【人生を再生するまで⑪】不登校再発と介護のはざま編 | 本当の自分で生きるということ

本当の自分で生きるということ

驚くことに、私は人生の後半になるまで接ぎ木で生きてきたらしい。
「らしい」というのは、自覚していなかったけれど、長年の間に埋め込まれた思い込み。偽りの自分から、接ぎ木でない本当の自分として生きる覚悟を決めた私は・・・

こんばんは。

人生再生ナビ 倉田純です。

 

 

 

娘は、無事に中学の入学式を終えて

テニス部なんぞにも入部して

これから楽しい青春だね音譜

 

 

 

なんて、古いドラマみたいなことを

考えてルンルンしていた私でしたが

そんなに甘くはなかったのですガーン

 

 

 

調子よく通えたのは最初の3ヶ月程度あせる

約一年間のブランクの間も

塾には通っていましたが

 

 

 

私立の勉強の進み方やスポーツ部の厳しさ

細かい校則に早くも適応できずショック!

またもや朝の腹痛が再発してしまったのです汗

 

 

 

 

 

 

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不登校再発と介護のはざま編

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安心したのも束の間、

5月のGWが終わった頃から

またもや不登校再発の兆しあせる

 

 

 

朝の腹痛と、私の出勤前の攻防戦汗

義務教育とはいえ、そこは私立ショック!

中・高一貫校だったので、当然!

出席日数が足りなければアウトガーン

 

 

 

私はまだ学びが足りなかった様で汗

ここでも焦りの行動に走ってしまい

行かせようと試みてしまうのでしたあせる

 

 

 

担任の先生も何度か家庭訪問に

来て下さいましたが、右に同じで

娘の気持ちを考えるというよりは

正論で攻めるタイプあせる

 

 

 

益々学校に行こうという気持ちが

萎える結果となったのは、

言うまでもありませんショック!

 

 

 

自己中だけど、毎朝出勤前に

「今日も休みます」「今日も行けません」と

学校に電話を入れなくてはならない義務が

たまらなく私のストレスでしょぼん

 

 

 

頼み込んで、途中からメール連絡に

変更してもらって、少しホッとしたかお

 

 

 

だが、私のストレスはこれだけではなく

徐々に蝕む認知症で壊れていく父と

緑内障治療がもう限界で

視力を失っていく母の間に立って

 

 

 

自分の気持ちをしっかり保っているのが

やっとの状態汗

こんな時も支えになってくれたのは

家族の一員ラブちゃんのお陰ラブラブ

 

 

それでも

自分一人ではどうにもならないので、

母の買い物の付き添いやお掃除などは

ヘルパーさんにお願いして

 

 

 

 

その他の家事は、体は健康だった父が

記憶は細切れの中も、最初の内は

何とかやってくれていた。

 

 

 

 

だが、そんな父も次第にやることが

理解不能になってきたり、

正論で攻める母に怒りをぶつけたりあせる

ということが増えていた。

 

 

 

 

昔の人で、元々ワンマンなので

「黙ってオレの言うことをきいてればいい!」

というタイプの人汗益々拍車が掛かってました。

 

 

 

 

ある時娘が、父がラブちゃんに対してやったことに

文句をつけると、父が鬼の様な形相で

娘に詰め寄ったので、病気と分かってはいても

 

 

 

 

私も頭に血がのぼってケンカになり

父が胸倉を掴んでくる!

なんて修羅場もありました叫び

(娘はそれ以来おじいちゃんが大嫌いに汗

 

 

 

 

ただ、記憶が薄れていく中でも

唯一兄の言うことは素直にきいたので、

認知症検査の時などは、

離れて住んでいる兄に頼みました。

 

 

 

 

しかしながら

進行を止めることは出来ず、

目の不自由な母も、依存するか

正論で攻めるかのどちらかだったのであせる

 

 

 

 

この頃の家の中は、それはもう!

殺伐とした空気が流れてましたしょぼん

 

 

私と娘は外階段の2階にいたので

夜は穏やかに眠れたのですが

ある晩下が騒がしいので外を見ると

おまわりさんが来ていた叫びなんてことも

 

 

 

 

父が母に言われたことに腹を立て、

ちょっと押した(多分)ら母がふらつき

倒れてガラス扉にぶつかり割れた叫びで、

父が慌てて110番通報した。という流れ汗

(こういう時は正気に戻るんだね)

 

 

 

 

このままにしていたら、いつか誰かがケガをするビックリマーク

と、限界を感じ兄に頼んで兄の家に近い施設に

父に入居してもらうことになった。兄に付き添われて。

実家に戻って3年目の8月、ある暑い日のことだった。

 

 

兄は、父を騙すようで辛かったしょぼんと後々言っていた。

 

続く。

【人生を再生するまで⑫】 母からの新たなストレス編

 

『人生再生ナビ』 倉田 純