僕のせいで、沢山の人たちの期待を、裏切ってしまった。
大阪から東京へと戻ってもなお、その言葉が、日の入り前の細長い影のように、どんなときでも僕の心からくっついて離れませんでした。
もう歌なんかやめよう。
本気でそう思いました。
踊ることも。演じることも。
時間だけが過ぎ去っていきます。
声を心に閉ざしたまま。
そんな僕の心を変えてくれたのは、ある1本の動画でした。
熊本の仲間たちから、ビデオメッセージが届いたのです。
「かずきー!かずきが元気になってくれるように、みんなで歌います!」
いつも通りの弾ける笑顔で歌い始めたのは、「この青空と」。
この歌。あの時と同じ歌。
もう1年以上前、熊本で地震が起きて、みんなはとっても辛くて、でも東京にいた僕には何もできなくて、そんなときにみんなから届いた「かずきの歌が聞きたい」。その言葉にすぐさま歌って送った僕のオリジナルソング。
いつだって 空を見れば 笑顔になれる
いつだって 空を見れば 希望が湧いてくる
あの時、みんなを励ますために歌った歌で、今度は僕が励まされるなんて。
涙がこぼれそうになった。でも、先にこぼれたのは涙じゃなかった。
ちゃんと歌詞を覚えて、勝手に振りまで作って、満面の笑みで一生懸命歌っているみんなの姿がなんだか可笑しくて、つい大笑いしてしまった僕。
こぼれ落ちたのは、笑顔でした。
音楽って、こんなにも人の心をあたためることができるんだ。
忘れてた。歌は技術だけじゃない。心を伝えるものなんだ。
もう一度、歌いたい。
そしてそんな僕に追い討ちをかけるかのように、大好きなあの人の言葉が、胸の中に忍び込んできました。
「和樹くん、ずっと歌、続けてね。」
僕はあの時、答えてしまったんだった。それもとびっきりの笑顔で。
「はい!」
歌わなきゃ。
僕はTwitterを開きました。
ずっと怖くて見ることができなかった、僕のツイートへの反応。
恐る恐る、目を向けてみました。
そこには、何百という励ましや応援のメッセージ。
誰も怒ってはいませんでした。
「沢山の感動をありがとう。」
「これからも一緒に夢を追いかけていこう。」
ひとつずつ、読んでいきました。ゆっくりと、ゆっくりと。
ずっと一人だと思っていたけたれど、一人なんかじゃなかった、そう気づいたんです。
最後のコメントまでたどり着いたとき、僕の心はこの一言で溢れていました。
(ありがとう)
東京の滞在先での片付けも終わり、ようやく熊本へと帰る日がやってきました。
ゆっくりと帰りたかった。
飛行機のスピードには、僕の心がついていけないような気がして。
乗り込んだのは、新幹線。
「またな、東京。いつかまた、もっと素敵なものを届けに帰って来られますように。」
東京が遠ざかるにつれ、少しずつ落ち着いていく僕の心。
でも新大阪駅に停まった時には、ちょっぴり胸が痛みました。
次にこのホームをあとにする時、胸には楽しい思い出がたくさん詰まっていますように。
そっとお祈りをしました。
東京を発って、6時間。
ようやく熊本へ到着。
遠くにそびえる山々。大きな空。
そして、東京では手に入らなかった、澄んだ空気。
僕の身体がふんわりと包み込まれて、空に溶けていくような、満たされていくような、不思議な感じがしました。
心が、少しずつ戻っていきます。
この1年半もの間、僕は長い長い夢を見ていただけのような気がしました。
でもそれでいいんだ。
今度はまた新しい夢を見ればいい。
がらがらがら。
見慣れた町並みの中、ちょっとだけガタガタした熊本の道を、母と二人、重いキャリーバッグを押しながら歩きました。
数日後、僕の声は、急に高音が出なくなりました。
ずっと待っていてくださった神様に、この声をお返しする日が訪れたようです。
今度はどんな素敵な声をつくってくださるのだろう。
いつかまた、素敵なものをお届けできますように。
(完)