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未来寺子屋

   「道徳」をもう一度、
    見直してみましょう。

主体性とは、「自分の人生を自分の意志で動かす力」のことです。

しかし、この力は特別な才能ではなく、日々の小さな選択を積み重ねることで育まれていく「筋力」のようなものです。
子どもでも大人でも、主体性は突然生まれるものではなく、「自分で決める練習」をどれだけ積んできたかに比例します。

子どもの教育で最も大切なのは、「自分で選んだ」という経験を日常に増やすことです。

例えば、朝の服を選ぶ、宿題をする順番を自分で決める、遊びのルールを自分たちで話し合う…。

こうした小さな選択は一見些細ですが、「自分の判断で行動を変えられる」という感覚を子どもに与えます。
この「自己決定感」が育つと、子どもは物事に責任を持ち、行動にもブレが少なくなります。

しかし、日本の教育現場や家庭では、「正解を教え、間違いを避けさせる」文化が根強くあります。
効率を優先するあまり、大人が子どもに「決定権」を渡す場面が減ることで、子ども自身が考える機会が奪われてしまっていることも少なくありません。
主体性が育たない背景には、この「選ぶ経験の不足」が大きく影響しています。

そして、これは大人にとっても同じです。
仕事、家庭、人間関係…。日常の多くが習慣化すると、自分で選んでいるようで、実は流れに身を任せるだけになっていることがあります。

「人生が変わらない」と感じている多くの場合、その原因は「決めない癖」にあります。
大人ほど、意識的に「自分で決める練習」を取り戻す必要があるのです。

主体性を育むためには、次の3つが重要になります。

① 選択肢を自分でつくる

子どもには「AかBか」を大人が用意するのではなく、「どうしたい?」と自由度のある質問をする。
大人もまた、「仕方ないから」ではなく、「他に選べる道はあるか?」と自分に問いかけることが必要です。

② 選んだあとを経験させる

選択には必ず結果が伴います。
失敗したとしても、「あなたが選んだことだからこそ意味がある」と受け止めることが大切です。
失敗から学ぶ経験は、主体性を最も強く育てます。

③ 小さいことでいいから毎日選ぶ

朝の行動、勉強のタイミング、今日の過ごし方…。
小さな選択を増やすことが、人生の大きな決断に向かう「勇気の筋力」を強くします。

「自分で決める練習」は、自己肯定感とも深く結びついています。
自分の選択が価値を持つと実感できると、人は自分を信じられるようになります。
子どもは挑戦する勇気を持ち、大人は人生の主導権を取り戻すことができます。

主体性は、生まれつきの性格ではなく、日々の積み重ねで形づくられる力。
だからこそ、どの年代からでも育てることができます。
人生を前向きに生きるための土台となる「自分で決める力」を、今日から少しずつ意識して育ててみませんか。

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「なぜ日本人は、グラウンドや道場に挨拶・礼をするのか?」を、前回考えてきましたが、その続きになります。


▼感謝の心

グラウンドや道場に礼をする文化は、「感謝を形にする練習」でもあります。
スポーツや武道ができる背景には、施設を整えてくれた人、指導してくれる先生、共に切磋琢磨する仲間など、多くの支えがあります。

礼をすることで、「当たり前ではない環境」に気づく心が育ちます。
この気づきは、社会に出てからも非常に重要な非認知能力であり、誰かに支えられて生きているという視点を持つことで、謙虚さと思いやりが自然と身についていきます。


▼物事と向き合う大切さ

さらに教育的な視点から見ると、礼は「自分と向き合う姿勢を育てる道具」です。

スマホ時代を生きる子どもたちにとって、集中力や切り替え力の不足は大きな課題です。
しかし、礼を通して自分の姿勢を正し、呼吸を整える習慣を身につければ、心が落ち着き、物事に丁寧に向き合う力が養われます。
礼は一瞬ですが、その一瞬に込める心は、日々の行動に確かな変化を生みます。


▼ 子どもたちに伝えていきたい「心の礼」

最後に、礼は「未来への行動づくり」です。

挨拶や礼は、単なる作法ではなく、
心を整え、周囲と調和するための日本文化です。

最近は合理性が求められ、形だけが先行し、
「なんでやるの?」と疑問を持つ子もいるかもしれません。

だからこそ、大人である私たちが丁寧に伝えたい。

礼は、人や場所に対する敬意
そして自分の心を磨く時間

子どもたちがその意味を理解して礼をするようになったとき、その所作は、未来へつながる「美しい心」となるはずです。
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グラウンドや道場に礼を日本の選手は行うことが多いです。

海外の選手から見ると、

「なぜ日本人は、グラウンドや道場に挨拶・礼をするのか?」
「何か意味があるのか?」


などという声を聞きます。

スポーツの練習を始めるとき、道場に入るとき、グラウンドに入る瞬間──
多くの日本の子どもたちは自然と「よろしくお願いします」と挨拶し、グラウンドや道場そのものに向かって礼をします。

「場所に礼をするなんて、少し不思議」「人がいないのに挨拶するの?」

そう思う人もいるかもしれません。

しかし、この文化には、日本人が古くから大切にしてきた心の在り方、日本独自の文化と教育的な意味が詰まっています。



▼ 場を整え心を整える文化

まず大切なのは、「場を整える」という日本人特有の感覚です。

日本では古くから、場所には「気」が宿ると考えられ、神社仏閣だけでなく、家や職場、そして運動場にも「場の空気」があるとされてきました。

挨拶や礼は、その場を大切に扱うという気持ちの表れであり、「これからここで学びます・練習します」という覚悟を自分の心に刻む儀式でもあります。


▼ 共に学ぶ仲間と自分自身への敬意

次に、礼や挨拶には「自分の心のスイッチを入れる」という役割があります。

スポーツ選手や武道家は、フィールドや道場に礼をすることで、私生活から切り替え、集中モードへと移行します。
この「心の準備運動」があることで、練習に対する姿勢が整い、ひとつひとつの動きに誠意が宿ります。
礼は相手のためだけでなく、自分のための行為でもあるのです。

続く
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