愛されたいと願う時

じつは
自分の中は不足でいっぱいなのだ

いつも足りない何かを探しているような
いつも物足りないような
もっともっとと願ってしまう

彼と離れると
直ぐに寂しくなったり
不安になったり
本当に愛されているのか分からず

ザワザワしだす

愛の証明が欲しくて
言葉や態度が欲しくて

少しでも連絡がなかったり
求められないと不満を抱える

そう・・
愛情クレクレ状態になってしまう

エネルギーは伝染する
自分がどのようなエネルギーを発しているか
彼には伝わっていくのだ

だけど
愛されたいと願うのが悪いわけではない

愛されたいと願う時というのは

自分が彼にどんなエネルギーを与えれるのか
見つめ直せる時がきたというだけのこと

愛とは
『愛すること』

愛とは
他人と自分に境界線をもたず
愛することなのだ

愛される事を切に願うのではなく
自ら愛する事が
愛だということを知れば

私と彼との間に
いつの間にかに
愛情という川が流れ

それを
ただただ見つめることができる


心の感じるままに
苦しい思いも寂しいと思う虚しさも
全てその川に流して
ただただ見つめるのだ

そして
その愛情という川の上に架かった橋を

懐かしく
愛おしく
感じればいい

愛される事だけを願うと
苦しみを背負う

彼からのアクション次第で
一喜一憂することになるのだから

愛するという事は
心の解放になるのだ

とことん愛して
自分を満足してあげれるのだ

結局
愛をどこまで
出し惜しみせずに与える事ができるか

これに尽きるのかもしれない

その大きな愛情を彼が感じれば
自然と彼もあなたを愛し始めるから