🔗

養子のアイデンティティ形成に関する研究の動向と展望 ―「真実告知」と「ルーツ探し」に着目して―
森 和子

今後の課題として
(1)「真実告知」後の養子の長期的な成長プロセスに関する実証的研究
(2)養子、養親、実親の三者という視点からの研究を蓄積することが検討課題として示された〟

実践に向けての展望としては
(1)「真実告知」「ルーツ探し」を見据えた養親への研修の必要性
(2)養子縁組家族に対する実親の情報提供
(3)法律で保障された出自を知る権利と支援システムの確立が、養子の健全なアイデンティティの形成を保障する観点から必要であることが示唆された〟



養親子関係は血の繋がりがないが故にしっかりとした親子関係を構築することでしか成立しないものであるから、養子に対して血の繋がっている親子のように見せかけることによって親子関係を安定させようと考えることが、最も子どもを欺くことになる(岩崎, 2001)と数多くの養子縁組を仲介してきた実務家は強調する
養親から子どもに対し、生みの親ではなく育ての親である事実を告げることが必要となるのである。また子どもは成長するにつれ自分の生い立ちに新たな疑問を抱くようになるため、その子どもの理解力の度合いに応じて情報を伝えていくことが必要となると言われている(石村,1967b;Lois, 1986 = 1992;Watkins & Fisher, 1993; Keefer, & Schooler, 2000;家庭養護促進協会, 2004).

その通りだな。と思いつつ、見せかけようとしている養親は限られているだろうなという感想…


「真実告知」の定義

家永によると「養子に対して、養子である事実を告げること、テリング (telling).」(子どもの人権辞典,1996) と述べられている
しかし児童福祉の実務家たちからは、「お母さんからは生まれていないが、今は私たちが親であなたは大切な子どもであること」「心から望んで養育していること」など事実とともに真実の思いを含めて伝えることであるといわれている(家庭養護促進協会, 1991)
現在真実告知とテリングがほぼ後同義語 のように使われる傾向がある。

古澤 (2005)によるとテリングは「非血縁家族において、子どもが産みの親の存在を理解できるように育ての親が行う継続的な試み」と説明している。
この試みを「『真実告知』と言い切っては、その全貌を示すことにはならない」(古澤,富田,石井,塚田・城,横田,2003)と危惧している
むしろストーリーテリング(story telling:お話読み聞かせ,或いは語り聞かせ)で使っているテリングがかなり現状に近いという

真実告知≠テリング なのか?
養子縁組当事者の用語への共通認識がないと混乱してしまいそうという感想…

「ルーツ探し」の定義 

「ルーツ探し」とは子どもの生みの親の属性や
誕生・親子分離の経緯についての情報を求めたり、生みの親との再会(reunion)を企図したりすること(野辺,2011)

養子のアイデンティティの定義 

アイデンティティとは,エリクソンが提唱した自我同一性に関する生涯発達の概念(Erikson, 1968)である
養子の場合は生みの親が別にいて、養親は育てることから親子関係が始まったことを秘密にすることは養子のアイデンティティ形成の阻害要因となるといわれている(鑪・山本・宮下 編1996)
養親が「真実告知」をすることで、養子においては成育史における連続性の感覚を養い、なぜ自分が養子になったかについてより深い理解を得て(Kroger, 2000 = 2005)、養子としてのアイデンティティが確立されていくということに血縁による親子関係の子どもとのアイデンティティの形成の違いがある 

養子縁組家族の定義 

血縁関係にない間柄であっても、生みの親による監護が著しく困難または不適当である場合や特別の事情があり、子どもの利益のために特に必要と認める場合で、親となることを希望する夫婦との間で親子関係を成立させる家族と定義する 



1900年代前半では,欧米でも養子であることを秘密にしておくべきであるという考えが一般の常識であった(Wine, 1995)
「真実告知」の実務的な歴史をみると、第二次世界大戦勃発後、若者たちは入隊に際して出生証明書(birth certificate) の提出を求められたことで自己の出生の秘密を知った者が多くいた
当時はまだ「真実告知」をすることを当然視する考え方も、具体的方法も一般的にはなかった
多くの若者たちが絶望と自棄の中に戦場に出て行った
本人にとっても、ソーシャルワーカーにとってもこの苦い体験が実務家に、「真実告知」の基本的な考え方や具体的方法を工夫するようになった一つの要因になったのではないかといわれている(石村1965a)
1970年代半ばから欧米では養子に対して出自を秘密にすることは劇的に変化し、もはや秘密にすることは普通のことではなくなった
生みの親と養子縁組家族が直接会う場合や、仲介によるものか程度の違いはあってもオープンにするようになってきている(Grotevant, Yvtte, & McRoy, 1998)

欧米での真実告知の歴史は半世紀。

現在アメリカの「真実告知」(テリング)の状況は、低年齢の時は告知しないという考えの人もいる(Watkins & Fisher, 1993)が、養子を迎えたら「真実告知」は当然するものという考え方が主流
養子当事者も生みの親の情報を知りたいという要望を表明している(Eldridge,1999)
養子縁組あっせん機関では養子縁組後の援助の中に「真実告知」や実親との再会が位置 づけられている国も多い
現在は養子には出自を知らせ、実親と何らかの交流をするオープンアダプションによる養子縁組家族の研究が多くみられる

日本では、児童相談所からのあっせんでの成立後の支援不足を感じる…産みの親の情報提供、管理や真実告知への支援など



我が国ではわらの上の養子縁組といわれるように養子であることを秘密にすることが慣例化されていた

そのような中,児童相談所のケースワーカーの鈴木が実務をぬって実施した調査(鈴木,1967)が初めて行われたものと言われている 
同時期に石村(1967a;1967b)は、養子であることを告げるべきか否かを当時のアメリカでの 「真実告知」のデータ、考え方、実務の実際と日本の研究を踏まえて「真実告知」の必要性とあり方を紹介している
民間の児童福祉機関では、早くから「真実告知」の重要性を認識し実施することを強く勧めていた
(古澤・富田・鈴木・横田・ 星 野,1997; 岩 崎,2001; 樂 木,2003)

育て親開拓のために 1962年に設立された家庭養護促進協会は,里親養育,養子縁組を数多く手掛 けて、我が国での「真実告知」の考え方や研修を通して広めてきた
公的機関としては養子縁組ではないが、東京都養育里親家庭への調査(東京都 養育家庭協議会,1998)が行われているが、「真実告知」することができないという養育里親家庭も少なからずあることも明らかになっている 
1990年に入ると、養子・里子当事者からの思いや考えを著した出版物から知ることができるようになってきた(家庭養護促進協会,1991, 2004;絆の会,1997)
しかしながら一部の民間の児童福祉機関を除き、日本では「養親は強く指導しない限り告知はしたがらない」(絆の会,1997)という風潮が残っているのが現状である 

児童相談所では子どもの出自については実親の匿名性が保たれ、簡単な情報のみが与えられるクローズドアダプションに近い形態をとっているため、養子縁組成立後、養親は児童相談所から養親家族に連絡を取ることを拒否したり、養子を迎えたことを知っている人のいない場所へ転居することも少なくない

児童相談所を通して養子縁組をした家族への「真実告知」の調査は森(2005)による1998 年と2005年に渡って行った追跡調査のみであり、告知後の詳細な経過の実態については十分には明らかにされていない

真実告知をされていない養子当事者がいったいどれだけいるのだろうか…



養子のアイデンティティの形成を困難にする要因として、遺伝や家系についての情報が与えられない事 があげられる
「血筋の自我は自分にはどんな性質が遺伝的に伝えられているかという知識に基づいて形成される」それに対し「養子は、本当の家族的背景を知らないために、その発達が妨げられ、かわりに遺伝的幻想(hereditary ghost)が生ずる」(鑪ら,1996)ということが明らかになってきた 

アメリカの Brodzinsky, Schechter, & Henig(1993) は、エリクソンのライフサイクルモデルの心理社 会的発達課題(1968)に関連して養子独自の課題を付け加え、「養子の心理社会的適応モデル」*を作成
各発達段階の課題に付随して関連する養子の適応課題を獲得できない場合は、その後の人生におけるアイデンティティの形成に問題が現れる可能性が示唆されている


「養子の心理社会的適応モデル」*


*血縁によらない親子関係の再構築 ― 真実告知後の養子と養母のやりとりの記録から ―森和子 より抜粋


同じくアメリカのGrotevant, McRoy, Elde & Fravel (1994)は、190 組の養子縁組家族を対象に、養 親の視点から家族関係のダイナミクスに焦点を当て、家族内の出自に関してどのくらいオープンに話されているのかという質や、家族のオープン度のレベルによる違いなどの要因からの影響を検討した研究が行われている

オープン度が高いほど、実親や実親のもとにいるきょうだいへの共感性と、そのきょうだいたちとの将来的なつながりの強い感覚が増し、一方養親は実親が子どもを取り戻すのではないかとする恐れが小さくなるという結果が示されている


臨床的研究から示唆され ることは、秘密にすることは養子のアイデンティ ティ形成の阻害要因となり(鑪ら,1996)

養父母が血縁の父母の情報を子どもに提供することが 「養子である子どもや青年に対して最も肯定的な 成果をもたらす」(Kroger, 2000 = 2005 )ということである

こうした手続きは「『年少の養子においては成育史における連続性の感覚を養う』ことと『なぜ自分が養子になったか』についてより深い理解を得ることができ、拒絶されているので はないかという潜在的な感覚を軽減するのに役立つ」(Kroger, 2000 = 2005)という

養子における健全なアイデンティティの獲得に影響する要因として、信頼にみちた家族関係、養子の出自に関するコミュニケーション能力、養子であることに対する親の態度をあげている(Hoopes, 1990)


これらの要因を満たしていれば非血縁の養親子でも健全なアイデンティティの発達が促されると報告されている 


・アメリカのKorff, & Grotevant(2011) は、184組の養子縁組家族による実親に関する交流や情報提供が養子のアイデンティティ形成に与える影響を半構造化面接による質的研究

・カナダの Sachdev(1992)は、124人のアングロサクソンの養子に質問紙調査

・アメリカの Pacheco, & Eme(1993)は、184人 の18 歳以上の養子を対象に実親探しについての質問紙調査

・40人のイスラエルの養子を対象に、告知による養子への影響を調査した研究

・イギリスの Howe & Feast(2003)は、The Child

behavior checklist をつけてもらった上で、4歳以下で養子縁組をした子どもを6年以上にわたって追跡したインタビュー調査

・イギリスの British Association for Adoption and Fostering(英国養子縁 組里親委託協会:BAAF)は、1975年以前に養子縁組をした実母 93人、養親93組、養子126人、実父15人の対象者から「ルーツ探し」と再会の経験について調査

・イギリスの Neil(2009)による、168人の4歳以下で養子縁組された子どものその後6年間にわたるインタビュー調査

・Grotevant, Rueter, Korff & Gonzalez(2011)は、幼少時に養子縁組をした190家族を対象に実親家族との交流、家族のコ ミュニケーション、交流による満足度を検討した

・Wrobel, Grotevant, & Korff(2013) は、 平均 年齢25歳の143人の大人になった養子を対象に行った、興味と「ルーツ探し」の情報に関する関係についての研究

・Farr, Grant–Marsney, Musante, Grotevant, & Wrobel(2014 )の研究では、167人の成人した養子を対象に、交流のタイプ、頻度別に交流による満足度を調査

・アメリカのBrodzinsky & Goldberg(2016) の 異性間のカップルと同性愛者のカップルによる実 親との直接的な交流を比較した研究

結果はブログトップのリンク🔗先文献を参照して欲しい


国際養子の実親とのコンタクトに関する研究など「ルーツ探し」に関してもさまざまな角度から研究が進められている

Greenhow, Hackett, Jones, & Meins(2016)は、養子縁組の三者の中で最もサポートが少ないのが実母であり、社会の中で養子縁組前、最中、後においても永続的、共感的なカウンセリングの必要性を提言している 


・我が国で「真実告知」について行われた先行研究として初期に行われたのは、鈴木(1967)による実態調査
・それまで取り扱った子どもと養親を対象に実施した過去1994年と2005年の2回と2016年調査の比較(家庭養護促進協会,2017)
・古澤・富田・塚田―城・森(2004)による、発達支援の視点から養親が生みの親の存在をどのように子どもへ伝えているのかを検討した研究
・富田(2011)による1組の養親家族におけるテリングの効果について検討した質的研究
・養子縁組を仲介する医師が代表を務める 岡山ベビー協会では,これまで養子縁組をした 実践を把握するため,1992 年から 2008 年までに あっせんした養子縁組家族の調査
結果はブログトップのリンク🔗先文献を参照して欲しい

質的研究も散見されるようになって、養子縁組家族にとっての「真実告知」の実態が少しずつ解明されるようになってきている

児童相談所から養子縁組した養親子における「真実告知」のプロセスと実態と支援について検討した森(2005)によれば、1998年の第1回目の15人の養母を対象にした調査では、15家庭中10家庭が6歳までに「真実告知」を行っていた
その中の4人の養母を対象とした2004年調査では、7歳くらいから自分のルーツへの疑問が子どもから発せられていた 
10歳すぎると生みの親への怒りなどがみられ、15歳ころから徐々に生みの親への理解が始まり、境遇の受容に向けて進んでいくプロセスが見受けられた
「真実告知」後の1組の養親子関係の再構築の6年間のプロセスを養子と養母のやりとりの記録から分析した(森,2017b)研究では「真実告知」から始まる養子の養子縁組の理解が進むのと並行して、心理的側面からも養母による養子に来るまでの子どもの過去やそれに付随する問題もすべて受容されることを支えとして、血縁によらない親子関係の再構築が行われていったことが示唆されている 

一方、「ルーツ探し」に関しては、民間の児童福祉機関による事例報告や経験則に基づく主観的ガイドラインはあるが、高い客観性を有した実証的研究はほとんどなかった
唯一、野辺(2011)は、インターネットソーシャルサービスを通じて得られた協力者、養子縁組の研究会や里親子支援のNPOを通して紹介された10名の協力者をもとに行った「ルーツ探し」をテーマにして「真実告知」後に養子が実親の存在をめぐってどのようにアイデンティティ管理するのか質的調査で検討している
その結果「真実告知」を行い、実親の属性や誕生・親子分離の経過についての情報が得られるだけで、養子のアイデンティティが確立されるわけでないという
アイデンティティと生物学的親子関係の規範的な意味世界にいる限り、養子のアイデンティティは揺さぶりをかけられる可能性があることが示唆されている
養子にとって実親は、何らかの事情で子どもを育てられなかった社会的規範からはずれた実親の子どもという規範的な意味世界の崩壊(への恐怖)による苦しさが発見されたということである

養子の男女の性別の違いもある様に感じる。
産む性の女性と産まない性の男性。前者の方が産む事への恐怖を感じやすい気がする。個人的私見として…



我が国では「真実告知」に関しての周知は進んできているが、いまだ「真実告知」をすることや「いつ」「どのように」するか悩む人が少なからずいることがわかった
「ルーツ探し」 に関しては、養子の思春期以降の研究が進まず未知な部分が多く、不安を抱えている養親が多くおり、実親の情報の質や提供方法、実親を対象とした研究も少ないことが課題と考えられる


我が国の養子のアイデンティティの形成に重要な「真実告知」「ルーツ探し」などの研究は不足しており、欧米諸国に比べてまだ草創期にあると言える
今後、多様な家族形態で養育される養子に関する研究が進展していくことで、養子の健全なアイデンティティの形成が保障され、有用な知見を実践現場に提供していけるよう検討されることが望まれる


2022年度からこども家庭庁補助事業として社会的養護経験者等ネットワーク形成事業の枠組みの中で特別養子縁組当事者のネットワーク形成が始まり、今年度は3年目
〝本事業は、特別養子縁組を行った養子及び養親(以下「特別養子縁組当事者」という)や養子縁組民間あっせん機関、児童相談所等の関係機関が、相互交流を図るためのネットワークを構築することで、特別養子縁組にかかる現状や課題の把握、支援にかかる好事例の共有等を通じて、相互理解を深め、特別養子縁組当事者に対する支援の強化を図ることを目的とする〟
今年度は、この目的に近づく事を願う…

ぜひコメントやご感想をお待ちしていますニコニコ