未来寺子屋

未来寺子屋

   「道徳」をもう一度、
    見直してみましょう。

~誠実さは陰で磨かれる~

私たちの社会は、往々にして目に見える成果や華やかなスポットライトに価値を置きがちです。
しかし、真の「誠実さ」や「信頼」は、人知れず積み重ねられた、見えないところの努力によってこそ磨かれるものです。

例えば、資料作成における丁寧な誤字脱字チェック、会議資料を渡す前にホチキスが正確に留まっているか確認する、あるいは顧客との約束を誰にも言われずとも必ず守る。

これらは、派手な成果として評価されることは少ないかもしれません。
しかし、こうした細やかな気配りや約束厳守の姿勢こそが、やがて周囲からの「あの人なら大丈夫だ」という揺るぎない信頼へと繋がっていきます。

物事には、必ず「陰陽」というのがあります。
日向があれば、必ず影があります。
これは、どちらも必要なのです。
片方が欠落しているということは無いのです。

道徳的な観点から見ると、「見えないところの努力」は、自分自身の内面と向き合う行為そのものです。
誰かに見られているから頑張るのではなく、自分の信念やプロ意識に基づいて、最高の状態を目指す。

この「慎独(しんどく)」の精神──誰も見ていないところでこそ、自らを律し、誠実であること──は、人間としての品格を形成する上で極めて重要です。

また、こうした努力は、たとえすぐに評価されなくとも、着実に個人のスキルや経験を深めます。
地道な学習、基礎練習の繰り返し、苦手分野の克服。これらは派手さはありませんが、やがて来るべきチャンスを掴むための土台となり、本番での自信へと変わります。

誠実さは、一朝一夕に身につくものではありません!

それは、日々の小さな、そして「見えないところの努力」という名の研磨によって、少しずつ光を増していく宝石のようなものです。
スポットライトが当たらない場所でどれだけ自分を律し、高められるか。そこにこそ、真の人間力が宿るのではないでしょうか。

           ----------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間は金なり」という言葉がありますが、実際には時間は「お金」以上に残酷で、かつ平等な資産です。

私たちは日々、数時間単位のスケジュールには敏感ですが、わずか「1分」という単位の重みをどれほど意識できているでしょうか。

1分間という時間は、砂時計の砂が落ちるのを眺めていれば長く感じますが、動画サイトやLINEで話をしていると、この時間は一瞬で溶けて消えてしまいます。
しかし、この1分の積み重ねが、私たちの人生の質を決定づけます。

例えば、毎日たった1分、大切な人に感謝を伝える、あるいは将来のために英単語を一つ覚える。
その微々たる蓄積が、1年後には365分、つまり6時間分もの「意識的な行動」へと姿を変えます。


道徳的な視点で考えれば、時間を大切にすることは「自分を大切にする」ことと同義です。

ダラダラと過ごしてしまう時間は、今の自分を甘やかしているようでいて、実は将来の自分が持つはずだった可能性を削り取っていることに他なりません。

また、時間は自分だけのものではありません。待ち合わせに1分遅れることは、相手の人生の貴重な1分を奪う行為でもあります。
他人の時間を尊重できるかどうかは、その人の誠実さを映し出す鏡といえるでしょう。

もちろん、24時間すべてを効率だけで埋め尽くす必要はありません。

あえて立ち止まり、深く呼吸をする1分があってもいい。
大切なのは、その1分を「なんとなく」消費するのではなく、「自分の意志で」使っているかどうかです。

「たかが1分、されど1分」

この短い時間に価値を見出し、心を込めて向き合うこと。
その積み重ねが、やがて後悔のない、豊かな人生という大きな物語を編み上げていくのです。

            ------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタジアムでの試合後、日本のサポーターがゴミを拾う姿は、海外でもしばしば称賛されます。
「マナーがいいから」だけでは語りきれない、深い背景があります。

1. 「場」を大切にする日本的価値観

日本には、神社、道場、教室…など、使わせてもらう場所をきれいにする文化が根づいています。

「借りた場所は元よりきれいにして返す」

その精神は、スタジアムという「応援の場所」にも自然と広がります。


2. 応援もスポーツの一部

サポーターは「第12の選手」と言われます。
良い応援は、選手の力になり、クラブの価値にもつながります。

応援=クラブの誇りを表す行為

だからこそ、応援の最後に行うゴミ拾いは
「胸を張れるクラブであるためのアクション」なのです。


3. 未来の子どもたちへのメッセージ

子どもは大人の背中を見て育ちます。
スタジアムで大人がゴミを拾う姿は、最高の教育です。

「スポーツは、強さと優しさを育てるもの」

次の世代に継ぐ、無言のレガシーとなります。

そして、これらのことは、誰から強制をさせたわけでも無く、先駆者が始めた行為を、みんなが自然に、一緒にできるということが日本人の素晴らしいところなのだと思います。
            ---------------------------------