「庭で畑したいけど、時間がないんだよね。
わたし、植物育てるの下手だし」
ずっと、そう言っては、庭を草ボーボーにしたまま
横目で見るだけだった、ここ数年。
そういう自分に心の奥で、
イラっとしてた、ここ数年。
はじめて畑の会に参加して帰ってきた日、
體(からだ)が止まらなくて、
おもむろに庭の草を抜き、クワで耕し、
小さなうねを作りました
植えたのは、キッチンで芽が出たじゃがいも
翌日にはスナックえんどうの苗を入手し、
それも一緒に植えました。
芽が出たり、ツルが伸びると可愛くて、
なんで今までやらなかったんだろ?
と。
なんであんなに忙しかった(忙しいと思い込んでいた)んだろ?
と、不思議に思えた。
自分の中で「めんどくさいことしたくない」
とか、
「時間を無駄にしたくない」
という思いが、
かえって、めんどくさいことを引き起こし、
時間を無駄にし、
時間をなくしていた(余裕をなくしていた)んだろうなあ。
でも、よくよく自分のココロと向き合うと、
その根底には、
「(仕事以外で)自分が楽しむことに許可を出せない」
ってのがあって、
自分がやりたいことや、
純粋に何かを楽しむことに
いつも制限をかけていたんだと思う。
誰かを幸せにしたり、
何か成果を出してからでなければ、
自分は楽しんじゃいけない、と、
思っていたの。
楽しむためには、条件があったのね
お庭で畑をするなんて、とても小さなことのように感じるけど、
そんな小さなことすら、
わたしはわたしに許可できなくて、
でもそれだけ本当は、
畑って、
自分の好きなことで、
自分にとって純粋に楽しいことなんだな。
と、理解した
から、
最近、調子に乗って、グイグイ種まいてます。笑
芽が出ても出なくても、収穫できてもできなくてもいい。
子どものころ、
種をまいて、芽が出るのをワクワクして待ってた。
土をいじったり、虫をみてるだけで楽しかった。
あの頃と同じ感覚になれるならそれでいい
あの頃は、
芽が出なかったら時間の無駄、とか、
収穫できなかったら失敗。
なんて思わなかった。
いつから効率や、成果や、効能ばかりを求めるようになっていたんだろう。
時間がないなんて言い訳だった。
自分にほんとの楽しみを与えないための、言い訳だった。
もう、たくさんの言い訳を、
手放していこうと思う