最近、とあるご夫婦にとっっっっってもお世話になっています。

田丸由季さん
http://ameblo.jp/snowberry7358/

と、ご主人の親方こと田丸愛継(ひでつぐ)さん
http://lineblog.me/mcplabo/

このご夫婦・・・・・ちょっとオカシイんですよ・・・・・。


何がオカシイって。




・・・・・・LINE@の無料相談のクオリティが。意気込みが。

本気のぶち込みっぷりが。


 

ゆきさんもゆきさんでオカシイなと思ってた。

めっちゃ親身になってくれるから。

でも、親方さんも相当オカシくて

私、15日に親方さんのLINE@に登録して相談受けていただいたんですが

なんかね


え・・・・これ、いくらお支払いすればいいんでしょう・・・・ってなってます。

 

なって、言ってます。

 

 

う~ん・・・オカシイ・・・・絶対にオカシイぞ・・・・

って言いながら、でも

罪悪感も違和感もひとまず置いておいて

いろいろご相談させていただいている今日、この頃。

 

 

最初は本当に軽い気持ちでした。

いや、相談したことに関しては本当に悩んでたし行き詰ってたし

どうすればいいのかわからなくなってて

でも

何とかしたい、できる、してほしいとは思ってなくて。

 

なんとなく親方さんのLINE@に登録させていただいて

以前、遠隔セッション受けさせていただいた者です~ってご挨拶させていただいたら

その後、いかがですか~っていって

流れで、近況を報告し、・・・・

 

 

自分と向き合うことを決めてました。

 

その少し前から、自分と向き合わないといけないと思って

向き合ってるつもりで

でも全然できてなくて

 

タチの悪いことに、自分では向き合えてないことに

全然気づいてない訳です。

 

今なら、なぜ向き合い切れなかったのか

なぜ、向き合えてないことに気づくことすらできてなかったのか

なんとなくわかるんだけど

 

そのときはわからなかったです。

わかってなかった。全然。

 

自分と向き合うってことは

徹底的に向き合うってことは

 

少なくとも私にはとても難しかった。

 

そして、ふとしたきっかけから親方さんに手伝ってもらって

自分と、本当の意味で

向き合うことをし始めています。

 

 

で、本当は最初からずっと書いていきたいのだけど

今日は

今日、気づいた大きいことを書いておこうと思います。

 

 

自分と向き合うことを誰かに手伝ってもらうとき

一人で向き合うことと決定的に違うのは

それを外から見て、質問してもらえること

 

自分と向き合うということは

自分の本当の気持ちを見つめて、認めていく作業なんだけど

 

でもね

自分で当たり前だと思っていることほど

疑問すら持たずに、本当の気持ちを確かめようとしないことがあります。

 

 

お母さんが好き、

お母さんの役に立ちたい。

 

ってことが自分にとって余りに当たり前だと思っていたら

 

「それ、本当??」

 

が、なかなか聞けないんだと思うんです。

 

本当は

お母さん嫌い!って思うことがあったかもしれない

お母さん怖い、お母さんいなくなればいいのにって思うこともあったかもしれない

でも

好きだと思ってた。余りにも当たり前に。

 

そしたら

「それ、本当?」っていう疑問を自分から持って自分に質問することは

なかなかできない。しようと思わない。

 

でも、外からなら、本当かな?なんか違う気持ちがあるんじゃないかな?って

「それ、本当?」って聞くことができる。

そして、聞かれて初めて

え?違うこともあるの??って

考え始めることができる。見つめ直すことができる。

 

 

ニホンジン、ナゼアタマサゲルンデスカ??

ナゼ、アカシンゴウデトマルンデスカ??

ナゼ、オミセノヒトハニコニコシテルンデスカ??

ナゼ、イヤナノニワラッテルンデスカ??

ナゼ、シゴトスルンデスカ??

 

自分では当たり前だと思っていることを、質問されて初めて考えることができる。

これをひとりでやるのは、本当に大変なことです。

つらいことでもある。

 

 

そして昨日、親方さんに聞かれたことが

相談させていただくようになっていちばんびっくりした質問だった。

 

 

 

「なぜ、好かれたいの?」

 

 

 

は?って思って。

いや、なぜって。

好かれたら嬉しいでしょう。

嫌われたら、悲しいでしょう。

好かれたいに決まってるじゃん。

当たり前じゃん。

なぜ?

 

え?

 

 

なぜ?って、何???

 

 

って本当に答えは出なかった。

 

 

好かれたい。

 

 

っていうのは

私にとって

お腹が空いたから食べたい、とか

眠い、とか

そういうのと同じくらい、当たり前の欲求だと思ってたから

そこになぜ??って聞かれるなんて、1ミリも考えてなかった。

 

 

ってことは

 

 

聞かれなかったら、自分で自分に聞くことなんか一生なかった。

 

 

 

 

そして今日、聞いてみた。自分に。

 

 

 

「なぜ、好かれたいの?」

 

 

 

・・・寂しいから。

幼稚園のお部屋で、みんなで集まって絵を描いていた。

一人、中心になってる子がいて

みんなでその子の真似をして絵を描いていた。

私は、一人で床にはいつくばって

その子の真似をして、赤いクレヨンで

お姫様の絵を描いてた。

 

あの子はいいな、みんなに好かれてる。

私はダメだな。好かれてない。

 

それが私のいちばん古い記憶。

 

人に集まってほしいから。

ちやほやされたい。

あの子みたいに、みんなが集まってくる人になりたい。

 

 

「なぜ?」

 

 

安心したい。

 

 

「本当に?」

 

 

え?

 

 

「本当に?安心したい?

 

好かれたら好かれたで、今度は嫌われるんじゃないかって不安じゃない?」

 

 

・・・・・

 

 

「結局、いつも不安じゃない?」

 

 

・・・・・

 

 

「本当に好きでいてくれるのか、いつまで好きでいてくれるのか

 

ずっと、不安じゃない?」

 

 

 

 

・・・・うん。そうかも。

そうだ。

 

 

好かれたい、という思いは安心したいというより

一時的に気休めしたいだけで

根本的な安心にはならないんだな。

 

 

それでね

 

ここ数日

もう、10年以上前に完治したと思っていた過食嘔吐がぶり返していて

めっちゃ食べて吐いて

 

 

それも、一緒だなって思った。

 

 

好きになってほしいと思うこと

 

味もわからず食べ物を詰め込んで吐くこと

 

根っこは同じだ。

 

 

根っこは何だ??

 

 

食べ物を身体に詰め込むとき

穴が開いてるところに、食べ物を放り込むイメージで

 

穴が開いてるから、全然いっぱいにならないんだって思う。

 

 

私の心には

穴が開いてるんだって思ってた。

 

 

私はずっと、その穴を埋めようとしていた。

 

人に好かれることで

食べ物を放り込むことで

10年以上前には痩せた身体を維持することで

いつも誰か男の人とつきあうことで

スピ系のグッズを買うことで

セッションを受けることで

コミュニティに入ろうとすることで

FBやメールを、一日何度もやたらとチェックすることで

 

でも

穴は埋まらなかった。

安心なんかできなかった。

 

 

 

 

もしかしたらさ

 

 

 

 

嫌われてもいいと思える方が自由なんじゃない?

何もなくてもいいと思える方が安心できるんじゃない?

好かれなくても、いいんじゃないのかな。

 

 

 

好かれないとダメだ!って思うから

心に穴が開いたんじゃないかな。

痩せてないとダメだ!

誰かが一緒じゃないとダメだ!

そう思うから穴が開いたんじゃないかな。

 

 

その穴を埋めようと何かを入れても

いつかなくなるかもって不安になるなら

 

 

穴を開けるの、やめればいいんじゃないかな。

〇〇じゃなきゃダメだ!っていうの

全部、やめちゃえばいいんじゃないかな。

 

 

 

 

 

好かれたいと思うのを、やめることはできる?

好かれたいって思うのをやめて、困ること、ある?

 

 

・・・・別にないな。

 

 

じゃあ、私

 

 

 

世界中の人に嫌われてもいい。

私は、大好きな人に嫌われてもいい。

私は、誰にも見向きされなくてもいい。

 

 

 

 

うん。

なんかそう思えたら、気持ちが軽くなった気がする。

底が見えないくらい暗い深い穴を覗きこむときの

不安でいたたまれない気持ちはなくなった気がする。

自由になれた気がする。

 

 

 

「なぜ、好かれたいの??」

 

 

 

って聞かれることがなかったら

私、心に穴を開けて誰かに好きになってほしくて仕方ないのに

好きになってもらっても不安なまま、一生過ごしていたかもしれない。

 

 

 

聞いてくれる人がいてよかった。

 

 

 

そんな親方さんのLINE@相談もセッションも

奥様のゆきさんのセッションもおススメですよ。



10年ぶりに過食嘔吐がまた顔を出したのはね

ちょうど、自分と本気で向き合い始めたときでした。

 

ずっと、完治したと思ってたけど

根本は変わってなくて

今なら

こんな私も認めてくれるかなって、出てきたんだろうなと思います。


今度は自分の全てを認めて

自分と仲直りしようと思います。