何とか無事にドレスと手袋を拝借できたものの、私は自分のあまりのグズっぷりが情けなくて、マリリンに謝った。

「ごめんなさい…。私、全然役立たずで…。」

マリリンはきょとんとして訊き返した。

「え?だって何も失敗してないわよ?」

「でも…早くしなきゃいけなかったのに、全然反応鈍かったし…。呆れたでしょ?」

「早くしようと頑張ったんでしょ?」

「はい…」

「一生懸命頑張った結果ならしょうがないわ。遅いのなら私なんか人のこと言えないわよ。昔どれだけ現場に遅刻していったかわからないし。まぁ、私もあれはあれで精一杯頑張ってたんだけどね。

あ!あれか…また日本語と英語の違いだ。もしかして…。私が『早く!』って日本語で言っちゃったから、本当に早く動かなきゃダメだったって思ってる?」

私が少しきょとんとした後曖昧に頷くと、マリリンはと少し慌てたように早口でまくしたてた。

「日本語の『ああしなさいこうしなさい』ってどうやら結果的に表に出てくる行動に対して命令するみたいなのよね。違うかしら?」

表に出てくる行動…?

「英語で命令するときってね、人間の頭の中に対して働きかけてるのよ。そうね…パソコンにコマンドを入力するでしょう?あれと同じ。こうしなさいって指令を出して、そしたらその通りに動いてくれるだろう、っていう期待を持って命令をする訳よ。」

「パソコン…やるんですか?」

私は

「当たり前でしょ。こっちの世界でも今やパソコンは必須アイテムなんだから。スカイプもやるわよ。そうそうパソコンで思い出した、私気付いたらこっちの世界に来ちゃってたから死んだ時の状況をいまいちよく覚えてなくてGoogleでかなり調べてみたの。たぶんマフィアのジアンカーナの手下に座薬突っ込まれて死んだんだと思うけど、もう最悪じゃない?検死した日本人のお医者さんはたぶん誰かに買収されてたんだろうけど、まあおかげで結果的に謎の死を遂げたってことになって良かったかも。

一番ムカつくのは、ロバート・ケネディが私と別れようとして、私が引き留めるために秘密をバラすって脅迫して、それで彼に殺されたって説ね。あんな男をそんなお粗末な手で引き留めようとしたと思われるなんて!ほんと失礼しちゃう。私がそんなバカな女に見える?あの兄弟は揃いも揃って女の扱いが酷かったんだから。もっと早くさっさと振ってやればよかったんだけど、ジョーがあんまりストーカーみたいにしつこかったから、とりあえずロバートと付き合ってることにしておけばあんまり追っかけてこないかと思って。

そうそう、私何かジョーと再婚することになってたらしいんだけど知ってる?私全然覚えてないの。酔っ払ってつい根負けしてyesって言っちゃったのかしら。yesなんてベッドの上でなら誰でも言うのにね!」

マリリンは大口を開けて笑った。彼女は優しいから…私が気を遣わないように一生懸命気遣ってくれてるのが、いくら鈍い私でもわかった。

「ええと何の話だっけ、要するにね、日本語で「こっち向け」って言われたら、別に向きたいなんて思ってなくても顔だけとりあえずこっちに向ければいいわよね?だけど英語の”Look at me!” は…そうねぇ、厳密に訳すなら、「こっちを向こうという意志を持て」みたいな感じかしら。同じ命令でも、日本語は人の外側を動かそうとして、英語は人の中身を動かそうとするのね。」

私はしばらく考えた後、「へえ…!」と間抜けな返事をした。そんなに違うなんて考えたこともなかった。いや、でも、そうか、私とIすら全然違うんだから、そりゃ人に命令する時だって違うよな、と目を白黒させながら考えていたら、

「いいことを教えてあげる!」とマリリンがとびきりの笑顔を見せた。ちょっと得意気だ。

「つまりね、日本語で命令されたら、あなたがどう思っていようとあなたの勝手で、英語で命令されたら結果がどう出ようと知らないわ!でいいのよ。ね、ちょっとは気が楽になった?」

マリリンは続けて言った。

「あなた、ちょっと気を遣い過ぎよ。Relaaaax!

『お熱いのがお好き』と完全に同じの、甘―い口調で言われた。すごく嬉しかったけどこれは…リラックスするよりも興奮してしまうぞ。私女だけど。

ヴィヴィアンのアパートメントは『哀愁』の寮のセットなんだとマリリンに聞いた。本当はアトラクション運営側が『風と共に去りぬ』の後半の、レットとの結婚生活で使った大邸宅を移設するように計らったのだけど、ヴィヴィアンはそれじゃ周りから浮いてしまうからと、外装だけ『哀愁』にして、内装だけ『風と共に去りぬ』のセットにするように言ったんだそうだ。

「ヴィヴィアンのところのベッドは最高よ!あの天蓋付きのキングサイズベッド。」

とマリリンが自分のものでもないのに得意げに話す。

私とマリリンはヴィヴィアンの家の陰に隠れて、ブランド氏が玄関のブザーを鳴らすのを見守った。

小走りの足音が微かに聞こえた後、ゆったりとドアが開いた。眩しい太陽に出会った花みたいにヴィヴィアンが笑う。意外だった。あんな笑い方、映画では見たことない。スカーレットがこんな駆け引きの無い笑い方をする女の子だったらアシュレはメラニーと結婚しなかったかもしれない、なんてちょっと思った。

ブランド氏が家に上がったのを見計らって今度はアパートメントの裏側に回る。花がそこらじゅうに咲いているので踏まないようにするのが大変だ。

ヴィヴィアンが支度をしている間にブランド氏がこっそり窓の鍵を外して、不自然なくらいニヤニヤしながらこちらにウインクしてくれた。ちなみにこれは後で聞いた話なんだけど、この時ブランド氏は、昔彼女同士が鉢合わせて窓から素っ裸で逃げた時のことを何故だか突然思い出して吹き出しそうになったらしい。まあこれだけイケメンだったらどんな武勇伝があっても驚かないけどね。とりあえずウインクかっこよすぎて一瞬本来の任務を忘れるところだった。と思ったら隣でマリリンも同じようにぽーっとしててちょっと可愛かった。

ブランド氏がヴィヴィアンを外へ連れ出してくれたので、窓から侵入。マリリンに続いて私、の順。マリリンのお尻が窓枠にちょっとつかえてフリフリしながら体を引き抜いてたのが可愛過ぎて萌えた。一方私のおデブなお尻も案の定つかえたけど、ちらっと鏡に映った姿が無残過ぎて泣けた。これがスターと一般人の差ってことか…。さて気を取り直して、クローゼットは、と。

「…広い。」

私のしょぼいワンルームの倍以上あるかも、と呟いたらマリリンにひどく同情された。いや、でも東京の住宅事情なんてこんなもんですよ、と自虐気味に私が言うと、

「えっ?でも帝国ホテルのスイートは広かったわよ?」

とマリリンが言うので、

「あそこはホテルだからです。」

「そっか。そうよね。ごめんね。」

となぜか謝られた。

クローゼットの入口付近にはヴィヴィアンの普段着がきちんと納まっていて、奥には今まで主演した舞台と映画の衣装が綺麗に年代順に並んでいた。やばい、ここ、マジで住み着きたい。きらびやかなドレスとクレオパトラの衣装各種に混ざって『愛情は深い海のごとく』のスキーウェアだけすっごい浮いてる。棚から半分くらいはみ出しているファーのロングコートは『アンナ・カレーニナ』かな。『美女ありき』のドレスはめちゃくちゃ手が込んでて圧倒的に綺麗。カラーで撮らなかったのが勿体ない!

「トレンチコート!『哀愁』のだ!これ大好き。こういうのずっと着てみたかったんだ!」

見とれていると、

「じゃあ着ちゃえば?」

マリリンが取り出して体に合わせてくれた。

しかし鏡を見た瞬間のがっかり感といったら…。

「…顔をまるごと整形してから出直します。」

これは顔がヴィヴィアンじゃないと似合わない。こんな中肉中背の日本人に着られたら服も泣くだろう。

「あら、あなた可愛いのに。言われたことないの?」

「ないですないです!あなたみたいに綺麗じゃないもの!」

私はぶんぶん首を横に振って否定した。

マリリンは「可哀想に」と言ってそっとハグしてくれた。

そして耳元で、女の子はたくさん可愛いって言われて育たなきゃ絶対ダメよね、と囁いた。なぜか突き上げるものがあって、私はほんの少し涙ぐんでしまった。

…いかん、こんなことをしている場合ではない。またしても任務を忘れるところだった。私もマリリンもつくづくスパイとか向いてないな。なる予定もないけど。

『風と共に去りぬ』の膨大なドレスの数々。…あった!これだ…。触るのが本当に畏れ多くて思わず合掌したら、マリリンもケラケラ笑って真似をした。

用意した大きな紙袋に最新の注意を払って投入。

「ずらかるぜっ!」と私が呟いたら

「がってんだ!」と答えるマリリン。一体どこで覚えたんだそれ。ほんとこのガイジン日本語ウマ過ぎてびびる。

さっきと同じように窓からマリリンを先に出てもらって、ドレスをそっと手渡した時、私は大事なものを忘れているのに気付いた。

「手袋…」

「そうか、手袋ね。えっとたぶん抽斗に入ってると思うわ。じゃあもう一度…」

マリリンの表情が変わった。

「ちょっと!マーロン!何でこんな早く戻ってきちゃったの?!どうしよう…!」

マリリンはきょろきょろしたり頭を掻いたり完全に落ち着きを失くしている。

「ええと、ええと…私、何とか引き止めてくるからあなた一人で探してきて!Go! Go find them!

えっ…一人で?どうしよう、見つかるかな…。

「ほら、早く!Now! Move, ,move, move!

早口で命令されて一瞬私は固まってしまった。早く、しなきゃ。えっと、手袋。取りに行かなきゃ。クローゼットの、抽斗?早く。何でだろ、体が動かない。…慌てて私はクローゼットに戻った。

手袋の入った抽斗を何とか発見。しみ一つない真っ白な手袋がきちんと重ねてしまってある。

ここの下かな?…あった!

114日。

明日はヴィヴィアンの誕生日ということで、マリリンがサプライズ・パーティーの計画を練っている。またパーティーって…パーティー好きだなぁ。さすがガイジン。っていうか今は私がガイジンか。

お花に、ケータリングに、お酒のリスト…。私も横で手伝っていたら、マリリンが妙なことを言い出した。


「あなたの分のドレスも用意しなくちゃね!そうね、私の若い頃のを貸してあげるわ。そうねー、誕生日と言ったらやっぱりジョンの誕生日パーティーに着ていった全身ダイヤモンドが散りばめてあるのがいいかしら。」

「えっ…。いや、あれはあなた以外が着たら犯罪です。ていうかえっとあの、私も参加していいんですか?」

私は完全にしどろもどろ。

「もちろん!」

マリリンは快諾してくれたものの、昨日の歓迎会はともかく、バリバリの一般人の私がそんなセレブのパーティーなんかに参加して良いんだろうか。いくらなんでも気まずい。気まず過ぎる。しかもあんなほとんど裸みたいなスケスケのエロドレスを本当に着せられたらどうしよう。それはさすがに御免だ。何とか別のドレスを調達しないと。

「あの…ヴィヴィアンのあのドレスじゃ、駄目ですか?」

「どのドレス?」

私はマリリンに小声で耳打ちした。マリリンは大声で笑い出し、それは良いアイディアね!と乗り気になってくれた。奇妙な思い付きだったけれど、私が敢えて着るならそのドレスが一番ふさわしいように思えたのだ。


マリリンは早速衣装デザイナーのウォルター・プランケット氏のところに電話をしてくれた。ところが彼の手元にあったはずの試作品は現在行方不明で、本物はヴィヴィアンのところにある、とのこと。

きちんと管理していたはずなのに、とパニクるプランケット氏をよそに、

「ということは、ヴィヴィアンの家からこっそり拝借しちゃえばいいってことね!」

マリリンは楽しそうに言ったかと思うと、あっという間にヴィヴィアンの家に忍び込む手はずを考えた。私は、いやそこまでしなくても、と慌てて止めようとしたのだが、すっかり悪戯っ子の顔になっていたマリリンがどこかへ電話をすると、これまた悪戯っ子モード全開な笑みをたたえてブランド氏が現れた。


ブランド氏にヴィヴィアンを口説いてもらって、その隙にマリリンと二人でヴィヴィアンのクローゼットに忍び込み、ドレスをこっそり持ち出すという計画。

「マーロンならこの大役にぴったりでしょ?」

ブランド氏は『欲望と言う名の電車』で共演した時からヴィヴィアンとはぜひ付き合ってみたいと思っていたのだけれど、さすがに尊敬するオリヴィエ卿の奥さんというのは気が引けて当時は手を出せなかったそうだ。

「この世紀の女ったらしにそんな分別があったなんて驚きよね!」

マリリンに同意を求められて私が困っていると、

「そういうギャップがあるから女に好かれる訳よ。わかる?」

と胸を張るブランド氏。…あかん、この人全然懲りてないわ。

まあこないだ見たところヴィヴィアンはもうオリヴィエ卿に未練はなさそうだけど、マリリンはブランド氏が親友を口説くのはいいのかなあ。あんなに仲よさそうなのに。






夜も更け、一人、また一人とゲストが帰っていく。

Bye!とか非常にカジュアルに挨拶されるので、とりあえず私もBye!と返したのだが…。

「ねえ、マリリン。あの、今後ともどうぞよろしくお願いします、みたいなの言いたいんだけどどうやって言えばいいのかな?」

日本人的な礼儀の感覚ではどうにも違和感を覚えてしまったので、私はマリリンに小声で相談した。

「あら、そんなの必要ないわよ。」

一蹴されてしまった。…まあ、いいのか?英語下手なのはもうばれてるし、幸い日本語わかる人もちょこちょこいるし。

少しもやもやしながら愛想笑いしてみんなを玄関まで送り出した。部屋に戻るとマリリンがソファーに座ってテーブルに足を掛け、ふわーっと伸びをしている。脚…きれーい。体のボリューム感に対して脚の細くて長いこと!ほんとにまあ何をやっても絵になる人だわ…。

「さっきの話だけどね。」

マリリンが少し思案顔のまま話し出した。

「あのね…。よろしくおねがいします、ってたぶん、「今後ともぶつからないようにひとつうまく距離をお互い取れるようによろしくおねがいします」、みたいな雰囲気の言葉じゃない?」

距離を取る。確かにそうだ。日本語って、ぶつからないように、トラブルが起きないように、一生懸命気を遣う言語だもの。でも、ポールは「英語はぶつかるの前提」みたいなこと言ってたなあ。

「ああ…そっか。ぶつからないようにお願いするって発想は英語にはないってことだ。」

私はほとんど独り言みたいに言った。

「そういうこと。」

マリリンはにこっと笑ったけれど、笑った目尻がちょっと疲れてるみたいだった。

「あの…I’ll do the dishes. 片付けとか、私やっておくから、よかったら休んできて下さい。」

ありがとう、と言ってマリリンは階段を上っていった。


英語は対等か…。いや、でもあんな神様みたいな人達に対してyouなんてとてもじゃないけど言う気がしないぞ…。いっそのこと全員にyour highnessとか言ってしまおうか…。いや、むしろyour majestyくらいの方が…だめか、笑われちゃうよなあ…。でも名前で呼ぶとかほんと勇気要るんですけど。いや、マリリンにはついおっかなびっくり甘えちゃってるけれども。罰が当たって地獄に落ちそう、ってここ天国か、たぶん。

ごちゃごちゃ考えながら私は超レトロなキッチンで超高級なお皿を洗った。


久し振りに宝塚の録画消化しようとしたら
天海祐希さんの相手役の麻乃佳世ちゃんに惚れ直してしまったぞ。
この人何度見てもコケティッシュで絶妙に可愛い。
自分の立ち位置をわきまえてて、その中で最高に輝くことのできる素晴らしい娘役さんだったと思います。

昔初めて宝塚にハマった頃のスターさんってのは特別なものだけど、
そうゆう贔屓目を差し引いても
何て言うのかな…
自分の見せ方を知ってて、
確信を持って見せることのできる人っていうのは
本当に尊敬するし憧れます。

舞台でも何でもそうだけど、
表現することは自分を曝すことで、すごく勇気の要ること。
だからこそ研鑽を惜しまずに自分の色を見せられる人になりたいな、と
最近強く思うので、
尚更尊敬の念を強くした次第です。

…が、しかし消せない録画がまた増えた。
どうしたもんかなー(苦笑)。

それにしてもさっきからずっと気になってたんだけど、ヴィヴィアンとマーロンは共演歴があるからともかくとして、ヴィヴィアンとポールがえらく仲良しなのは一体何の接点があって?すごく気になる。

「あの…えっと、ポール…。」

ポールはさも当然のように返事をしてくれた。

「あの、ヴィヴィアンと仲良しなのって、何つながりなんですか?」

聞いた瞬間満面の笑みを浮かべるポール。

「うちの奥さんだよ。」

奥様がオスカー女優のジョアン・ウッドワードだということは私も知っている。オスカー女優つながり?

私が思案顔でいると、ヴィヴィアンが目をキラキラさせて会話に参加してきた。

「そうなのよ、ポールの奥様がうちの夫を…」

ヴィヴィアンが大袈裟に困って見せる。あの、ヴィヴィアン様、そんなところで演技力発揮しないでも…。無駄に迫力あって何があったか返事に困るじゃないですか!…と私は盛大にツッコミたかったが、そんな勇気も英語力の持ち合わせていない自分がちょっと恨めしい。

返事をしそこねているとヴィヴィアンがこらえきれずに吹き出しながら言った。

「あの子、ラリーの膝に乗ったのよ!『風と共に去りぬ』のアトランタ・プレミアのとき!」

ヴィヴィアンとポールは顔を見合わせて大笑いしている。

「あの子、ラリーのファンだったんでしょ?」

「そう、確か…9歳のとき。車でパレードしていたオリヴィエ卿の膝に飛び乗ったことがあるんだって、昔えらく自慢してたんだ。それをこっちにきてヴィヴィアンに話したら、よく覚えててね。」

「そりゃもう、私もびっくりしたから忘れられないわ。あの子がまさか女優になってあなたの奥さんになってたとはね!」

「す、すごいですね…奥さん。」

「だろー!それでヴィヴィアンと仲良くなれた訳だから、俺は死んでも奥さんには頭が上げられないってわけ。」

ポールは嬉しそうに言ってたが、なるほど…そういう狙った獲物は逃がさない女だからオリヴィエの膝と天下の名優ポール・ニューマンの妻の座と更にアカデミー賞まで勝ち取ったんだろうなあ。そりゃ奥さんに頭上がらないわな。と私は激しく納得してしまったのだった。

113日。

なんでも、マリリンが私の歓迎会を開いてくれるらしい。例のアクターズ・スタジオの仲良し3人とヴィヴィアン・リーも来る予定とのこと。

そんな大袈裟にしなくても…ていうかここに私がいるのってあんまりおおっぴらにしてはまずいのでは?と私は困惑したのだが、世話好きのマリリンはどうしてもやりたいと聞かない。

じゃあ、こじんまりと、普通の夕食だけで…とお願いしたので一応そうなった。

「マリリンは毎回歓迎会をしたがるんだよ。こないだもコーリー・モンテースがこっちに来た時に、マリリンはgleeが好きだから張り切って招待したんだけど、あいつが来てポールが話をしていたらOD(オーバードーズ=薬物過剰摂取)で死ぬとは何事だ、ってだんだん説教みたいになっちゃって、すっかり恐縮して逃げ帰ったよ。」

とマーロンが言うと、ポールは気まずそうな顔で

「まあ、確かにあれは俺もついついやりすぎたけど…だって悔しいじゃないか、うちの息子より若いのに息子と同じ死に方をするなんてあんまりだ。俺、息子が死んだ後散々OD撲滅活動に参加したってのに…」

そこへマリリンが「私もODやっちゃったことあるし…何か、ごめんなさい」

更にジェームズ・ディーンがぼそっと

「俺も交通事故で早死にしたしあんまり人のこと言えない…」と言ったので、

「マリリン、そうだ、君も…うん、君は自分を粗末にしすぎだったと思うよ。

ジミー、お前の場合は対向車が反対車線に突っ込んで来たのが悪いんだし、しょうがない」

ていうかこの人達、産まれた年は大して変わらないのに「生前の好きな見た目でいられる」というここの変なルールのおかげで、傍から見るとまるでお父さんが子供達に説教しているみたいだ。

食事ができたようなのでゲスト達を呼びにいく。

“Mr. Newman…”

“Call me Paul

Well, Mr…um….Paul…..ごめんなさい、あなたみたいな大スターに向かって呼び捨てってすごくしづらいです。失礼な気がしちゃって…。」

ニューマン氏は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに私の言うことが思い当ったみたいだった。

「あー。それ、日本の車のCMに出た時も同じこと言われたな。何でだろう。日本人特有の発想なのかな?」

「ええ、日本語ではそうですね…目上の人には絶対敬語とか。敬語をちゃんと使えないとビジネスで信用されないとかありますし。」

「まあ、英語でもそういうのあるけどね。ヴィヴィアンの方が詳しいんじゃないかな?イギリス人だから。」

「ヴィヴィアン、あれでしょ、女王陛下に呼び掛ける時にyour majestyって言うのって、直接youって言うのが失礼だからだよね?」

「そうそう、女王陛下にはyour majesty、皇太子殿下にはyour highnessとかね。ただのyouだと失礼になるっていう文化はあるけど」

「それってIyouが基本的に対等だから、偉い人相手にyouって言うのは失礼ってことなんだよね。そうだなー、僕の感覚だけどね。喩えて言うと、車の運転みたいな感じかな。」

「出た、またいつもの車の話だ!」とブランド氏のちゃかす声が聞こえたがそれにはお構いなしにニューマン氏は続けた。

「車同士ってさ、対等じゃないと怖いんだよ。カーレースの時…いや、普通の道でもさ、初心者とかが前でふらふら運転してると追突しそうで怖いだろ?いきなり止まったり減速したり、予測のつかない動きをされるのが一番怖い。変に手加減しないで付き合えることが相手に対しての礼儀、みたいなところがあるんだよ。名前で呼び合うのはそういう訳。

ついでに言うと、youっていうのはIと対等だから、自分にでも相手にでも誰にでも当てはまることを話すのにも使えるんだ。

ああ、そうそう、対等だからこそ、Iyouはぶつかれる。英語のYESNOっていうのは、ぶつかったときに、自分は凹まないぞ、ってのがNOで、YESが自分が凹んでやってもいいよ、って意味。」

「随分物騒ですね…」

「物騒かな?」

「日本人ってとにかく人とぶつからないように必死みたいなところがあるから、ぶつかるのが前提って、何か物騒な気がしちゃうんです」

ブランド氏が話に割り込んでくる。

「マリリンが言ってたとおり、日本語は舟と舟みたいな感じってことだろ?舟って基本、大きい方が真っ直ぐ進んで、小さい方が小回り利くから大きいのを避けて通る。舟はぶつからないように動くからね。ぶつかったらお互い溺れて死んじゃうからな。がはは」

「舟、詳しいんですか?」

「詳しいんですか?じゃなくて詳しいの?でいいんだけどね。俺、タヒチに住んでたからさ、舟もよく乗ったよ。ぼーっと魚とか釣ってね。俺はひなまつりよりもひまなつりの方が好きだな。」満面の笑みでダジャレ言った世紀の名優マーロン・ブランド。しかもこの微妙な間はツッコミ待ちしてる?

「…それ、言いたかっただけでしょ!」私がおっかなびっくり突っ込むと、

「よしよし、その調子。」と褒めてくれた。

この人は…マーロンって言っても大丈夫そうな気がする。いや、だめかな?

マリリン、またあの話だろ!」

ブランド氏がにやにやしながら日本語で絡んできたので私は驚いた。

「日本語わかるんですか?」

「まあね。最近だいぶ忘れてきたけど、俺、昔日本で2本映画撮ったし」

指を2本立ててダジャレ言ったこの人。しかもすごい流暢。

「だって日本語の通訳の役とかやったんだよ。知らない?『八月十五日の茶屋』ってやつ。まあ、あの映画はキャスティングが失敗だったけどねー、俺が。特殊メイクで顔薄くすればいいってもんでもないな。でもロケは楽しかったよ。可愛い女の子いっぱいいたし!」

ブランド氏がせっかく日本の話題を日本語で振ってくれているというのに、残念ながらその映画はタイトルだけ聞いたことあるものの中身は見たことがない。気まずい気持ちで正直に話した後、もう一本は『サヨナラ』ですよね?と話題を変えた。

「おっ、よく知ってるね!見た?見た?」

「もちろんです!あの、鴨居に三回頭ぶつけるところが超ウケました!」

「チョウ…ウケル?」

あ、そっか、彼が来日した頃にはなかった言葉か。

「すごく、おもしろかったです!」

「だろ?」

「はい!あの、『サヨナラ』のあなたはすごくキュートでした!ストーリーも良かったし!」

「ストーリー、良かったでしょ?」

「はい、あの、『蝶々夫人』みたいに日本人が遊ばれて捨てられるみたいな話じゃなかったのがよかったです」

「でしょ?聞いた?! マリリン!」

ブランド氏、めっちゃ得意気。

「はいはい良かったわね!あのね、この人『サヨナラ』に出る時に『蝶々夫人』みたいな話なら出ないって言って脚本書き換えさせたのよ。あなた昔からそういうのムキになる癖があるわよね。」

「違う、俺は普通だもん。女の子が遊ばれて捨てられるような話を平気で書く方が悪趣味ってだけだよ。」

この話で私は正直ブランド氏を見直した。ただの女たらしじゃなかったのか。しかし何というか…掴めない人だ。

「英語の’I’と日本語の『私』はどう違うでしょう?」

えっ…同じじゃないの?私の戸惑いを見透かしたようにマリリンがぴしゃりと言う。

「同じだと思ってたでしょ?でも本当は全然違うのよ。じゃあヒントをあげる。日本語は『私』だけじゃなくて、俺とか僕とか拙者とか、色々あるでしょ。でも英語は基本的にIひとつ。何でこんな違いがあるんだと思う?」

私は混乱してオロオロした。そんなこと、考えたこともない。単純にそういうもんだと思って覚えてきたし、それでいいと思ってた。違うってどういうこと?

すっかり頭を抱えた私にマリリンはもう一つヒントを出してくれた。

「日本語だと『私』って人差し指をこう…鼻の先に向けて指すでしょ?英語ではそれはやらないのよ。もしやるなら胸に手を当てるとかね。やってみて!感じが違うでしょ?どう?」

指を差す…胸に手を当てる…指を差す…また手を胸に当てる…何だろう。

「目をつぶってみて。」

目をつぶったら指を差しているのは見えない。当たり前だ。胸に手を当てるのはわかる。あ。もしかして。

「『私』は視覚で自分のことを認識してる…ってことですか?」

マリリンは満面の笑みで頷いた。

「さすが、若いだけあってわかるのが早いわね。そう、そういうこと。『私』は視界のこっち側を差してるでしょ。でも‘I’は…」

「体で感じる、みたいな?」

「そう。’I’は感じる主体として自分を認識してるの。だけど日本語は外の世界に対しての『こっち側』という表面を差しているみたいなのよ。差してる対象がこんなにも違うものを一緒くたにしても理解できるはずないと思わない?まあどんな言葉をどういうふうに使っても大して変わらないと思ってるようなデリカシーのない男はいっぱいいるけどね!あ、この人達は別よ。」

マリリンは3人の男達をちらっと見てから肩をすくめて笑った。もう、何でこんな可愛い笑い方ができるんだろうこの人は。釣られて私も思わず笑ってしまった。

「そっか…英語と日本語ってこんなに違うんだ。知らなかった…。」

私が呟くと、

「だから、分かり合うために話し合うのよ。」

マリリンはきりっとした口調で答えた。

「世の中のどんな相手のことも、全部完全に知ることなんて無理でしょう?その谷間を埋めるためにコミュニケーションがあるんだわ。

私とあなたは違う存在。考え方も感じ方も、物の見方も驚くほど違うのが当たり前。だからお互いをもっとよく知りたいって思うんじゃない?コミュニケーションは共感だけでは成り立たない。自分と相手の距離を見つめること。境界を感じることが大事なのよ。…それがわかったのが、色んな言語…特に日本語を学んだ一番の収穫ね。

そう、演技も言ってみればコミュニケーションの一つじゃないかしら。リーに教わったみたいに自分をどれだけ深く掘り下げても、それだけでは役になりきることはできないわ。どんなにその役を深く理解したとしても、私はその人として何十年も生きてきた訳じゃないんだから、私はその人には絶対になれないの。だから演じる意味があるのよ。役と自分との距離を測ることがわかった今となってはもう、リーのメソッドは私にとって絶対的なものじゃなくなったの。」

凛とした表情で語るマリリンは圧倒的に美しくて…やっぱり長生きしてもっと色んな映画に出てほしかったな、と思ったら胸が締め付けられた。



本日はここまでー

ちょっとこっぱずかしいですが、こんな感じの小説でございます。

お楽しみ頂けたら幸いでございます。

タイトル全然思い付かないんだけど、どうしよう。

Wordで書いたものをそのまま最終校正しないでコピペしちゃったので、

誤字脱字、読みにくいところなどあったらごめんなさい。

後で訂正しときます。

一応、色々と言い訳とか補足とかはみだしトリビアをつらつらと。

今日アップした中に『カサブランカ』の名セリフをちょっと紛れこませてあります。

発見された方はPCモニターの前でほくそ笑んでやって下さい()

『王子と踊り子』が映画になる以前の舞台版でヴィヴィアン・リーが主演してたのはホントです。

マリリン・モンロー本人による、

「フランク・シナトラと会った後は1週間精神科医が要らないの!」とのお言葉から

ちょっと名前を紛れ込ませてみました。

マリリンとオリヴィエ卿が実際関係してたかどうかは謎ですが、

オリヴィエ卿が胃腸が弱かったのと、夜の生活が淡白だったのはご自身が自伝で語っておられます。

あと、『美女ありき』のネルソン提督のコスは、海軍の軍服に眼帯といういでたちなので、

若い人にはたぶん『パイレーツ・オブ・カリビアン』を想起させる衣装だと思います。

晩年のマリリンが抜け毛に悩んでいたのはホントです。

あと、ここのブログを以前から読んで下さる方々にはバレバレなので正直に白状しますが、

主人公の女の子の名前はおいらの大好きな蘭寿とむさんの本名から取りました。

下書き段階でとりあえずギャグでマユ()にしてたら

別の名前が思い付かずなし崩し的に正式名称になりました。

完全に余談ですが、うちの娘達も名前考えるのは大変でした。

もう一人女の子が生まれたりしたらマジで思い付かないと思います。

再びトリビアですが、

マリリン・モンローは映画史上最初にジーンズを穿いた女性の一人だそうです。

ということで衣装設定してみました。

マーロン・ブランドがすげー女ったらしだったのもホントです。

マリリンがストラスバーグ夫妻について言及している場面ですが、

実はマリリンとマーロンが実際に電話で会話したことに基づいています。

そしてやっと出てきた英語の話()

ここまでなげーよ!

てことで、

読んで下さる皆様もマユちゃんと一緒に、

私のIの一体何が違うのか、悩んでみて下さい。

答えは次回!