人は死を病院で迎えるもの………

小林麻央さんは最期、
「愛してる」と、海老蔵さんに言い遺した。
の真偽、可能か不可能か?を巡って
医師ご自身の経験から可能だと言ったら炎上したとのことで。

在宅での看取り
終末期医療は、八割方が家族の問題だということについて議論を深めないといけないのに
かなりあさってな感情論が展開されたと。

死が怖くないはずはないけれど
平穏死を経験していなかった頃は
たしかにこういった話自体が縁起でもない、忌むべきものと思っていました。


ふと思い出したこんな経験

ここで


みんな、仕事柄若いながら(高齢者ではないという意味でね( ^∀^))
平穏な死を身近で見ているせいか

ゲラゲラ笑いながらお棺に入りあってみました。

不謹慎?

そうですね。
所詮他人事だからとの誹りは覚悟しています。
終末期
特にご本人が最期を悟られた場合
認知症があると 
お気持ちをこちらの拙い経験どおりにお伝え下さるとは限らず
普段と変わらないように思えるうちに亡くなられることもあります。
そこは認知症ではない方と違うところ、介護職としての切なさは比較的薄い、かもしれません。

認知症の実母もそうでした。
隣県のサービス高齢者住宅に入居していましたが
2016年年末、末期の肺がんとの診断を受け、しばらくは住宅で暮らしておりましたものの
熱を出し、全身状態が悪化したため
二週間程度入院して2017年春、看送りました。延命措置は点滴程度。

住宅とも、病院とも看取りの同意を交わしておりました。

ところが
これからは義母か相方か?
まさかの逆縁?

果たして冷静でいられるだろうか?

褥瘡ケアをはじめとし、なんなら在宅酸素まで。医療依存度が高くなってきている入居者さん、
そして
やはり想像したくないけど、家族。
わたしになにができるのか?
せめて苦痛はきちんととってあげたい。


それが看取りについて語るに足る経験なのかは、お読みになる方それぞれの思いがあるはずです。

どうお伝えしたらよいか。
身体の疲れもあって久々の投稿となってしまいました。←言い訳。

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とりとめのない文におつきあいありがとうございます。