「お母さんねぇ、お父さんと結婚して50年なの。

 だからね、(地元の)夏祭りに花火上げようと思ったの」

 

地元の夏祭りでは個人が協賛となってメッセージ付きで花火を上げることができた。

あぁそういえば長姉はお母さんが18歳の頃に産まれたんだっけ…。

 

でも、その50周年で二人の運命が決まってしまった。

 

花火は上がらない。

お母さんがお父さんと三女姪を連れての旅行もかなわなかった。

だからこそ、私が出来る範囲内で願いを一つでもいいから叶えたいと思った。

肝心な時に何もできなくてごめんね、お父さんお母さん…。

 

ちなみに姉達の通話を聞いて、姉達が私の事を偽善者って言ってたよって密告した次女姪。

次女姪と三女姪が帰省する際に長姉は子供たちに

 

「あいつ(私)は偽善者だからね。

 口は上手いし外面もいいから。

 信用しちゃだめだよ」

 

って言ってたらしいけど、次女姪は

 

「それは私が逢ってから決めるから」

 

と言って帰省したらしい。

ありがとう姪っ子よ…。

 

「だってさ、ママ全然料理しないの!

 レンチンするだけでも嫌がるくらいしないの!

 だからね、1週間分作り置きしてきたよ!」

 

……母親として恥ずかしくないのか姉よ……。

 

今では私は次姉とも和解して仲良く出来て。

次姉の趣味に私も片足突っ込んで、色々お話ししたりして。

私以上に次姉の趣味に沼ったのが夫で。

それはもう帰省するたびに賑やかに話すようになった。

 

お義兄さんもとても優しい方で。

お母さんが困っていると助けてくれる。

そして私が帰省すると、時々大量のお魚を「焼くだけ状態」にして密封して冷凍もしてくれてお土産にくれる。

たまに「お刺身」にして冷凍したものを戴いたりして本当にありがたい。

 

よく実家の夢とか、続きが気になる夢とか見る。

 

実家の夢に関しては、やっぱりホームシックなのかな…とか思ってしまう。

少しでもお母さんの傍に居たい。

あの頃が懐かしい。

ずっと夢を見ていたい。

帰りたい。

みんなで暮らすの楽しかった。

お母さんが五体満足で歩いてる。

いつも通りに暮らしてる。

 

気になる夢は、ただ本当に気になる夢。

この先どうなるの?って気になって本のページをめくる感覚。

 

でも結局どっちの夢も結末まではいけないんだよね。

 

なんか意味があるのかな。

 

夢って最後まで見られないよね。

凄くもどかしい。

お父さんが亡くなったのは2020年1月下旬。

世間ではコロナが流行りだした頃。

ギリギリ私の住んでる辺りでは、そこまで流行っていなくて。

お父さんの葬儀に参列してくれる人が多かった。

長女姪は

 

「この後みーちゃんのとこ行っていい?

 雪祭りに行きたーい!」

 

って言ってたけど。

長女姪は職場からどうしても出勤してほしいという連絡を受けて

 

「行きたかったけど…

 やっぱり会社を無碍にはできないよね…」

 

と言って泣く泣く帰路についてた。

でも雪祭りにはいかなくて良かったと思うよ。

あそこから爆発的に流行っていったからね。

 

この一か月後とかだったら葬儀はあげられなかったと思う。

それにお母さんも帰省出来なかったかもしれない。

そうなればお父さんの葬儀は寂しいものになっただろう。

何よりお父さんはお母さんを愛しすぎてた。

そんな人が見送ってくれないとなったら悲しかっただろう。

無事に式を上げられて良かった。

 

長姉に関して、ちょっとだけ名誉挽回をすると…。

 

お父さんが危篤な時に、一日だけ来てくれたらしくて。

その時にお母さんを連れてお見舞いにいったらしくて。

そして病院近くのうどん屋さんでうどんをお母さんと一緒に食べたらしくて。

お母さんはとても喜んでた。

という話を聞いた。

 

葬儀の後私が家に帰る際、長姉にはお母さんのトイレの案内とかを教えて。

長姉が帰る前まではそれを実行してくれたらしくて。

ちょっと助かったわね、って思った。

その後はクズみたいな所業で次姉にも着信拒否される事態になったけれども。

それは私の知らんお話。

 

今もほぼ毎日お父さんお写真の前にお水をあげてお経を唱えて近況を話して。

そして今日もお母さんの事宜しくお願いします、といって終わる。

お父さんの隣には愛犬の写真があるんだけど、同じ位置に居るとお父さんが嫌かなって思ってちょっとだけ高い位置にお父さんの写真を置いている。

お父さんも愛犬もどちらも大事よ。

 

お父さんの遺影は、20年近く前にタスポ申請で写真撮影が必要になった時にお父さんが職場へ戻る前に急いで撮ったものだった。

お父さんはこんなところ(フェリー乗り場)で恥ずかしいな、って言ってちょっとだけ笑っていた。

亡くなる前の痩せ細った写真ではなく、まだ現役だった頃のふっくらとした写真で。

ちょっぴりはにかんだ笑顔だった。

私はその写真を探し出した。

 

「これを遺影にしたいです」

 

って葬儀屋さんにお願いして。

そうして出来上がった遺影。

身内からも

 

「あらぁ、良い写真だねぇ」

 

って言って貰えて。

お父さんへの恩返しポイントが跳ね上がったのでは!?

等と思ったりもした。

 

お父さんは夫としても父親としてもダメな人だったかもしれない。

でもね。

小さい頃、ゲームで遊んでた時にお父さんも一緒に居て。

 

「そこでホイミだ!

 その敵にはザラキだ!

 あー、レベル上げが必要だな!」

 

等と言ってて一緒に遊んで(?)くれてた。

 

「お父さんはちょっと寝る!」

 

と言ってコタツに潜った直後

 

「お父さーん」

 

って呼びかけながら振り返ったらもう熟睡してて。

こんな早く寝るー!?って驚いたりした。

 

小さい頃お父さんが帰省した時ホラー映画をやるってんで、一緒にみようねって言ってて。

いざその時間になったら

 

「これは怖いから見ない方が良い。

 もう寝なさい」

 

と言ってお父さんは暗がりの中そのホラー映画を見てた。

その機会を逃してから未だ見ていない『13日の金曜日』。

 

それからだいぶ年月が経ち私が結婚して実家を出て…連休に帰省したら、日本の某ホラー映画を見るんだって言ってたんだけど。

トイレで1Fに降りたらお父さんがテレビを消して寝る準備してて。

 

「あれ、映画もう終わったの?」

 

って聞いたら

 

「怖すぎて無理だった」

 

って言ってたのが可愛い。

 

お母さんにしか興味がないお父さん。

私が中学生の頃も私の事を邪険にしていて

 

「自分の部屋があるなら自分の部屋に行きなさい」

 

って言われてお父さんが帰省してる時はテレビも満足にみられなかった。

そんなお父さんの体の不自由が失われていってた頃。

私が実家帰省します、って時にお母さんから電話がきた。

 

「もしもしー。どうしたのー?」

 

って聞いたら

 

「今どの辺にいるかなって思って。

 お父さんがねぇ

 『みーどの辺まで来てる?心配だから電話して』

 って言っててねぇ」

 

って言ってて。

それが今でも忘れられない思い出。

気にかけてくれたのが嬉しかった。

 

 

翌日、神奈川に帰る長女姪を連れてフェリー乗り場まで送った。

姪はラッキーピエロとハセガワストアのやきとり弁当を買いたいということで、途中に寄った。

 

ハセストで注文して、近くにあるラッキーピエロで食事をした。

色々お話をした。

誤解とか改めて思った事とか、今後の事とか。

 

その後ハセストのやきとり弁当を受け取ってから長女姪をフェリー乗り場まで送って、近くの駐車場で仮眠を取った。

姪から無事フェリーに乗れたという連絡がきて、私も帰路へ着いた。

 

急に眠い。

高速道路を走りだしてから眠い。

〇〇PAまで〇〇kmとかあったけど、それより先に高速道路降りられるならそこで降りて睡眠取ろうと思った。

意識が遠のく。

実家へ帰省した時は雪が全くなくて走りやすかったけど。

斎場を後にする頃から物凄い積雪が増えて。

もう、本当に睡魔が押し寄せて危険だった。

あぁ、叔母さん達が言ってた「連れて逝く」ってこのことなのかな…

とか思いつつ。

 

何とかPAまでたどり着いて休息できた。

その道中ずっと

 

「お父さんごめんなさい。親不孝でごめん。

 お父さんに出来なかった分、

 お母さんに親孝行するから!

 どうか私を連れて逝かないで」

 

ってずっとお願いしていた。

PAで1時間ほども休んでから、高速道路を走りだした。

それからは順調で。

夫も起きて迎えてくれた。

お父さんのお通夜前。

お通夜準備が終わった後、私はお父さんの祭壇を見てた。

その時一歳下の従姉妹が受付に来てくれるということで心強いなぁと思って居た。

その従姉妹は小さい頃から姉妹のように暮らしてきてた。

とても親しみ深くて優しい従姉妹。

私が祭壇を見ていたら、後ろから声をかけてきてくれて。

 

「あぁH(従姉妹)。

 今日は受付ありがとうね。

 よろしくお願いします」

 

って頭を下げたら、従姉妹は私を見ながら話をして

突然目が真っ赤になったので

 

「H、どうしたの?

 目が真っ赤だよ!?

 お仕事の後とか夜中でも顔出してくれてたもんね。

 連日の疲れが出たのかな?」

 

って焦って言った途端、従姉妹は泣きだした。

 

「ごめん、みーちゃんが心配で」

 

といって目からぼろぼろと涙を流して腕をぎゅって握ってくれた。

やつれた私をみて不憫に思ってくれたのか。

田舎では急に痩せた人は癌疑惑をかけられるんだけど、私もそうなってしまったのではないかと思ったのか。

わからないけれど、従姉妹は泣いていた。

 

「私は大丈夫だよ、ありがとうね」

 

といって私の腕をつかんだ手をぽんぽんと叩いた。

 

「こんなことを言うと不謹慎なんだけどね。

 もう、電話に怯えることもないなって思うとね。

 ちょっと安心してるんだ。

 だめだよね~」

 

といって私は笑った。

実際そう。

姉からのちくちくも無くなり、電話の恐怖も無くなるだろう。

今後少しは眠れるだろうと思った。

親不孝者でごめんなさい、お父さん。

 

その後、親戚のおじさんから色んなお話を聞かせて貰った。

主に家を解体する時のお話。

でもお母さんはそれを望んでいなかったので…無かったことにした。

 

お通夜では親族が前に出ていかなきゃいけなくて。

親族はお母さんと私達三姉妹のみ。

その中でお父さんの生の歩みを披露される。

でも私はもう悲しくてしょうがなくて、泣いてばかりいて鼻水が出て大変だった。

お母さんがそっとハンカチをくれた。

 

親戚の叔母さんに

 

「みーちゃん、帰るとき気を付けなさいね。

 連れて逝かれるかもしれないからね」

 

って言われて。

 

「お父さんそういう人じゃないからー」

 

って言ったんだけど

 

「その人の性格とか関係ないの。

 そういうの関係なく連れて逝くからね」

 

って言われて。

そういうものなのかー…と思いつつ

 

「うん、気を付ける!」

 

と返事した。

 

色々と終わって葬儀に参列してくれた人たちをお母さんと私達三姉妹が見送る。

長姉が

 

「ちょ、あの背の高いイケメン誰!?」

 

って言ってきたので

 

「あぁ、ヒロ兄ィだよ」

 

って言ったら

 

「あんなにイケメンだったっけ!?」

 

って色めきだってたので冷めた目で見た。

ヒロ兄と奥さんを見送るときに、ヒロ兄のお嫁さんのYさんがお母さんをお父さんの所に連れていってくれたり頑張ってくれたので

 

「Yさん、本当にありがとうございました。

 ヒロ兄ィも本当にありがとう」

 

って思わず泣きながら深々と頭を下げた。

長姉は………何も言うまい。

礼儀とか無いんか。

 

それから斎場からの撤収が始まった。

従兄弟がお母さんを姫抱っこしてくれて、車に乗せて実家に送ってくれた。

私には無理だから本当に助かった。

沢山の荷物も、親戚たちが運んでくれた。

お母さんは

 

「姫抱っこされたの初めて~!」

 

といって楽しそうだったので、従兄弟には色んな意味を込めてありがとう。

 

ちなみに夫は葬儀が始まる前には仕事に戻らなくてはいけなくて。

夫の職場では妻の両親が亡くなったとしても、長期休みは貰えなくて。

良くて3日。

叔母たちが来なければ葬儀は始められないってことで、その日まで待てなくて泣く泣く戻る事になった。

 

お父さんの納骨の日。

雪が積もっていて、お義兄さんがお墓の周りを除雪してくれていて。

無事に納骨式も終えた。

終えた瞬間、物凄い突風が吹いた。

参列してくれた親戚たちは

 

「きっとありがとうって言ってるんだね」

 

って言ってたけど。

私には

 

「いかないで。寂しいよ」

 

って言ってるように思えて心苦しかった。

それから実家に戻って、お母さんとお話をした。

 

「良い式だったね」

 

「赤字でも良いと思って居たけど、

 黒字だったみたいだね」

 

そんなお話をして笑いあっていたら、姉二人。

憤怒しながら言った。

 

「みんなに配るものが!」

 

皆さまから戴いたもの(果物や缶詰や食品等々)を管理してくれた親戚のおばさん達が仕分けてたんだけど…

それに対しての文句らしい。

自分たちは亡くなった人の身うちなのに、おばさん達は蔑ろにしすぎている!

大体ねぇ…と文句は続いた。

私とお母さんは良い式だったと言った直後の事だったから、ちょっと目をつむった。

 

「じゃあさ、配られたもので欲しいものとか交換しようよ」

 

って私が提案して、これ要る?これほしい!とかで物々交換をした。

何故かおばさん達が配った私の箱には栄養ドリンクが入っていた。

あと、私と夫はあまり果物を食べないけれど、長女姪と一緒に暮らしている相方さんは果物が大好きなようで。

 

「〇〇さんにもよろしくねぇ」

 

と言って、果物と果物の缶詰を長女姪に渡した。

 

とりあえず話がまとまって安心した。

 

その日、やっと少し眠れた。