ずっと生きにくくて
かなりの時間とお金をかけてきて
最近は生きてて楽しいなと思う瞬間が増えたり
本を読んだり話を聞いたりして、頭ではわかっていたつもりだったことが
そういうことか!って繋がったり
これか!って体感できたりすることが増えた。
「やったらわかるよ」と言われたことをやり続けることができず
見ることができなかった向こう側の世界を
ときどき覗くことができるようになった。
あれもこれもと手を出さず
ひとつひとつを極めていけばもっと早かったのかもしれないけど
あれをちょっと、これをちょっとと囓り続けて、全体の量として臨界点に近くなったような
ダイエットするぞ!って言って
りんごダイエットを3日
1日挫折して
筋トレを3日
また挫折して
なんちゃらダイエットを3日ってやってたらなんか痩せてきた!みたいな感じで
ひとつの方法を続けることはできなくても
痩せたい・・・じゃなかった
しあわせな人生を生きたいという願いをしつこく持ってたら
そのうちなんとかなるよってことなのかもしれない。
考えてみたら、大学受験も
ちゃんと何度もやりこんだ問題集とかほとんどない。
いろんなのをさーっとたくさんやった。
そこそこ上がったけど、突き抜けられなかった。
今と同じ。
まぁ、だから、オススメはしません。
早さを望むなら、ひとつで一気に行った方がいい。
臨界点を超えるのは圧倒的に早いし
次が楽になります。
次が楽にまた突き詰められるから、絶対量もどんどん増えていく。多分。理論上。
それができずに悩んでいる私のような方は
それで自分を責めても不毛なので
仕方がない。いつまでも何かしらやり続けましょう。
三日坊主、100回やったら300日。
『何度でも立ち止まって
また何度でも走り始めればいい
必要なのは走り続けることじゃない
走り始め続けることだ』
竹原ピストルさんも歌ってます。
ときには
どんなことも自分に都合よく考えて
自分の心を守らないといけないときがあるような気がするのですよ。
自分の立場を守るための言い訳や
プライドを守るための正当化ではなくて
折れたり擦り切れたりしそうな自分の心を守らないといけないときは
それが非効率的であろうと
嘘であろうと
どんなに大切な人の言葉に反していようと
採用していい理屈があると思う。
大丈夫、それでいいと
自分に声をかけ、信じさせてあげるための理由を
選んであげていいときがある。
そんなことを書きたかった訳じゃないのに書いたってことは
今か、今より少し前が私にとってそういう時期だったのかもしれないな。