うちの息子はお笑いが大好きで

全く聞いたことがないコンビの名前を挙げてみたりだとか

2005年のM-1に誰が出て、誰が決勝に行って

誰が敗者復活戦を勝ち上がって誰が優勝したとか

別な年は、誰が準決勝で敗退して・・・みたいなことを

淀みなく話す。


完全に脳のスペックの無駄遣いだと思うんだが。


まぁ、そんなもんかもと思いながら

そんな子と毎日いるものだから、まだあまり売れてない芸人さんも

何人か名前はわかるようになった。


Aマッソとかこころとか

(いや、本当は表記が違うんだけど、どうやったら出るの?

いすゞのちょんちょんがないやつ!)

ユニバースとか知ってますか?

普通、知らないですよね?

・・・あと今日、なんかシュークリーマーズがどうとか言ってたなぁ・・・

覚えてないよ~・・・。


そしてその中では比較的最近売れてきていらっしゃるんじゃないかと思う

相席スタートの山崎ケイさんが

自分を「ちょうどいいブス」と言っててもう

あぁわかるわ、そのポジション、オイシイよね!

って共感する。全力で。

そして山崎さん自身の絶妙さ加減が私は非常に好きなのです。


「ちょうどいいブス」っていうこのセリフを

あと1ミリでも可愛いに寄ってる人が言ったら、

それはもう、ダメなのですよ。

全然、ダメなのです。


この、なんとも言えない絶妙さ加減と

自分を見る目の冷静さ。

本当にこの人、頭いいんだろうなって思う。


それでめちゃくちゃ好きなこの「ちょうどいいブス」っていうフレーズが

今日も、嫌いだった自分を受け入れるきっかけになりました。




私は量子論が好きなんですけど

その割に量子論のこと、書いてないですけど



今日、ずっと構成が見えなくて

書きたいのに書けなかったテキストのイメージが

自分の中でやっと繋がりまして。


うお~!やった!!って

夢中でノートに書きなぐって

落ち着いたところで息子とお風呂に入りながらね


流れは見えたけど、知識として

もう一回、あの部分は読んでおかないといけないなぁとか考えていて。


量子論の本を何冊か読んでも

なんだかよく理解できないなぁっていう部分があります。


あれ?これ、一回読んだけど

何だっけ・・・よくわかんなかったやつだ、って。


恐らく、一冊の本で言えば

全体の5割くらいしかわかってないんじゃないかって思います。


結構、わかってない。

私、バカだなぁって

もっと頭よかったら、もっとちゃんと理解できるのにって

本を読む度、ちょっともどかしく思ってたんです。


でもね、バカだけど

あぁ、ちょうどよかったなって思ったんです。


私の理解力だったり、

自分がわかったことを言葉にするときに使う語彙や表現の難しさだったりが

なんか、ちょうどよかったかもしれないなって。


量子論の本、やっぱり私にはなかなか難しいんですけど

もし、もっと頭がよかったら、全部すんなりわかるのかもしれない。


でもね

こんな難しい本を一発で理解できる人がなるべくわかりやすく書いてくれても

同じように難しい文章になるんじゃないかなぁって思ったんです。

そして、私がそれを読んでも

やっぱり、5割しかわからないんじゃないかなぁって。


かと言って

同じ本を読んで1割しかわからなかったら

難しすぎて、私には無理!!って

投げてしまっていたかもしれないなとも思うんです。

興味があればくらいつくのかもしれないですが

正直

余りにもわからなさすぎると、手のつけようがないんじゃないかなぁって。


高校の、学年ビリだったときの頃を思い出します。

試験の成績が悪くて、よし、明日からがんばろうって思うんだけど

昨日まで聞いてなかった授業を

今日、いきなり聞いてわかる訳ないんだもん。

やる気MAXで臨んだとしてもだよ。

歯が立たなくて、5分で撃沈だよ。

そして、あぁ、「やっぱり」ダメなんだな、私は。ってなるからね。


日本語なのはわかるんですけどね~って


そこまでわからないものだと、もう、手の出しようがない。


でも幸いなことに、今読んでいる本は

めちゃくちゃ興味がある分野だということと

恐らく、

文章の理解力がちょうどよかったがために

5割はわかる。


そうするとね

がんばって読もうっていう気にもなる。


それにね

1冊の本を読んで5割わかった。

そしてもう一冊の本を読んで5割しかわからなかったとしても

知識って足し算じゃないからさ。

知識として点をたくさん作れば作るほど、

ある臨界点に達したときに

それが一気に拡がり、面になり

立体になるのを私は知ってる。


そうすると

繋がるまでは、自分で知ってると自覚できてなかったことまで

あ、あれもそうか、知ってた!ってなる。

それがすっごくおもしろい。

知識は直線を描く足し算じゃないの。

面積や次元を創る、掛け算なんだよ。


そうやってイメージが見えたり

自分の中で量子の世界が手に取るようにわかったとき

そして、同じように何がわからないのかもわかって、おもしろくなったときに


もともと5割しかわからなかった私は

過去の私が読んでも8割はわかるような

自分の言葉での文章が書けるんじゃないかなという期待もある。


それがすっごく楽しみだし

今の私が読んで8割わかる文章を書けるようになるためには


最初から読んだ本を10割わかるような天才ではなくて

今は5割しか理解できないくらいの

ちょうどいいバカで本当によかったと思ったんだ。


すっごい頭いい人、かっこいいなぁ、羨ましいなぁ

頭がいい人が書くセンスのある文章、本当に好きだなぁって

胸やけするくらい思ってたけど


私は、ちょうどいいこの程度の私が書く文章が書ければ

それでいいんだなって思った。


書くことは楽器を弾くのと似ていて

だから

書けば書くほどうまくもなるし

逆に

うまくなったら、今書いているようなのは書けないかもしれなくて


そもそも、うまくても下手でも

そのときに書くものは、そのときにしか書けないから

だから私は

きっと、好きに書いていていいんだよねって思った。



きっとみんな、いつだってちょうどいいんだ。