れてもいないのに、と。

私もこのような効能書きを昔から聴いたりすると怪しさを感じた人間です。

極力この様な話は聞いて来る人にしかしない様にしています。

とにかく馴染みの無い疑いがある人には怪しさこの上ない事でしょう。

これも世の中に偽物が横行して人の弱みに付け込むような事をして居るものがあるのも事実です。

私は何時も息子に言ってます。施術や人の相談事で必要以上大きなお金は獲らない様にと。

あくまで気功を伝えるのが主体なのだからと。

息子のやろうとしている事は私の昔からの願いでもあります。その同じものを感じ、其れを伝える仕事を始めた事は自分にとっての驚きです。

そして、その事を理解し伝え様とする若者が私の周りに沢山居る事、本当にうれしく思って居ます。

余談になりました。

しかし、敢えてなのです。

こうゆう体験をする中で気功が効かない訳が無いと思っています。

目に見える形で外の傷が改善するのですから中の傷も改善するはず。
必ずと思うのです。

信じて欲しいと思います。気功を、そして施術する者を。

施術を受ける側に何を求めるかと言えば、ー言で言えば信頼です。

子供を高い高いとした時、子供は手放しで喜こびます。完全に託しているし、任せている訳です。

私は、そんな事されたら体が硬直してしまう。私は信頼出来ないから。

でも、子供は信頼しているのです。

身を任しているし、最高にリラックスしている。何の疑いもない。
例えればそんな感じでしょうか。

難しい事ではあります。でも、託して見て下さい。

リラックスは受け入れている状態ですので、解かりやすく言えばリラックスでしょうか。

信じるものは救われると言ったりもします。信じる力は絶大です。

方法があります。施術を受けている時、貴方もその患部を感じ(意識し)続けて居て欲しいのです。ただ感じ(意識し)続けるだけです。

それだけでもう共同作業になります。息子からも聞いて居るとは思いますが。

気功とはそうゆうものです。対面し同調する作業です。気功だけではなくすべての事柄にも言える事でも有りますが。

状況の良くない事柄には、その対象から気持は逸らしたい思いが起こるものです。

しかし、気功は敢えてその対面を求めるのです。

対面すると言う事はその対象を感じる(意識し続ける)作業ですので。
とても単純な作業です。

もう一つ、毎日、その患部と思われる場所を感じ続けて見て下さい。10分でも20分でも感じ続けるのです。

長い方が良いのですが。気がついた時に出来るだけで。でも、意識を持ってして下さい。

意志がないと感じる事は優しい様で難しい物です。

感じる(意識する)所へ気は流れます。血液と言っても良いです。感じた(意識した)場所へ血液は行こうとします。

血液は体を治す力です。軍隊を送り込むイメージです。

主力は自分の軍隊(治癒力)です。息子は応援の軍です。自己治癒力を促し活性化します。

私たちが行なっているのは対面。今と言う所との対面です。
そう云うと難しくなりますが、ただ、感じ(意識し)続けるだけの作業です。

本当にシンプルですので。自分で出来る事としてとても有効だと思うし
自分で治すと言う気持ちが起こるものでもあると思います。

何れにしても本人の力が一番なのです。

先程も言いましたが気持の作用は大きいです。
受け入れて、次は対面、そして克服だと思います。

対面せずして克服は有りません。対面は感じる(意識する)事です。

雄気のいる事だととは思いますが頑張って欲しいと思います。

何度も言いますが、ただ感じ(意識し)続けるだけの作業です。それが対面する事ですので、イコール今です。そうゆう理解をしてもらったら良いと思います。

少し、参考になればと長々と綴りました。

お大事に。

敬具