私の熱は2週間下がらなかった。

どうやら病院で処方された抗生物質が、身体に合わなかったらしく、自らの発熱プラス薬剤熱が加わり2週間という過去最長期間になったのだ。
あまりに下がらないので、途中、病院で血液検査と尿検査をしたが、どちらも問題なし。
熱中症では?といわれる。んなアホな。
悪性リンパ腫や白血病だったらどうしよう?
入院になったらどうしよう?
下がらない熱の中、ご飯もろくに喉を通らない中不安でぐるぐるした。
血液検査には、問題もなかったのでとりあえずよかった。
薬剤熱は、抗生物質をやめて、5日後、やっと下がった。
(抗生物質の副作用にバッチリ発熱とあった)
危うく、今度は総合病院へ行くところだった。
私は、もう義母のことで主体的にあれこれ動くのを、やめようと思った。
夫もかわくんも働いているから、と思い、私が地域包括センターに出向いて話をしたりしてたけど。
家族ラインにも積極的にラインしていたけど。
そもそも、息子2人が動くべきだ。
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私が背負うべき荷物ではない。
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私はなんてお人好しなんだ。
まだ、病気というか薬の後遺症が残っており、疲労感が抜けない。
息子のご飯も夫のご飯も作れず、掃除も出来ず、2週間寝たきりの人だった。
こんなに弱ってしまっては、元も子もない。
義母のことはもう知らん。
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自ら動くのはやめだやめだ。
そんなある日、電話が鳴った。
ふらふらになりながら、電話を取る。
相手は地域包括支援センターだった。
待ってた。
最後に行ったのは、発熱する前。
息子と息子の相談支援員草野さんと、私の3人で行ったのだ。
ちょうど地域包括支援センターは息子のリハビリ病院と同じ敷地内にあり、帰り際寄ったのである。
あれから3週間経っていた。
その間、草野さんから書類にサインを頂きたいので自宅へ伺いたいと連絡があったが、2回も断った。
私は高熱でそれどころじゃなかった。
以上、前振りである。
次回へ続く。
苦しかった。。
吉本ばななが、心が逃げる為に身体が壊れてくれるみたいなこと言ってたけど、私の心も限界だったのかもしれない。。