こんばんは!

俳句のみろく堂オッドアイ猫家登みろくです

 

台風の接近で

吟行がなくなってしまったので

珍しく2日連続での更新でございます流れ星

 

本日は

後閑達雄さん(「椋」)の第二句集「母の手」(ふらんす堂)の鑑賞です。

後閑さんは「ねうねう」にもご参加いただいています三毛猫

また、同じ忌野清志郎ファンとして

FBで仲良くさせていただいてますふたご座

 

 

 

まずこの表紙のインパクト!

こちらはつげ忠男さん(つげ義春さんの弟さん)の作品。

親子の優しい愛を連想させる「母の手」というタイトルですが、

この表紙によって、

それはなんとなく「普通でない」もののような、

ただならぬ予感がしてきます。

 

句集の中では、お母様そのものを詠んだ句よりも

アルツハイマーが進行した母と、病の自分が

今後どうやって生きていくべきなのかという苦悩や

その合間合間に訪れる安堵の日々を

描いた句が多かったように思います。

 

 

春泥や靴の形に水たまり

土筆野や弾みをつけて起き上がり

啄木忌叩いて探す煙草の箱

いつもより賑やかな駅衣更

夏料理箸を正しく使ふ人

ふるさとは社宅の二階麦こがし

長き夜や鳴らぬ電話を胸に乗せ

炬燵出て猫と体重計に乗る

 

 

どの句にも「後閑達雄」という人格が息づいています。

後閑さんは昭和44年生まれですが

なんとなくまだ青年のような

そんな甘酸っぱさを感じさせる目の付け所。

 

「ふるさとは」

起きな待ちに生まれ育ち、自分の幼いころの記憶は

もっぱら社宅。そんな人も増えているでしょう。

故郷と言えば自然あふれる田舎の…というよくある句とは

一線を画しています。

 

「長き夜や」

携帯電話が普及してからは、

電話がかかってくるのを待って

携帯電話を枕元に置いて寝たり

時には胸の上に置いたままうとうとしたり。

固定電話のときにはなかった「新鮮」な句材、

しかし我々世代には「あるある!」な体験を、

うまく捉えています。

 

後閑さんご本人の病気と向かい合う句も多かったですね。

 

障碍者後閑達雄と書いて蟬

鬱抜けて朝顔の紺美しく

愁思とは安定剤の副作用

この鬱の出口さがしてゐて冬に

寄鍋やうつに多弁といふことも

 

うつうつとした気分が晴れて、

大なるものも小なるものもすべてが美しくありがたく思える日。

安定剤には副作用があり、

かえってそれまでよりも酷いうつに陥ることも。

ものすごく元気に長々とおしゃべりをした後、

反動で具合が悪くなるなんて、よくあること。

精神障害に関わる書類を書くとき、

自分が精神に支障をきたしているのだと、

改めて突き付けられているようで、悲しくなる…

後閑さんの句を見て、

私ももっと「自分の病気」について詠んでみたいと思いました。

もちろん、とても難しいことだけど…

 

さて。

この句集で、私が発見した「清志郎」トリビュートな句はこちら。

 

啓蟄のよごれた顔でこんにちは

父の日やカーラジオより清志郎

星月夜ガードレールを蹴飛ばして

黄落やギターのやうに箒持ち

 

「よごれた顔でこんにちは」は初期RCサクセションの曲名。

「ガードレール蹴飛ばして」は、同じく初期の「エンジェル」より。

 

特に「父の日や」の句がニクいですね。

(ちなみに「カーラジオ」と言えば、名曲「スローバラード」の一節。)

後閑さんにとって、清志郎は父のような存在であったのでしょうか、

それとも、実際のお父様とはかけ離れた、

理想像のような存在だったのでしょうか。

偶然カーラジオから流れた清志郎の曲が、

父の日であることを再認識させる…。

切なさがグッと込み上げてくる句です。

 

 

最後に。

 

今日も俳句にありがたうです日脚伸ぶ

 

愚直と言えるほどに真っ直ぐなこの句も、

後閑さんだからこそですね。

「ありがたうです」の「です」が、とても良い。

 

 

後閑さん、ご献本ありがとうございました!!

 

みろくで~した黒猫