ちらちら見てるんだけど
SMAP歌へったくそだなー!!!
今更言うまでもないけど。
スマスマとかも最近随分見てなくて
ほんと久し振りにSMAP見たら
こちら側の「SMAPだからこんなもんよね」的な脳内補正というか脳内クッションが完全に消えた状態で聞いたもんだから
もうあまりの下手さ加減に音楽に聞こえねぇレベル。
何でいつまでもCDとか出してんのかね?
やめればいいのに。


技術的に大したことない振付で適当にかっこつけて踊って
音程もマトモに取れない歌を熱唱してお金取るなんて
ブザマとしか言い様がない。

ベテランであろうとぽっと出のアイドルであろうと
ちゃんとした芸事をできない奴、
芸事を極めるための精進を怠る奴は嫌いだ。

そういう奴をいつまでもちやほやする業界人もファンも
…まぁ好き嫌いは勝手だけどさ、
芸術を育てる責任ってものを一度考えてみたらいいと思うわ。

昨日風邪引いて熱出して寝込んでました。
今日もまだすごいだるいんだけど
ふと鏡見たらどぶみたいな顔色になってたorz

さすがにこんな汚い顔を幼稚園の送り迎えとかで人様に見せる訳にはいかないと
頑張って化粧しましたよ。
化粧は身だしなみですなぁ。


ここで微妙なカミングアウトをすると、
「ブスが頑張っちゃって痛い」とか思われるのが怖くて
化粧すると顔を隠したくなるという変な習性があったんだけど、
ブスな顔をそのまま晒すのも恥ずかしい話だよなぁ、と今更思ったりした次第。
これも醜形恐怖の一種なんかな?
今度カウンセラーに相談してみよう。


そうそう、化粧したらとっても健康的な顔色にはなりましたが、
以前とあるお医者様が
「顔色とかわからなくなるからできればあまり化粧しないで来てほしい」
と仰っていた意味がすんごいわかりました。

brillant dreams 鑑賞。

この子良い意味で今の宝塚に置いとくのがもったいない。
すごい意志が強くて度胸のある子だと思う。
しゃべり方の柔らかさとは裏腹に
中身は現代的で自力したかっこいい女性という印象。
ま、平たく言って頭良すぎてしっかりしすぎてるんだな。
こないだ大学の後輩達とたくさん話したばかりなので余計思うんだけど、
この子を見てると東大に普通にいそうな感じに見える。
自分の感性の部分の整理の仕方がうまい。
しかもそれを時系列で論理的に話すというのは頭が良くないとできない。


娘役としては男役に合わせられないのが弱点という声もあるようだけど、
どっちかというと
正直男役はこういういい女を手懐けられるくらいでいてほしい。
そういう意味では男役の実力を試してしまう子なんだろう。
凰稀さんはそこまでして娘役を手懐けるタイプの肉食系男子に見えないから相性としては疑問。
下世話な言い方だけど
みりおんちゃんが大学受験を勝ち抜いてきた高学歴肉食系キャリア志向女子だとすれば
凰稀さんは小学校から青学育ちのぼんぼんで上昇志向特に無しのサラリーマンみたいな(笑)。
それぞれの良さはあるんだけどひとえに相性が悪い。
みりおんちゃんと付き合ってると
かなめさんがみりおんちゃんを欲求不満にさせてるだめんずに見えるんだわ。
かなめさんに合うのは女子短大とかの可愛いお嬢さん?

それこそ花組だったんだからみりおんちゃんと蘭寿さんで組ませればすごい良い大人なコンビになったと思う。
みりおんを本気で手懐けられるのは蘭寿さんか壮さんくらいのもんでしょう。
それかもっと上の年代の人とかね。
こないだのねね様みたいに
轟理事とガッツリ組ませたりしたら輝くと思うわー。


そして今からこんなことを言うのは失礼とは百も承知だが、
みりおんちゃん、
卒業してぜひ本物のイケメンと共演してほしい。
この子はテレビドラマの主演でもいけると思う。
すごいハードな色気を要求される芝居とかでもこの子はやり遂げられそう。

綺麗な子はいくらもいるけど、
そして私これだけベタ誉めしてる割にそこまでファンでもないのだけど、
この子には特別な何かがあると感じる。
その特別な何かが何と訊かれたら困るんだけど、
強いて言えば、芝居で自分を引き上げる力、かな。


色々、期待してます。

タカラヅカニュース見てたんだけど、
壮さんはほんと、トップになって輝く人だねー。
一番新しいトップなのに、
トップ姿がすっかり堂に入ってる。
挨拶もいい。
この人って半端なく頭良いと思う。
喋りがやり手の起業家みたいな感じ(笑)。
何か安心して見てられるんだよなー。
こういう人になりたい。
人としてこういう人になりたいと思うし、
身近にいたら一生付いていきたくなるだろうなーと思う。
守ってあげたくなるタイプじゃなくて、
必要なことを自分からどんどん発信して
時には強引に引っ張る強さと、
しっかり人を見守れる懐の深さを感じる。
雪組、見に行こう!

歴代トップがほとんど落下傘の宙組。




ずんこさん

和央さん

貴城けいさん

タニ

ゆーひさん

かなめさん




そんでもって生え抜きのともちんがこの度退団。




もうさ・・・身も蓋もないけど、

この組って落下傘のためだけに作られたんだねきっと。

論より証拠で。




タニみたいにトップの器じゃない人がトップやったり

かなめさんみたいに二番手の方が面白いような感じの人を

無理矢理トップに持ってきちゃったり、

そういう不可解人事をするために作られた組なんじゃないかと。




何だかんだで宝塚の舞台を見に行けば楽しんでしまうけど、

宙組に関してはもう正直素直に楽しめる気がしない。

宙組の人達、

きっと頑張ってても簡単に

偉い人に傷付けられて辞めてくんだろうな・・・と思ったら

気の毒過ぎて脳天気に楽しめない。

楽しめないものは娯楽とは呼べないよ。

ちくしょー!


パソコンから記事投稿できなくなっちゃった。
なんなのこれー・゜・(つД`)・゜・




インターネットエクスプローラーじゃなくてグーグルクロームからログインしたら投稿できた。
なんで??
まあいいけど。
小説の更新が相変わらず滞ってますが、

後半に登場するイングリッド・バーグマンを色々掘り下げてみたら

すごい面白い!


私の憧れる女優様としてはかなり新しいタイプ。

何が新しいかって、

波乱万丈なのに精神を病んでない!!(笑)


ヴィヴィアン・リーもマリリン・モンローも

精神科に通ったり薬を飲んだり早死したり

だいぶ壊れた人達だったんだけど、

イングリッド・バーグマンは

同じように3度結婚離婚してるのに

すごく健康的で健全さ明朗さを少しも失わないっていう・・・

何がどうしたらそんなに強く生きられるんだ?!と

目下興味津々です。


写真とか見ても、

この人は・・・不思議なくらい裏表がない。

愛する人に向ける眼差しが、

夫や恋人に向けるのと子供に向けるのとで全く変わらん。

女としての顔と妻として母としての顔が完全に連続してる。

一体どうしたらそういうことが起きるんだ。

かなり謎。


一番近い印象を受ける人を考えてみると、

美智子皇后陛下かな、と思う。

美しくて賢くて優しそうで意志強そうで、

妻として母としての顔に差がない。

おまけに老い方が驚く程美しい。

完全無欠過ぎなのに気取りがなくて親しみやすい印象って意味不明!!


いやはや・・・


そしてこういう人のツッコミどころを探したくなるのは

小説書いてるからというより

旦那から関西ノリをうつされたせいかな。。
録画何とか消化した。
いやー、めちゃくちゃつまんなかった!
毎度不快な言い方で申し訳ないけど、
エロビデオの早送りする部分(笑)の小芝居みたいなショボいドラマだった。

そして、自分が仮にも物を書いたりもする人間として、
こういうものから学べるところも多いので、
できるだけ生産的な観点から批判をしてみようと思う。


まず一番致命的な問題は、
恋愛ドラマを謳っている割に
恋愛の部分が少なくて周辺状況の話が多すぎるということかと思う。
おおざっぱに言えば、
「父の嫁さんと恋に落ちて、色々障害もあったが最終的に乗り越えてくっつく」
というだけの誰にでも予想のつく話を
周辺状況だけで8話まで引き延ばした印象なんだよな。

例えば父親と息子の権力闘争みたいな状況について語るのは面白いかもしれないけど、
恋愛そのものの話ではない。
恋愛ドラマとして見せる必要があるのはもっと違うところなんじゃないかな。

ヒロインについてだったら、
義理の息子に惹かれる自分への自己嫌悪感、
義理の息子に惹かれていた時点での夫との営みの葛藤、
息子に惹かれるがやっぱり夫の良さにも気付いて再構築を試みる過程、
などなど、
主人公の心情をもっとエグいところまで掘り下げる要素はあったんじゃないかと思う。

そこを単純に
夫→悪者
妻→虐げられる可哀想な妻
息子→白馬の王子様
という簡単な描き方で済ましてしまったことで
すごく浅いドラマになってしまった印象。


あと、これは個人的な好みだけど、
恋愛ドラマでめでたくくっつくまでだけで持たせるのは
私はあんまり面白いと思わないのね。
人間関係として面白くなるのはその先だと思うから。

だから例えばやっとヒロインと義理の息子がくっついたはいいけど、
ホッとしたところでお互いへの嫌悪感が不意に出てくるとかね。
理不尽だけどそういうのもあり得ると思うのよ、
「親父にどんな顔して抱かれてたんだ」とか
「体つきのここの部分が父親とそっくりで思い出してしまう」とか、
それでギクシャクし始めて暴力的な関係に陥るとか。
そういうのまで書き切ったらめちゃくちゃ面白くなったかもしれないのにな。


ああそうか、今気付いたけど、
このドラマのあらすじは一言で言うと
「人妻が他好きして離婚する」ということで、
「義理の親子関係」というのすら周辺状況に過ぎないんたな。

義理の親子関係だからこそ起きる様々な理不尽な感情の葛藤を描く気は
最初からたぶんさらさらなかったんだきっと。

義理の親子関係っていうのは単純に
「中年主婦が若いイケメンと知り合う機会」くらいの扱いなんたな。
だから描き方が浅いんだ。
あー。。納得。

要するにこのドラマの意図は、
特に何の取り柄もないけどお金と地位と美貌を一度は手に入れてみたい、
女として終わってたくない、
若いイケメンにモテてお金より愛を取る私って素敵!と思いたい、
そんな欲張りな私の自分探しドラマということだ。

…あの、大石センセ、バブルはもう遠い昔に弾けたんですがご存知ないんでしょーか?

イマドキの30代でそんなお花畑思考の女なんかいないって!
バブル脳の女を描きたければもっと年代上にすればもっとリアリティーあって面白かったかも。
良い役者さんいくらでもいるでしょうに、
完全にキャスティングミスだと思う。

テンポといい音楽の使い方といい
昭和の化石みたいな古めかしいドラマを作るのは
私は全く面白いとは思わないが
まぁそういう需要もそれなりにあるんだろうから別にいいけど
(視聴率悪かったみたいだけど)、
前途有望な若い役者を的外れな役に巻き込む必要は無いと思うわ。

むしろいぶし銀の渋い年配の役者さんで固めた方が面白かったんじゃない?
浅野ゆう子さん、賀来千賀子さん、萬田久子さんくらいの熟れきった年代の女優さん達にヒロインをやらせたら良かったんじゃないかと。
井川遥さんはドロッとした情念を描くには若過ぎ爽やか過ぎ。
自己肯定感の渇望みたいなセリフを
絞り出すように言えるようなタイプの役者ではない。
少なくとも今のところは。
何だかんだ言って彼女は基本的にモデルさんなんだと思う。
表現力を客観的に見て、
写真で見せる力に比べると映像で見せる力はまだまだ追い付いてない。

逆に斎藤工くんはドロッとしたものを表現するのが上手いタイプに見えるので、
寒ーいベッタベタな愛のセリフを言わされまくってるのが見るに耐えなかった。
もっと良い脚本だったら充分にこの歳でも見せられたはずなのにもったいない。

そう、セリフが過剰過ぎてウザいというのも
このドラマがつまらなかった大きな原因。
日本の多くの脚本家さんが勘違いしていらっしゃる部分だと思うんだけど、
ドラマとか映画っていうのはセリフを見せるものではないと私は思うの。
映像芸術っていうのは画面で語れるものが相当たくさんある訳なので、
セリフは必要最小限に抑えた方がテンポも良いし視聴者がドラマに入り込みやすいはず。
セリフが少なければその分
画面の中の出来事を無意識に自分の言葉を補って理解していくから
視聴者がドラマを自然に自分のものにしていけるのよ。

学校の授業で先生がだらだら一方的に喋ってても全然頭に入らなかったのと同じで、
ドラマもどんなに良いセリフでも一方的に饒舌に垂れ流してるだけじゃ心に入って来ない。

良いドラマかどうかってたぶん、
視聴者の感情移入っていう能動的な作業をどれだけ引き出せるかにかかってるんじゃないかな?
優れた芸術作品はたぶん全部そうなんだ。
芸術に対して受け身にさせるものじゃなくて、
芸術に対峙して自分がどういう感情体験をして、
その体験をもとにどう自分が変化したか、
変化した新しい自分を抱えてどう生きるか、
そこまで出来るのが芸術の底力ですよ。
まぁだから相性とかは確実にあるし、
万人受けなんて不可能だけど。

だけど少なくとも、
書く側は芸術の底力を信じて書かなきゃだよな、と思う。
この芸術に出逢えて良かった、人生がより良いものになった、って
誰かに感じてもらえるのを信じて、
私も色々書きたいな、と思う。


…うん、ちゃんと教訓得られたな。
ま、そういう意味では、素晴らしい大傑作だけが存在意義がある訳でもないのかも。
あんまり気負わず書いてみよー♪

人に愛されて、人に頼りにしてもらえたら、人生勝ちだよね。


などと、不意に思い付いたのでそのまま書いてみた。


もちろん、本当は人生に勝ち負けなんてないかもしれないし、

あるとしても何が勝ちで何が負けかなんて

正解はどこにもないけど。


ただ・・・

私を愛して頼りにしてくれる旦那さんと子供達と、

それから仲良くしてくれる楽しい友人知人に囲まれて、

私は十分幸せだな、と何となく思ってみた。


うちの母は自分の友達の話とかを私にしたことが無い訳じゃないけど、

実は母の友達に会ったこととか

母の友達がうちに遊びにきたこととか、

ほとんどなかったと思う。

子連れで会ったりしなかっただけかもしれないけどさ。


あの人に今の私の何が劣っていたとしても、

囲まれてる人、この一点に於いて、絶対に負けてない自信がある。

こんな素晴らしい人達に好かれてる私は

絶対にゴミみたいな人間なんかじゃないって思う。

私は母みたいな絶世の美女じゃないし、

母に勝てるのは学歴だけだってずっと思ってたけど、

もう違う。


人は友達を見ればわかる、と云うのなら、

私はそんなに悪い人間じゃない。

人と人は鏡だから、

私がそんなに悪い人間なら

こんなに良い人達に囲まれている訳がない。


それで、もう充分じゃない。

愛されて、幸せだー。







こないだCSで宝塚の卒業生のインタビュー番組をやってて、

麻乃佳世さん(以下ヨシコちゃん)の回を録画して見ました。


ハードディスクがいっぱい気味で見たら消してしまったんだけど、

消さなきゃよかったー!と思うくらい良いインタビューでした。

何て頭の良い人だろう、

何て深く考えてるんだろう、

これぞまさにプロだな!と思わされるエピソードが次から次へと出てきて

おいら感動しやした。


一番印象に残ってるのが、

パックのハーミアを演じる時、

ほんの少しでも邪心を持って演じてしまうと嘘っぽくなってしまう、

だから普段の生活からもう、

そういうものには全く触れないように、

できるだけ心を綺麗にして綺麗にして・・・

そうでないと演じられない怖さがあった、というお話。


そこまでの覚悟を持って、

そこまでの思いを持って、

舞台を勤めている娘役ってそうそういないと思う。

舞台の上で「自分」を「可愛く見せたい」だけにしか見えないような人が

平気でトップとして大きな顔をできる現状を彼女はどう見ているんだろう。


可愛く見せたければ、

心の中から、本当に可愛い人になれば自然とそう見えるんじゃないかと思って頑張っていた

と言うヨシコちゃんを私は心から尊敬する。


ところでヨシコちゃんはヘアアクセサリーとか髷とかを非常に工夫して

センスの良いものを作り上げていた印象が強いのだが、

そんな彼女から出てきた言葉が

「お化粧や髷はそこそこのものでも、本当に心から可愛い人になれば可愛く見えるもの」

というのには少し驚いた。


けれども、確かに言われてみればその通りだ。

外側を飾るものはあくまで飾りでしかない。

飾りだけで可愛く見せることは絶対にできない。

それでも、追究したらきりのない芸事の世界で

そういう細かいことにまでできるだけ完璧を期して作り上げるというのが

プロとして舞台に上がる者としてのプライドなのだと思う。


芸事を極めようとする熱い志と高い誇りが彼女の言葉の根本にはある。

可愛いお衣装を着せてもらえるくらいで脳天気に喜んでるどこかの娘1とは大違い

というか比べるのも失礼だわ。。



このインタビューを聞くずっと前からヨシコちゃんのことは大好きで

こんな女の子になりたい、とずっと憧れていたけど、

改めて彼女の話を聞いて、

こんな素晴らしい舞台人に憧れることができて本当に幸せだ!と思う。

女の子として、舞台人として、人としての尊敬の思いを強くした。


退団の時の言葉で、

「やっぱり完璧っていうのはないんだな、と思いました」って・・・

この人が言うとめちゃくちゃ深いよね。

ヨシコちゃんは間違いなく、最も完璧な娘役さんの一人だった。

その裏にどれほどの努力があったか・・・。

努力に努力を重ねて重ねて、最後に出てくる「完璧はない」という言葉の美しさよ。


芸事っていいな、宝塚っていいな、

そうそう、私、宝塚に憧れていた頃、

こういう思いで、こういう先輩に厳しくしごかれて良い舞台人になりたいと思ってたよな、とか、

久し振りに清々しい気持ちで芸事の美しさを思い出させてもらいました。


清く正しく美しく。ヨシコちゃん、まさにあなたのことだと思います。

素晴らしい舞台を見せて下さってありがとうございました。

と、画面に向かって深々頭を下げたくなるくらい、本当に良いインタビューでした。

今宝塚を目指してる人も、今宝塚にいる人も、

もうみんな爪の垢を煎じて飲んだ方がいいと思うで。


昔は良かったなんで年寄り臭いことを言いたくはないけど、

やっぱりこんな素晴らしい役者さんを抱えていた昔の宝塚は

本当に素敵だったと今でも思います。