二つあったシリンジ。

以前一つ外され、ついにもう一つも外れた。

ちょっと身軽になった気がした。

 

トイレまでなら一人で歩いて良いという許可がでたけれど。

程なくして病棟内なら歩いても良いという許可が出た。

お水摂取量を記載してるシートには自分で記入するようにした。

お水も水道水ではなくて、デイルームにある自販機のお水を買って飲むようになった。

冷たくておいしいし、何より水道水と比べて全然味が違う!

そんなある日。

 

「もう入院して絶食3週間ですか。

 そろそろ食事を始めて行こうかと思いますが、

 最初は栄養ドリンクから始めようと思います」

 

やっとお水以外の味がついた飲み物を口にすることができる!

…と思ったけれど、栄養ドリンクにはあまり良い思い出が無い。

お昼からドリンクはスタートしたけれど…粉をお湯で溶かして冷蔵庫で冷やしたものだった。

しかも冷え切ってなくて生ぬるいのもあって、正直美味しくない。

看護師さんも

 

「どうでした?飲めました…?」

 

と尋ねてきたので

 

「一応飲めました…」

 

と返事。

苦笑いしながら

 

「味の方はどうでした…?」

 

と再び尋ねられたので、オブラートに包もうか悩んだんだけど正直に感想を言う事にした。

 

「まずかったです」

 

私もつい苦笑い。

看護師さんは笑いながら「ですよねー」って言ってて。

 

「栄養士さんに相談してみますね!」

 

と言って下さって。

お昼過ぎに栄養士さんが4種類のパックの飲み物を持って来てくれた。

それぞれ、リンゴ味・ぶどう味・コーヒー味・いちご味と種類豊富。

2種類飲んでみたいものを選んで欲しいとのことで、リンゴ味とぶどう味を選択。

 

「もしこれもダメだったら遠慮なく言ってくださいね!」

 

と言って下さって、夕飯の時間を待つ。

いざ配膳された飲み物は「すっきりクリミール、リンゴ味」。

ドキドキしながら口にしたら…美味しい!

小さなパックに入っていても、おにぎり一個分の栄養素と聞いてびっくり。

ありがとうクリミール。

頑張れそうだ!

そういえば入院代ってどうなるんだろう?

以前入院した時は、肝臓にかかってるからと難病指定の特定疾患受給者証が有効になった。

今回も有効になるのかな?

と思って、お医者さんに聞いてみた。

 

「あ~、ちょうど精算の為に事務の方から聞かれてました。

 うん、肝臓もかかわってるので有効ですよ」

 

ほっとして「ありがとうございます…」と深々と頭を下げてお礼を言った。

2月末からほぼ一か月全部合わせて大体3万円。

思ったよりちょっとかかったけど…夫は

 

「高額医療だと思った!

 8万円くらい請求されると思ってて

 それくらい支払うのだと思ってた!」

 

と退院の時に言ってた。

 

請求と言えば。

公共料金等の支払い。

家賃は入院前に振り込んだし…

カード引き落としになってるものと、振り込み用紙で支払わなければならないのと。

振込用紙のは保管場所を夫に連絡して、次の面会の時に色々やって貰おうと思った。

…私の銀行引き落としの分が一社間に合わないなぁ…。

コンビニに行けたら自分で何とかするのに…もどかしい。

 

 

身体はだいぶ元気になったと思って居るのに、なかなか検査をしない。

この2週間ずっと同じことを言っている。

腸に穴が~手術が~…

まだ検査できる状態ではないってことなのかな。

検査してはっきりさせてほしい…退院できる気がしない…もどかしい。

 

 

膿疱性乾癬の治療薬である、トルツ(皮下注射)。

最後に打ってから3週間は経ってる。

4週間に1回で大丈夫だけど、私はそういった治療薬が効きづらいので2週間に一回打ってる。

効き目てきに大丈夫なのかな。

この注射が効かなくなったら絶望だ。

もう元気だから!早く処方してほしい!

効かなくなるの怖い!

そう思うともどかしいし、焦る…。

 

一番もどかしくて、気持ち的に焦ってしょうがないのは…やっぱり注射の効き目。

何度も皮膚科のお医者さんに訴えても

 

「まだ効果続いてるから大丈夫」

 

しか言わない。

私の皮膚が酷いときに診てくれていたお医者さんはもう退職されていない。

このお医者さんは現在の私の皮膚しかしらない。

だから私の苦悩を知らない。

トルツを処方して下さったお医者さんとは、あれやこれやと試行錯誤して色々試した。

飲み薬をネオーラルからチガソンに変えたり。

勿論子供を産む事は諦めていたから、それらのお薬を飲む前に治療の為に躊躇なく署名をした。

レミケードという点滴治療もした。

レミケードをする日は日帰り入院という形をとっていた。

でも全く良くならない。

 

あの時の足は火傷を負ったように爛れて痛い。

湿布のような形をしたテープを2週間貼り続けるという治療もした。

テープ負けをして、逆に皮膚が悪化した。

普段はたっぷり薬を塗って、ガーゼを貼り付けて包帯で巻いていた。

 

ある日お医者さんは、サランラップを巻いてみてはどうかと提案。

薬をたっぷりぬって、幹部をラップで巻いた。

そのうえからガーゼを貼り付けて包帯で巻いた。

驚いたことに、ちょっとだけ楽になった。でも匂いが…臭い。

そんな風に二人三脚で頑張ってきた。だから以前のお医者さんは親身になって慎重になってくれていた。

 

今のお医者さんはその苦労を知らない。

お医者さんに逢う度、段々と表情が冷たくなっていった。

病室まで来てくださるのは嬉しいけれど、私を見下ろすように冷たい目で手短に

 

「まだ薬の効果あるんで」

 

しか言わなくなった。

一般病棟へ移ったからと言って点滴がなくなるわけでもなく。

常に点滴はしてたし、シリンジは2つあった。

因みにこの時にシリンジというものを知った。

 

トイレに行くにはナースコールを押して車いすに乗せて貰って連れて行ってもらっていたけれど。

程なくして尿道のカテーテルが外れたのでトイレの回数は一気に増えた。

沢山点滴もしてるし…。

忙しそうな看護師さんを呼ぶのは心苦しかったので、なるべく2時間は開けるように頑張った。

 

二つあったシリンジも1つになって、点滴の類が減るのは身体が良くなってきてるからかな?

なんて思って嬉しかった。

 

1人で起き上がる事にだいぶ慣れた頃、電話コーナーへ連れてって貰ってお母さんと夫に電話をした。

お母さんは電話口で

 

「病棟移る事が出来て良かったね、

 無事に生きててよかった、良かった」

 

と言って泣いていた。

また泣かせてしまった事に罪悪感を覚えつつ、

 

「今年も帰省するんだから。

 帰省したら色んな所に行こうね。

 倒れてる場合じゃないから、すぐ元気になるよ!」

 

と、声をかけた。

私が帰省しないと左半身不随のお母さんは外に出られない。

本当に、倒れてる場合じゃない。

昔から私の身体のせいで泣かせてしまって本当にごめんね。

 

こういう時改めて思う。

いつも当たり前に聴いてる声が、凄くほっとする。

聞きなれた声。安心感がある。

 

夫にも電話。

夫も喜んでくれていて。

 

「だいぶはっきり話せるようになったね!

 元気になって良かった!」

 

と。

土曜日に面会の予約を入れて、いざ土曜日。

お部屋に

 

「旦那さんが面会に来られましたよ~!

 車いす乗っていきましょう!」

 

と、看護師さんが迎えにきてくれた。

点滴の棒を引き連れて車いすで向かう。

夫が見えたので軽く手を振ったら驚いた顔をしていて。

 

「あ~~!あーーー!

 良かった、良かった、元気だ!」

 

と言って涙を大量に零して喜んでいた。

見知った顔と声。

何だか私もほっとした。

日常に戻りつつあるのが嬉しく思えた。

 

「もう本当に…ダメかと思った。

 病室行くのを見送ったのが最後になるかと思った…」

 

と、声を詰まらせながら語っていた。

いつもつらい思いさせてごめんね。

夫の腕をトントンと軽くたたいて

 

「大丈夫だよ、もっと元気になるからさ」

 

と声をかけた。

思えば一緒になった時から心配ばかりかけてた。

膿疱性乾癬が悪化して苦しみながら入院した時も、私を送ったあとご両親に電話をしたようで。

その時思わず泣いてしまったんだとか。

私の苦しんでる姿があまりにも可哀そうすぎて…と言ってた。

 

昔のように病室まで面会の人が訪れることは出来ない。

コロナ渦以降から決まったのかな?

面会の枠があって、与えられた時間は30分。

枠内には2~3組しか割り当てられず、14時~17時で30分ずつ区切られていた。

1組の面会人は、できれば2人まで。

デイルームでの飲食は禁止。

病棟の外(例えば1Fや2F)に行ける人は、そちらで面会することも可能。

他の病院はわからないけれど、私が入院したところではそのようなルールがあった。

 

あと、地味にWi-Fiが有料だったのが痛かった。

消灯中はWi-Fiが切れるので大人しく寝るしかない。

眠剤を処方して貰えてよかった。

 

昔から眠剤を飲んでいたんだけど、5年ほど前から余計眠れなくなって。

それはお母さんが倒れて、その一年後にお父さんが他界したのが大きかった。

ストレスで食欲がなくなり一気に痩せた。

追い打ちをかけられたのはその一年後で、オンライン上で知り合った友人だけど手酷い仕打ちをうけた。

眠剤は皮膚科で出して貰っていたけれど、これ以上の処方は精神科と相談してくださいと言われて。

それから精神科のお世話になっている。

いつも悩みを聞いてくれる精神科のお医者さんのおかげで、眠剤もだいぶ効くようになった。

 

HCUでお世話になってから、凡そ1週間。

そろそろ一般病棟だね~と言われたころ、リハビリの先生が来た。

 

病状が病状なだけに体力が著しく低下したため、体力回復をしなければならなくて。

お医者さんが

「ベッドの上で軽く運動するくらい」

「ベッドの横に立つくらいなら」

という感じで動ける上限というか範囲を決める。

その範囲内でリハビリの先生がメニューを決めて体力回復のために尽力して下さった。

その時やっと上半身を起こすことを許された。

 

HCUではベッド脇に立って、足踏みをするところまで行けた。

 

「どうやって歩いていたかわからなくなる人もいます。

 足は産まれたての小鹿みたいになるので、

 無理せず少しずつ体力つけて行きましょう!」

 

と言われて。

確かにその場で足踏みするだけでふわふわしちゃって、足元がちょっと不安だった。

膝というより太ももあたりが震えて、それが足全体に脱力感が広がって怖かった。

でも足踏みが出来たのを見たリハビリの先生はとても褒めてくれた。

褒められるとちゃんとできてるんだ、良かったという安堵感があってリハビリを頑張れた。

 

無事一般病棟へ移り、移った先でちょっとだけ歩くことができた。

リハビリの最終目標を聞いて、ちゃんと出来るのか不安だったけれど…

退院時には最終目標をクリアできてるはず、という話を聞いたので。

先生を信じて頑張る事にした!

因みに最終目標は病棟内を6周歩くこと。

これで大体1kmくらいらしい。

これくらい歩けるようになれば、それなりに大きいスーパーで買い物をしても疲れないという感じ。

日常生活に戻れるよう、考えて下さって本当にありがたかった。

 

リハビリの先生はリハビリだけではなくて、病状についても色々解説してくれて。

博識だなぁ、みんなこういう知識を持って患者さんと接するのかなぁと驚いた。

 

 

HCUに居た頃の私物はメガネだけだったので、一般病棟へ移動の際にスマホと充電器を返して貰って急いで充電。

ちゃんとモバイルバッテリー持ってきておいて良かった。

LINEやらメッセージやら電話着信やらを確認して、一先ずお母さんにメッセージを送る。

それから夫にLINEで連絡。

まだ全然本調子ではないので画面を見続ける程体力もなく、少しずつ連絡くれた人たちにお返事をした。

 

一般病棟へ移ったといっても、手術後等に一時的に入るお部屋に2日程居て。

その後4人部屋へ移動した。

ベッドで寝たきりでも、体重測ったり髪を洗って貰えたりすることに感動。

どちらも未経験だったので新鮮な体験だった。

 

そんなある日。

 

「お水、一日500mlまでなら飲んで良いという事になりました!」

 

と嬉しいお知らせ!

喉が常に乾いてる状態だから500mlはあっという間になくなってしまう量だけども…。

それでもお薬の時の少量よりはだいぶマシ!

しかもお薬の時に余った水をそのままキープすることができるという嬉しい状況!

(少量のお水でお薬を飲んだ後、お水は捨てられていた)

 

ペース配分を考えながら貴重なお水を飲む。

起きてる状態で水を飲むと、ついあっという間に飲んじゃうので。

少し横になりながらちょこちょこ飲む作戦で行くことにした。

 

看護師さんにお水をお願いすると、量をはかってシートに記入。

1日500mlを越えないようにしながらお水を戴いていた。

本当にあっという間になくなってしまう。

夜中も喉が渇いてしまうから、すぐ飲んでしまわないように要注意…。

氷を入れて貰うと、氷が大体20ccと言っていたので時々入れて貰っていた。

 

1週間近く寝ても覚めてもお水の事を考えていた。

お医者さんが様子を見に来てくれても、お水の事ばかりを聞いた。

 

ある日お医者さんから説明を受けた。

何故お水が飲めないのか。

今どのような状況なのか。

何故高熱が出るのか。

 

何故お水が飲めないのか……それは腸に穴が開いてる疑惑があったから。

穴が開いていては食事は愚かお水も体内に入れることは出来ない。

手術も視野に入れていると説明があった。

まだ検査ができる状態ではなかったのか、その説明を聞いた2週間後辺りに検査をした。

 

今どのような状況なのか……脾臓の横に謎の空間がある。これは何なのか?

……結局何だったんだろう……退院してもよくわからない。

そして恐らく腸に穴が開いたことによって菌が全身に巡り、そのせいで高熱が出ているのではないか?

 

再び登場の血栓。大きな血栓が2つあった。

3~4年前に入院した時も血栓があった。

血栓ができやすい身体なのだろうか。

血栓を溶かすために、3~4年前の入院でも血液をさらさらにする点滴をしていた。

お母さんにそれを話したら

 

「血液さらさらになる薬だけは飲まないで欲しい」

 

と言ってた。

何故ならお母さんはその薬を飲んで、脳溢血で倒れて左半身不随になったから。

お医者さんに相談したところ

 

「飲まないという選択肢は認められるから、

 そこは患者さんの自由だから絶対飲めとは言えない」

 

と言っていた。

私は悩んだ。

飲んでそのリスクがあるなら…お母さんが不安になるなら、飲まないのも有りかと。

でも血液が詰まったらそれはそれでイカン事なのではないかと。

もしかして、詰みではないかな…?

 

そんなわけで絶食絶飲。

絶飲は1週間程で終わった(水の量は決められていた)けれど、絶食は3週間程続いた。