昨日の人体実験で、娘の態度に反応してしまったことを書きました。
だいたい同じ場面で反応してしまうことが多いので、今日はチャネリング・掘り下げをしながらその原因を探ってみました。
【本日の人体実験】
私が娘の態度に大きく反応してしまう場面とは、勝手にネットでお金を使ってしまう時です。
まずは仮説を立てました。
お金の余裕がある→心に余裕ができる→お金を勝手に使われても、怒りが湧き上がってこないのでは?
この仮説だと、根本に金銭的余裕の有無があることになるが、本当にお金が原因なのか?
お金を勝手に使われたから怒りが湧き上がっている(カーッとなる)のか?
昨日は意識的に反応しないようにできたのに、なぜ反応してしまったのか?
本当に恐れているものは何か?
本当は何に対して怒っているのだろう。なぜ同じことが繰り返されるのだろう。
この時点で思い浮かんだことは・・・
私が娘を信用・信頼していない
(どうせ約束を破って、また勝手にお金を使ってしまうはずと思っている)
↓
それが現実になった
(勝手にお金を使ってしまった)
↓
私が娘を信用・信頼していないことに対する複雑な感情
※この感情を今は何と表現していいのかよく分からない。罪悪感?絶望?悲しさ?
では、どうして私は娘を信用・信頼していないのだろう?
それは、私が私を信用・信頼していないこと、信用・信頼できていないことに対してマイナスの感情があり、そのことに気づかないように、今までごまかしごまかし生きてきたから・・・
↓
そのことに気づいて困ることは?
↓
今までの自分が全て間違いだったのではないかと思ってしまうような気がすること
※ここで、今までの自分(の人生)全てが間違いだったとしてもOKじゃない?むしろ気づけてラッキーじゃない?っていう意識が降りてきた
ここまで来たら、なんとなく理解ができてきたような・・・
私は、娘や自分を信用・信頼していない、信用・信頼できていないことを良くないことと思っている
↓
つまり
「信用・信頼している」のは良いこと
「信用・信頼していない」のは悪いこと
と思っている
↓
「信用・信頼していない」のは悪いことと思っているので、この部分を存在させないように、存在させてはいけないようにしてきた
↓
「信用・信頼していない」のは悪いことではないこと
「信用・信頼していない」部分を存在させていいこと
「信用・信頼していない」自分をゆるすこと・許可すること
に気づかせるために、何度も同じ場面で反応してしまうような出来事が起こっていた
「信用・信頼していない」のは悪いことではないこと
「信用・信頼していない」部分を存在させていいこと
「信用・信頼していない」自分をゆるすこと・許可すること
このことに気づいた時に、私の心と体が少し緩んで楽になった気がしました。
私が同じ場面で反応してしまう原因と解決策がわかったので、今後同じような出来事が起きた時に私の中でどんな変化があるのかを客観的に見てみようと思います。
自分や他人を信用・信頼することや自己肯定感などについても実験していきますね。