マリリンがさらっと踊りに行ってしまうと、私は壁にもたれかかったまま一人で下を向いていた。こんな派手な格好じゃ目立ってしょうがないけど、できるだけ目立たず邪魔にならず空気のようにしていたかった。しかしうっかり目線を上げた時にものすごく華やかな美貌の、見るからに女優様!な人と目が合ってしまった。彼女は微笑みながら
「こんばんは!モーリーン・オサリヴァンよ。」と言ってこっちに歩いてきた。
「こ、こんにちは…」心臓が張り裂けそうになりながら挨拶すると、
彼女は”This dress looks good on you.”(ドレス、似合ってるわ)と誉めてくれた。余計にどきどきした。
「ヴィヴィアンのお友達ですか?」
「ええ、子供の頃からのね。同じ寄宿学校だったのよ。」
「すごい学校ですね…!女優さんが二人も。」
「まあ、結果的にね。でも親元から離れてとても寂しかったわ…。私達よく一緒に遊んでいたのよ。ヴィヴィアンは猫を可愛がっていてね…あ、大変!アレクサンダー・コルダ卿が来てる!」
「コルダ卿?」
「イギリスの泣く子も黙る大プロデューサーよ!ヴィヴィアンの映画も何本か撮ってるわ。彼、まだたぶんマール・オベロンに怒ってるから…」
「ええと…オリヴィエ卿の『嵐が丘』でキャシーやった人?」
「そう!彼女、元奥さんなんだけど、コルダ卿に見出されて抜擢されたのに、彼と結婚してる間にレスリー・ハワードと不倫して家に帰らなかったから…」
「レスリー・ハワードって…『風と共に去りぬ』のアシュレやってた人?…さっき見かけましたよ?私のドレス姿をちらちら見て笑ってた…って、つまり、鉢合わせさせちゃダメってこと?!」
「そういうこと!!」
私とモーリーン・オサリヴァンは顔を見合わせた。
「あなた、せっかくそのドレス着てるからレスリー・ハワードをあっちの部屋に引き止めておいて!私はコルダ卿を何とかするから!」
「わ、わっかりました…」
でっかい目の迫力に圧倒されて私は反射的に頷いた。ええと、レスリー・ハワードさん、どちらにいらっしゃいますかー?ていうかこの格好だしもう、アシュレを探すスカーレットになりきってやろうか。「アシュレ…話があるの…」とか言って愛を告白するとか…。だめだ、極度の人見知りのくせに妄想ばっかり逞しいこの性格、我ながら何とかならないものか。
「あの、アシュレ…じゃなくてハワードさん…」
いた。見事にマール・オベロン様と一緒。しかも誰かと揉めてるみたい。ひょろっと背の高いハワード氏の横にいるがっちりした男…出た。またマーロンだ。女と揉め事と常にセットなのかこのおっさんは。
「あの、ちょっと…」
私が話しかけるとマーロンはバツの悪そうな顔をした。
「『デジレ』の思い出話をしてただけだよー!」
「ほんとに?」
「…ちょっと挨拶代わりに口説いたら、あの時ジーン・シモンズとばっかり仲良くしてたのに今更何よって怒られた。しかも横から元彼まで参戦するし」
マーロンが拗ねた顔をする。ああ…こういうところが憎めないんだよなぁこの人。
「あの映画は出たくなかったんだ。勝手に嵌められて契約してさ。しかも監督は衣装の出来ばっかり気にしてたし、俺もナポレオンなんて柄じゃないし、散々な映画だったんだけど撮影は楽しくてさ。」
マーロンの愚痴を聞いていたら、俄かに背後が騒がしくなる。
振り返ると真っ赤な顔をしたコルダ卿がハワード氏に掴み掛かる寸前だった。
「しまった…」
「どうした?」
「モーリーン・オサリヴァンさんに言われて、ハワードさんと会わないようにする作戦だったのに…」
マーロンはぷっと吹き出した。
「こんな狭いところに集まったらそりゃどうしようもないよ。それに鉢合わせるのは初めてじゃないはず。あれだけ怒ってるのは、大方客の誰かの噂話でも耳に入ったんじゃないか?何せ、誇りを重んじるイギリス人だから。」
湯気の出そうなほど真っ赤な顔のコルダ卿と、襟元を掴まれて青ざめているハワード氏。ハワード氏は既に髪が乱れている。
…あれ?生え際が…何か不自然?
今頃気付いたけど『風と共に去りぬ』の時よりもおでこがかなり狭くなってる気がする。
「ねえ…あれって…ヅラ?」マーロンにそっと耳打ちした。
「ヅラって言うなー!!!」
ハワード氏、泣きながらキレた。何で聞こえたんだ…。ていうかそんなに気にしてたんだ…。