何書いてもネタバレになってしまう。
観終わって落ち込んで、鑑賞して落ち込んでいられる自分の傲慢さに嫌気がさす。
そして自分がいかに差別的なものの見方をしていたかを思い知らされる。
青い眼が欲しいを読んだとき、青い眼だけが欲しいというピコーラに疑問を感じたけど、褐色の肌に青い眼を持つ人だっているっていうことが想像できなかった自分が本当に恥ずかしい。
白い肌と金髪とアフリカの骨格と縮れ毛のマジシャンを見たとき、何とも言えない違和感を感じてしまい、それまで白人の骨格と褐色の肌を持つ人のことしか混血として見てこなかったことに気付いてとても恥ずかしい。遺伝のことはよくわからないけど、どの形質がどういう組み合わせで伝わるかにいろんなパターンがあるはずだっていうことに思い至らなかったということはきっとどこからか与えられた情報を鵜呑みにしていたに違いなくて、自分ではそういうつもりがなかっただけに穴があったら入りたい。むしろ掘ってでも入りたい。
それにしても、どうしてそんなに物事を受け入れられるのかわからない。強姦されてできた子どもを受け入れ、甥が殺される原因になった少女を受け入れる。そういう人たちについて、私が何か言ったり書いたりすることはなんの意味もないというか何言ってんの?って感じだろうけど、つい自分の周囲にある価値観に影響されてそういうことがわからなくなっている自分のことを、変だと思う感覚だけは持っていたい。私の持っている知らずに限定された価値観ではとても推し量れない人たちがいるということが、私の考えが偏っていることを見せてくれる。見てるだけっていうのは傲慢な気もするけど、それでも見ないよりはきっとなにかあるはずだと思いたい。