まずは本文を見ながら、
楽器というのは、地域、時代によって、さまざまに異なりますが、それは、その場所、その時代で、思考のものを追求したからかなあ、と思います。
そして、楽器といっても様々な目的があります。厳かな雰囲気を醸し出す日本でいえば雅楽の楽器や西洋のパイプオルガンに合唱隊、遠くまで音を伝達するための楽器、アフリカなどにみられる低音楽器ですね。そして、心を高揚させる楽器、ドラムや太鼓、タムタムやボンゴなど、そうして洗練され研ぎ澄まされていくうちに、必然的に材料が限定されてくる。
チューバは、昔 木製で、穿孔を抑えて演奏していましたが、今では、金属製でバルブをつかって音をか変えます。迫力ある重厚な響きと、時に素早いパッセージが求められる楽器へと進化してきました。
でも、祖先のセルパンが、未完成の楽器かというとそうではありません。今でもセルパンのプロの奏者は存在しますし、材質もほとんど変化ありません。この楽器が考案された当時、聖歌隊の低音を補う楽器として、その柔和な音が金管のトロンボーンなどより好まれました。
楽器の材料や形には、それぞれ重要な意味があるというのが私の見解です。古楽器より現代の楽器の方が優れているというわけではなく、その時代、場所、目的にそって出来上がっていったものだと思うのです。
それにしても、バイオリンの駒を普通の厚紙で作ろうというのは、どう考えても初めから無理と思わなかったのでしょうか![]()
