理科学研の笹井教授、
俳優のロビン・ウィリアムズさんと、
鬱による自殺のニュースが立て続けに出たので、
そこからちょっと重い思い出話でもしてみようかと。
私も結構長いこと鬱を患って
何度となく希死念慮に襲われた。
その頃の感覚ですごく覚えているのは、
あれは「死にたい」という願望というよりも
「死ななければならない」という強迫観念の方が近かったということ。
回復してきた今でもアホな失敗とかをすると
「あーもぉ死にたい(T△T)」とか思ったりするけど(苦笑)、
そういう感覚とは全く別のものだった。
「死にたい」という勝手な願望に基づいて自殺するなら確かに勝手な死に方かなとも思うが、
「死ななきゃいけない」という強迫観念に苛まれるのは完全に病気だし、
そういう強迫観念に操られるようにして死んでしまったのだとしたら、
本当に「自」殺と言えるのかなぁ、という気もする。
ああそうそう、今思い出したけど、
鬱が酷かった頃、
私は電車の頭を見られなかった。
電車がホームに入ってくるのを見るのが怖かった。
電車がホームに入ってくるときに
自分の体が勝手に線路に飛び出してしまいそうな気がして怖かった。
だから、電車が完全に止まり、ドアが開く音がするまで、
ずっと下を向いてた。
自分の体が死に操られるような感覚。
それと闘うのは大変なことでした。
笹井教授もロビン・ウィリアムズさんも、
きっと毎日毎日必死で闘って、
最後に負けてしまったのかもしれません。
でもずっと必死に闘ってきたから、
その日までは生きてたんです。
鬱を患ってきた者からのお願いです。
どうか、最後の日に何をした人かよりも、
最後の日まで必死に生きた人として憶えていてあげてください。
私達もみんないつかは死ぬ存在であり、
死に勝てる人などいないのだから。
お二方の魂が、
「自殺」してしまった方々の魂が、
これまで亡くなられたすべての方々の魂が、
どうか安らかでありますように。
俳優のロビン・ウィリアムズさんと、
鬱による自殺のニュースが立て続けに出たので、
そこからちょっと重い思い出話でもしてみようかと。
私も結構長いこと鬱を患って
何度となく希死念慮に襲われた。
その頃の感覚ですごく覚えているのは、
あれは「死にたい」という願望というよりも
「死ななければならない」という強迫観念の方が近かったということ。
回復してきた今でもアホな失敗とかをすると
「あーもぉ死にたい(T△T)」とか思ったりするけど(苦笑)、
そういう感覚とは全く別のものだった。
「死にたい」という勝手な願望に基づいて自殺するなら確かに勝手な死に方かなとも思うが、
「死ななきゃいけない」という強迫観念に苛まれるのは完全に病気だし、
そういう強迫観念に操られるようにして死んでしまったのだとしたら、
本当に「自」殺と言えるのかなぁ、という気もする。
ああそうそう、今思い出したけど、
鬱が酷かった頃、
私は電車の頭を見られなかった。
電車がホームに入ってくるのを見るのが怖かった。
電車がホームに入ってくるときに
自分の体が勝手に線路に飛び出してしまいそうな気がして怖かった。
だから、電車が完全に止まり、ドアが開く音がするまで、
ずっと下を向いてた。
自分の体が死に操られるような感覚。
それと闘うのは大変なことでした。
笹井教授もロビン・ウィリアムズさんも、
きっと毎日毎日必死で闘って、
最後に負けてしまったのかもしれません。
でもずっと必死に闘ってきたから、
その日までは生きてたんです。
鬱を患ってきた者からのお願いです。
どうか、最後の日に何をした人かよりも、
最後の日まで必死に生きた人として憶えていてあげてください。
私達もみんないつかは死ぬ存在であり、
死に勝てる人などいないのだから。
お二方の魂が、
「自殺」してしまった方々の魂が、
これまで亡くなられたすべての方々の魂が、
どうか安らかでありますように。