小学校5年生の誕生日
いつものように友達と公園で野球をして
夕方 家に帰ると
アニキが家の前で
チャリンコにまたがって 僕の帰りを待っていました
そして
「後に はよ乗れ」
と言いました
二人乗りで大通りに出ると
自転車を置いて
今度はタクシーに
乗りました
アニキは
「○○病院まで」
と言いました
○○病院には
おばあちゃんが入院している
私なりに感じました
おばあちゃんに何かあったんや
病院に着くと
親戚 従兄弟が
全員居ました
おばあちゃんは
苦しそうにハアハアと言っていました
みんなで
順に声をかけて
脱脂綿で水を飲ませてあげました
しばらくすると
「これから おばあちゃん しんどくなるから帰り」と
子供達は帰されました
そして夜
「おばあちゃん
亡くならはった」
母親に聞いて
信じられなかった
そしてもう一言
「あんたの誕生日に亡くならはったなぁ」
そうや
今日は誕生日やった~
そうか
おばあちゃんは
僕の守り神になってくれたんや~
そうおもいました
そして
その日から私の人生が大きく変わっていきました
小さい頃から
活発なタイプだったのですが すごく照れ屋さんで 学校で
手をあげたり 人前で話したりすることはできませんでした
3歳から
母親が働いていたので保育園はいつも最後のお迎えで 先生も待ちきれず よく一緒に夕食の買物に行ってました
小学校に入って
鍵っ子になりました
そんな照れ屋で
さみしがりの私を
支えてくれたのは
亡くなった
おばあちゃんでした
ここ1番
勇気がいる時
さみしい時
僕には
おばあちゃんがついていてくれる
だから
大丈夫や~
そう思い
積極的に勇気も出てきて 何でもチャレンジするようになりました
そして
6年生の誕生日から
一人でお墓参りを
することにしました
6年生の誕生日
母親はケーキを買ってきてくれました
しかし
今日はおばあちゃんの命日です
僕は
「ケーキいらん 食べへんし」と言いました
母親は
困った顔して
「今日は誕生日やで」
僕は
「もう誕生日はいらん」
「生きていたら 正月もクリスマスもある」
「死んでしもたら命日しかないやん」
「だから今日は
おばあちゃんの命日の方が大切や~」
「僕の誕生日に
もうケーキもプレゼントもいらん」
そう言いました
そして
毎年 誕生日になると一人でお墓参りに行きました
働きだして
他府県に居るときも
必ず休みをもらって帰ってきてお墓参り
夜の8時頃に
閉まっているお寺に頼み 真っ暗の中
行った事もありました
私は
おばあちゃんに会えるので嬉しくて 全く怖くなかったです
そして
願い事を一つして帰ります
不思議な事に
必ず叶います
しかし時には
叶わないときも
ありました
それは
おばあちゃんが
やめとけって言ってるんや~と解釈しました
そして
それは30年間
続きました