クリスマスと新年の休暇を過ごしたオークランドからウェリントンに戻り、私も今週から仕事に戻りました。
3週間も休むと、仕事に戻るのがだるいっていったら、、、

子供達の学校が始まるのは2月なので、夫が家から仕事したり、お友達にお世話になったりで、なんとか乗り越えてますが、まぁ、、、夏休み、長すぎーーー!
お留守番はとっくにできる年齢ですがNZは14歳までは一人でのお留守番はだめなので🙅‍♀️

オークランド滞在中に無性に家の片付けがしたくなってウズウズしてたので、ウェリントンに戻ってからの1週間は断捨離に励んでました。
というのも子供達の部屋に着ないお洋服や大量のオモチャがあったのでそれを手離してスッキリ!
全ての部屋の断捨離をしようと思ってます。
うちは車2台が収納できるガレージあって、とにかくそこに物を溜め込んでるのでそこが難関😣

でも今年は物を減らして身軽でいきたいのでやります!


ホリデー終わって寂しいけど、仕事もあり、家族も健康でこれ以上の幸せはないですね!

欲を言えば日本帰りたーーーーーい!



ウェリントンに帰ってきてお友達のお誕生日と新年会で集合!楽しく過ごしてます❤️



まだオークランドにいます(笑)

雨続きで肌寒い、、、そんな日は辛いものが食べたくなりませんか?

オークランドに2週間もいると外食続きで、おうちごはんが食べたいだけど、自宅でもないのでそうも行かず、、、。何が食べたいのかもわからない日々を送ってましたが、今日は温かくて辛いものが食べたい!と思い、お友達が勧めてくれたライスヌードルのお店があるAlbanyに行ってきました。


お友達が教えてくれたのはここ。





今日は次女が一緒で彼女が食べられるのがなさそうでここは断念。

でもこの敷地にいくつもアジア系のレストランが入ってて、その中からここにしました。








私Hand PulledのYoupo Noodleが大好きなんです。

ウェリントンにTaste of homeっていうレストランで最高に美味しいこのヌードルが食べられるんですが、コロナで行けなかった時あまりにも食べたくて家でこの讃岐うどんでこのYoupo Noodleを作るようにもなりました。


今日行ったレストランはTaste  of homeにはかないませんでしたが、どこかでYoupo Noodleを見かけたらぜひ食べてみてください。Bian Bian Noodleっていう名前も一緒のお料理です。

ただすっごくニンニク臭くなるのでご注意を!


オークランドは本当に中華や韓国料理のクオリティーが高くて素晴らしい!


オークランドからさらに1時間ほどノースに行ったところに、私がニュージーランドで一番好きなビーチがあります。

Pakiri Beachです。
行くまでの道が砂利道だったりで車は砂で汚れるんですが、それでも行く価値のあるビーチです。
とにかく長いビーチで人が多くなくひっそりとしてるビーチなんです。

このビーチはオークランド周辺では珍しく砂浜が白く、お天気の良い日に行ったら、砂浜の白と、海や空の青のコントラストが最高に美しい!


これは9年前に初めて行った時の写真。

太陽が眩しいくらいの日で、サングラスをかけてましたが、ついサングラスを外したらあまりの眩しさに、目を開けてられなかったのを覚えてます。そしてその美しさに「天国みたい。。。」って思いました。

当時のiPhoneで撮ったので今ほどいいクオリティじゃないけどそれでもノーフィルターでこれですよ。


そして今年がこれ。

この日は太陽が隠れたり顔を出したりのお天気でしたがそれでもこの青!




ずーっとずーっと眺めてられるビーチです。

やっぱ海が好きキューン飛び出すハート


2023年、明けましておめでとうございます。

去年は2つしかブログを書かなかった。。。
なぜこの時期になるといつもブログの存在を思い出すかというと、この時期、義両親と過ごすためにオークランドに来るからです。
オークランドといえば、夫のホームタウンで、私にとってはニュージーランド生活を始めた最初の都市でもあります。
長女と次女もオークランドで出産し、特に長女の成長記録はこのブログに綴ってきました。

オークランドに来ると友達とブログの話になるんです。
ほぼ毎日のように投稿してたブログ。
オークランドで友達に会うと、また書こうかなっていう気になるんです。

今住んでるウェリントンには私がブログをやってる事を知ってる人はいないんじゃないかな?

私にとってブログは日記みたいなものだったので、正直言って今の生活は毎週同じ生活の繰り返しでネタがないーって思ってたけど、これまたふと思ったんです。
日記、子供の成長記録としてじゃなくせっかく海外に住んでるんだからニュージーランドネタを発信するツールにしようって。

というわけで今年は「発信」します!
語るのが好きな私はやっぱりブログかも、、、と長いブランクを経て今すっごくそう思ってます。


長女13歳になりました。

インターミディエイト(中学)の卒業のダンスパーティーのためメイクもして大人っぽく写っております。



次女10歳。

相変わらずの超絶甘えん坊です。



2023年も皆様にとって笑顔溢れる1年でありますように指差し

皆さん、こんにちは。

最近、どうも気分が晴れず、だからと言って誰かに相談するほどのことでもないというか、悩んでるわけでもないし、インスタやFacebookで公言するほどのことでもないし。。。

こんなモヤモヤの時こそ、ブログだよね!というわけで久々にブログ書いてます。

 

私のお友達の妹さんが原因不明の顔面痛と戦ってるようで、痛み止めが効かないと。

この世の中にはいろんな強さや種類の痛み止めがあるので、それが効かないってありうる?って友達に聞かれた時に、ふと思い出してしまったことがあるんです。

痛み止めが効かない痛みってあるのかっていう友達の疑問ですが、私はあると思います。

痛み止めを飲めば痛みが0になるって期待してる人は、0にならない痛み止めは効かないってなるんだろうなと。

少しでも痛みの度合いが減ってるなら、効いてるっていう人もいるだろうなと。

こういうの書くと痛みと闘ってる人に失礼とか言われそうだけど。。。

 

母が亡くなってもうすぐ4年がたちます。

4年。もう4年。その半分以上はコロナでした。もともと気管支が弱かった母がコロナの時代に生きてたらなんて言ってただろう。。。怖がって引きこもりになってたかなとか、神経質になりすぎてストレスためちゃってたかなとか、時々写真に向かって話したりします。

今になって思えば、私は闘病中の母にひどいこといっぱい言ったな。。。とか、病室でテレビや携帯ばかり見てないでもっと会話しとけばよかったなとか、懺悔することがいっぱい。

 

その中の一つに、悔いても悔やみきれないひどい会話がありました。

母は当時出されていた痛み止めの薬を効かないって言ってました。もうすでに末期できたからかなり痛みが強かった時期ですが、何種類も薬を変えていた記憶があります。

薬剤師さんが病室に来てくれて、薬の効き具合とかを母と話してたんですが、母はいつも「効かないですね」って言って、薬剤師さんも「そうですか、、、ちょっとお薬変えてみましょうか」っていう会話が何度もありました。

 

母の担当医の先生は、それは頼りになる、思いやりのある素敵な先生で、母も絶対的な信頼を寄せていた先生でした。先生が途中大病院から個人病院に移るってなった時も、先生について個人病院に転院したくらいですから。

ある日、先生から呼び出されて、「お母さんの薬はある程度効いていると思います。かなり強い薬ですから。でもお母さんは痛みがゼロになることを期待していて、だから効いてないって言ってるかもしれない。もし10ある痛みが9になり8になり7になり、すこしでも減っているのならその薬を使い続ける意味はあるけど、患者さんが効かないっていう薬を使うことはできなくって。。。さらに強い薬にしないといけない。ただその薬を使うことはお母さんを眠らせることになってしまってもう目を覚ますことはないでしょう。」と説明を受けました。

 

先生に私が話すように言われたのか、自分でそれを選んだのかは記憶にないけど、私が母に話すことになりました。

母は完全に楽にはならないけど、少しは楽になるよ、でもまだ痛い。って。言ってました。

 

そして言っちゃったんです。

少しでも効いてるなら、お願いだから薬が効いてるって言って。って。

 

使える薬がもうなくなってきてて、、、、と色々と言葉を選んで伝えたとは思いますが、何かを察したと思います。

それ以降、母は素直に「薬効いてます」と言うようになりました。

きっと痛くて仕方なかったのに。。。すでに頑張りきってた母をさらに頑張らせてしまっった。

 

母は最後の数日、薬ではなく、自分でずっと眠ったはままになり、そのまま亡くなりました。なので、薬で眠らせるっていうことは本当に本当の最終手段であってほしいいう私たちの希望はかなったけど、母はどうだったのかな。。。

 

入院中、私は母に便箋を買ってきてほしいって頼まれ、買いに行きました。

そのことをすっかり忘れてた私は、ニュージーランドに戻ってからふと思い出し、結局母は誰かに手紙を書いたのかな。誰に書いたんだろう。と今でも考えています。

亡くなって慌てて病室の物をおじさん、おばさんに手伝ってもらって片づけたのでその便箋の所在は不明です。

母が書き残したかったことはなんだったのかなと今でも知りたくてたまりません。

 

母は私に対して決して優しい母ではありませんでした。しっかりしなさい、ちゃんとしなさい、そうやって育てられた私は典型的な長女だと思います。喧嘩もいっぱいしました。多分家族で一番分かり合えなかったのが私と母だと思います。

仲が悪いわけではないけど、とにかくぶつかる、ぶつかる。

でも闘病生活中に思ったんです。

母が私をこんなに自立させたのは、この時のためだったのかも。と。

もし、私がすごくお母さんっ子だったら母を失う恐怖で辛くて病気と闘う母のそばにはいられなかったと思います。

 

青木さやかさんとお母様の記事を読んだことがありますが、私にはそれにすごく共感できました。

何度も言いますが、別に母は毒親でもないし、絶縁とかでも全くないです。

会えば一度は大きな喧嘩って感じの仲です(笑)

 

母が強くしっかりたくましく育ててくれたおかげで、母の最期をこの目で見ることができました。

でも亡くなってから、私は母のことがこんなにも大好きで、会いたくて、苦しいなって思いながら今も生きています。

 

母がというか、母の死が私の人生に与えたものは大きくて、母の死以降、私は幸せを感じやすい人間になりました。

昔の私はなんて強欲だったんだと思います。母の死を経験しないと、本当の意味での感謝を知ることができなかった大バカ者ですが、おかげで今はたくさん感謝しながら生きられるようになりました。

自分が幸せな人生を送ってると感じられるようになりました。

母が死を経験した自分の方が昔の自分より好きです。

 

薬が効きにくい体質だった私は、今では薬でもサプリでも効きやすい体質になりました。

ある方に言われたんですが、効果を感じやすい私だから、いいものがすぐにわかると。

ちょっとの変化に敏感になると、こんなにも幸せに生きられるんだなと実感してます。

 

ほらね、ブログを書くだけで、自分の気持ちを文字にするだけで、私のモヤモヤはなくなってきた。

やっぱり私は自分の気持ちを文字にするということが大事みたいです。

ブログ、万歳!
 

 

こんにちは。

お久しぶりです。2022年が始まりました。
毎年新年には抱負を立てるのが好きな私ですが、今年は日々を丁寧に生きるを目標にしようと思います。
というのも2020年あたりから特にこれといって何もないから日々の記憶がないんです。ズボラ度が加速しすぎて自分でも嫌になる。
その1つとして、その日の洗濯物をその日のうちに畳む!うちには4つも洗濯物カゴがあり、1週間分くらい畳まなくてもなんとかなるんですね。
でも今年はさっさと片付けて行こうと思います。
 
っていう感じで私は心新たに新年を迎えましたが、その一方でクリスマス前からデビ男さんの様子が変でした。いや様子が変なのはもうここ数年って言ってもいいくらいなんだけど、クリスマスくらいからが特にって感じ。
 
年末年始と色々話し合い、私も日々いろんな考えが頭の中を駆け巡ってます。自分の頭の中を整理するという面で私に必要なのが書くということ。
ということで久しぶりにブログに来たわけです。
 
去年結婚15周年を迎えました。
お付き合いを始めた頃からでいうともうすぐ22年。
人生の中で誰よりも長く一緒にいる人になっちゃいました。そんなデビ男さんが今メンタルやられちゃってます。不安障害かと思われます。
クリスマス直後に息ができないっていう発作が出たのです。
今までいろんな大喧嘩や離婚危機もそれなりにあったけど、今回は試練にも感じるし、一緒にいるという意味というか使命にも感じる。
 
この件でいろんな気付きもあってそれをここで吐き出していこうかなと思って、パソコン開きました。
そんな感じの2022年の始まりです。
 
美桜が小学校を卒業したらやりたかった事。
それは髪の毛を染める事。

本人はもうちょっと派手にやりたかったらしいけど、私が抵抗ありで、大人しめのインナーカラーになりました。


パスポート写真だけど笑い泣き

今はインターミディエイトが始まったので、カラー部分をバッサリ切り、見た目超真面目っ子ちゃんに戻りました。


一時期はこのブリーチ部分がラベンダー色でしたよー。


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長女の美桜が小学校を卒業し、日本でいう中学校的な位置づけのインターミディエイトスクールに入りました。

初の制服です!

小学校生活の途中で今のおうちを買い引っ越しをし、でも小学校は変えずにいたので、これまで校区外の学校に行っていた美桜。
毎日送り迎えでした。

それが近所のインターミディエイトになったので徒歩通学に。
うちからとにかくまっすぐ歩いていくだけの学校のなので近いと思ってたら30分以上もありました。
15分くらいと思ってたら。

夏のニュージーランド、毎日茹で蛸のように顔を真っ赤にして帰ってくる姿が可愛いラブ

楽しいインターミディエイト生活でありますように!


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皆さま、明けましておめでとうございます。
2020年はコロナで始まり、コロナで終わり、あっという間の1年でしたね。
世界中がまだコロナの恐怖に怯えながらいる中で、私が住んでいるニュージーランドは国内で過ごす限り、コロナの存在を忘れてしまうほど穏やか日常を過ごせています。
日本に帰られない、家族に会えないなど、不満がないと言えば嘘になりますが、ニュージーランドのこの状況には感謝しかありません。

大晦日の夜、日本の家族にちょっとLINE電話をし、妹から「いい1年でしたか?」と聞かれ、心からいい1年だった!と答えられるような2020年でした。

コロナで職を失ったし、次に見つけた仕事も不景気で勤務時間を減らされたし、夫婦喧嘩もいっぱいしたし、子供達に悩まされたしいっぱい怒ったし、年末にガレージに車ぶつけて、ガレージのドア全とっかえ&車の修理という事故も起こしたし、とそれなりに色々あったなぁとは思うけど、やっぱり楽しい1年でした。

失ったものやないものじゃなく、今ある事に目を向けて感謝するっていうだけで、こんなにも楽しく幸せを感じることができるんだなって実感した1年でした。

とにかく笑顔でいよう。って過ごしてたら、本当に毎日が楽しかった。
友達と家族と顔をクシャクシャに大笑いする時間が本当に幸せでした。

母が亡くなり、年を越す時は、いつも見守ってくれてありがとう。私は幸せに暮らしています。と母が一番喜ぶであろう報告をします。

母が亡くならなければこんなに寂しい思いもしなかったけど、自分の幸せにも気がつかなかったかもしれないと、最近つくづく思います。

2021年はデビ男さんが3か月のフィリピン出張に行くし、みおはIntermediateに入学するし、我が家はチャレンジの1年になりそう。

みんなが元気に過ごせるように。
みんなが笑顔で過ごせるように。
またこれからの1年が楽しみです。

皆様の2021年も笑顔いっぱいの輝かしい1年でありますように爆笑


真夏のニュージーランドより、愛を込めてラブラブ