春分の日の昨日

目の前にやってきた

さとうみつろうさんのLIVE瞑想

『レイの祈り』参加してみた



ピアノの音に誘われながら

意識の世界が動き出す


地球〜宇宙を観た時

宇宙の美しさにみとれた✨

語彙がなくて伝えきれないのだけど

すべての惑星が

それぞれに在り

そして全体が在り

この壮大な宇宙の神秘の美しさ

静かさと

淡々と刻まれる時の音

を感じていた


私達はそのなかのひとつ

地球で生きている

それをあらためて理解する



数年ぶりにお迎えした地球暦




瞑想の中で印象的だった出来事をひとつ

メモ代わりに書いておこう



瞑想のなかで

許せない人を思い出す時間があった



浮かんだその人のことは

もうだいぶ怒りを味わいつくしたし

悲しみや傷も受け容れ癒やしたつもり

だったが

その人が目の前にきたら

あんたなんかだいっきらいだっ

と言い放っていた^^;



、、、あれれ^^;

まだまだ許せてなかったのね^^;



みつろうさんの言葉が続く

ざわざわしていたからか正確に思い出せない

覚えてるニュアンスは



その許せない人は

自分の一部です



私だと思えていなかった

私をゆるしましょう



その人が自分を投影している

ことはわかっていたが



それでも実際関わりたくはないので

縁を切り捨てて離れた

それが間違いってわけではない



今日きづいた



その人にふれることはもうないが

それは私は自分の一部を切り捨てて

遠ざけて観ないようにしていたということか

受け容れていなかったのかもしれない



みつろうさんは

右手と左手に例えて

話してくれた



右手も左手も

自分の一部



もともと私であるのに

醜いとか汚いとジャッジして

醜い手は見ないことにした



自分にある

醜さ

汚さ

ずる賢さ

依存的

ずうずうしさ

滑稽さ


すべて見ないことにした



私のことではなく

誰かのことにしていた



わぉ



osho禅タロット
統合




白と黒がある私 

それでいい

この私だからいい





春分の気づき

みつろうさんのLIVE瞑想

『レイの祈り』の場を

ありがとうございます






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