まだ何者でもないあなたが
納豆ごはんまみれの顔をくしゃくしゃにして笑うだけで
私は生まれてきてよかったって思うんだよ
ママが泣きながら笑った訳が
そのうちあなたにもきっとわかる
あなたがこの世にいることが
ただそれだけで嬉しい人が
あなたにはいるんだよ
・・・この子達に言葉だけじゃなくちゃんと伝えられるように、
私は私らしく、頑張らなくちゃ。
まだ何者でもないあなたが
納豆ごはんまみれの顔をくしゃくしゃにして笑うだけで
私は生まれてきてよかったって思うんだよ
ママが泣きながら笑った訳が
そのうちあなたにもきっとわかる
あなたがこの世にいることが
ただそれだけで嬉しい人が
あなたにはいるんだよ
・・・この子達に言葉だけじゃなくちゃんと伝えられるように、
私は私らしく、頑張らなくちゃ。
映画『レ・ミゼラブル』を見た方にはくどい説明になってしまうが、
この映画の主要な登場人物の中にフォンティーヌという女性がいる。
彼女は言ってみればシングルマザー。
若くして妊娠し、妊娠させた男に捨てられたのだ。
子供を育てるために子供を外に預けて工場で働くが、
ひょんなきっかけから子供がいることがセクハラ工場長に露見し、
工場をクビになってしまう。
働く宛ての無いフォンティーヌは髪を売り、歯を売り、
遂には体を売るところまで墜ちることに。
そして無理をして働くうちに病に倒れ、
幼い子をジャン・ヴァルジャンに託して息を引き取る。
フォンティーヌのこういう境遇を見て、
・・・馬鹿じゃないの?
としか思わない人も世の中にはたくさんいるんだろう。
最初っから避妊すればよかったのに。自業自得だ。
とか平気で言う人もたくさんいるんだろう。
ところで私は専業主婦をしていて、
今の生活では付き合う人がかなり限られる。
そのことをストレスに感じる時もあるが、
不愉快な人間と付き合わなくていい自由があるという意味では
幸運な境遇なのかもしれない。
私が親しく付き合っている人達には
人を肩書で判断して馬鹿にする人はほとんどないので忘れていたけれど、
世の中にはたぶん、
人を簡単に判断しては馬鹿にして、
中身を知ろうとしない人の方が多いのだろう。
フォンティーヌのあの歌を、
何甘えてんの?としか思えない人の方が多いんだろう。
世の中に出るっていうことは、
物事の表面しか見ないたくさんの相手と闘って
目に見える結果を出さなきゃいけないってこと。
・・・うちの旦那さんはそんな大変な世界で毎日闘ってるんだな。
私みたいな超繊細人間の感性を理解するような優しい心の持ち主にとっては、
それはとてつもなくしんどいことなんだろうと思う。
感謝しなくちゃ・・・。
だけど・・・子供達を育てる時に、
厳しい世の中で闘える強さを持てるように育ててあげたいとも思うけど、
闘うだけで立ち止まることを忘れ、
他人に対して優しさを持てない人間に育てるのもどうかと思う。
フォンティーヌの痛みを自分のことのように受け止めるか、
他人事のように嘲るか。
親の育て方だけが全てではないけれど、
だからといって親の責任が無い訳でもないだろう。
私はフォンティーヌのことを馬鹿にするような子供には絶対に育てたくない。
それだけでも、私が私の子供達に責任を持って
自分の時間をたっぷり使って一生懸命育ててる意味はあるはず。
子育てなんて誰にでもできる。
ちゃんと躾けないのは親が悪い。
今どきの親は子供をほったらかし。
子育てできない奴は最初から子供なんか産むな。
言いたい人は山ほどいるさ。
そういう人達がフォンティーヌのことを平気で馬鹿にするんだきっと。
だけどフォンティーヌは命懸けで子供の命を守った。
それだけで十分じゃんか。
凄いことだよ。
私だって毎日子供と接していてできるだけ後悔しないように、
子供が幸せな人間に育つように、
一つ一つのことに心を込めて心を砕いてやっている。
それを誰にも馬鹿にはさせない。
主婦はニートだ?
勝手にほざいてればいい。
私を馬鹿にしていいのは私の子供達が将来
私の子育てのせいでどうしようもない心の傷を負わせた場合だけ。
世の中は厳しいって言ってる人は、
そう自分が言うことで厳しい世の中を作っていることに気付かないんだろう。
電車の中で目が合った人にほんの少し微笑むだけで世界が変わることを
その人達はきっと知らない。
この世界はそういう人達で溢れていて、
そんな世の中で苦しんでいる人が歴史上たくさんいて、
だから『レ・ミゼラブル』という物語に普遍的な価値があるんだろう。
だけど、そんな世の中だからと言って、
私は希望を捨てることを絶対にしないだろう。
革命なんか起こさなくても
自分の周りの人に精一杯愛を注ぐだけで、世界は変わるのよ。
・・・何者でもない私がそんなことを言ったところで意味は無い?本当に?
例えば一つのミュージカル映画を取っても、
私みたいにとことん人生の一部に取り込んで
こんなふうに膨らましていく人もいれば、
ひとこと、「あー面白かった」「あーつまんなかった」で終わる人もいる。
どちらの生き方が正解、なんてことはない。
そんなの、比べられないよ。
ただ、私は私のゆっくりじっくりな生き方が好きで、誇りに思っている。
私の生き方に喜びと幸せを感じている。
その思いを守り通しながら厳しい世の中と向き合っていく術を
私はきっと覚えなきゃいけないんだろう。
その過程で嫌な思いをすることもあるだろうし、傷付くこともあるだろう。
そして私は傷付いたことを無かったことにできるほど強くはない。
たくさん泣いて、そのたびに必死で這い上がるしかできない。
だから、傍にいて。寄り添って。信じて、認めていてほしい。
このブログにも何度も弱音を吐いてきたけど、
そういう私でも生きてる意味があるって、
この記事を読んで下さった方が、ほんの少し、思ってて下さったらとても嬉しいです。
・・・ごめんなさい、フォンティーヌのことを隠れ蓑にして、
ほんとは自分のことを話したいだけでした。
あんまり本当のことを生々しく書くと傷付けちゃう人とかもいるかもしれないから
上手く言えなくて・・・。
文章を書くのは難しいっすね。
こんなぐちゃぐちゃな記事をアップするのもどうかなと思うけど、
あとで引っ込めるかもしれないけど、
とりあえず・・・今の気持ちをちょっと書いてみました。
ほんと酷い文章でごめんなさい。
あと、コメント下さった方、お返事が遅れててすみません。
また改めてお返事しますので今しばらくお待ちくださいませ!
ではでは。
・・・私は実は何もわかってないんじゃないかという思いに捕われた。
これだけ通って、歌詞もほとんど覚えるくらいになって、
だけど・・・私は何か勘違いしてるんだろうか?
大切なことを見逃してるんじゃなかろうか?
この作品は・・・果てしなく、深い。