2023年9月元配偶者より離婚したいと言われました。
青天の霹靂で理解が追いつきませんでした…
なぜなら私は夫婦仲も家族仲も良いと思っていたからです。そこが私の愚かさでもありますが…
子は当時6歳と2歳の2人。一軒家を新築で2017年に建てました。この件に関しても後述していきます。
理解ができませんでしたが、後日元配偶者の不倫が発覚。私の中ではこれが本当の理由だと思っております。
元配偶者からは離婚したい理由が3つあると言われました。間違いなく。
①いつも不機嫌
後々モラハラと主張されました。
②家事をしない
これについても後述しますが、確かに明らかに比重は元配偶者に偏ってました。本当に申し訳ないですし、後悔してます。
③5年前の胸ぐらを掴まれた件がいまだに怖い
2019年3月確かに胸ぐらを掴んでしまいました。はっきり言って最悪です。愚かでしかありません。詳細を記述していきたいと思います。
私自身ものすごく愚かで今の現状も結果的に自業自得なのかもしれません。振り返って自分の罪と愚かさをまず記述しない限りは卑怯だと思いますので、正直に書きます。
2016年7月結婚。同じ月にたまたま行ったペットショップで元配偶者が柴犬に一目惚れ。私は数年前に実家で飼っていた犬が亡くなったばかりでまだ受け入れられない気持ちでしたが、結局飼い始めました。とても可愛くて幸せな日々でした。まもなくして元配偶者より家を建てたいねと話しがありました。お互いに当時は介護の仕事をしており、裕福とまではいえませんがそれでもマイホームを夢見ていました。それぞれ同じ法人で別々の会社に勤めておりましたが、元配偶者の職場の共通の知人より家を見に来ないかと誘われて見学しに行きました。ガレージがついた素敵な家であれよあれよと担当者を紹介してもらい、話しが具体的に。
同じ時期くらいに妊娠が発覚。とても嬉しかったです。正に幸せの絶頂。
家の打ち合わせも2人で何度も足を運びましたが、つわりと重なり、大変そうでした。
翌年夢のマイホームが建ち、程なくして子が誕生しました。破水から産まれるまでは約2日。頑張ってくれましたし、私もずっと付きっきりで頭が朦朧としてとりあえず、テレビをつけました。何か観たかったわけでも覚えてもいませんでしたが、看護師さんに怒られたことはそのあと家族内での笑い話しになりました。
1つ目の罪
2018年12月私は初めての転職をしました。ただ、環境が悪く、残業体質の職場でした。中身も中々の旧態でしたが、何よりも朝早くから日を跨ぐはざらで何をしているんだろう?え、おかしい!やばい!すぐに辞めたいと元配偶者に打ち明けました。しかし、子どもは産まれたばかり、家を建てたばかりで元配偶者も不安だったのでしょう。話しは聞いてくれませんでした。
元上司にも相談しましたが、流石に早すぎると受け入れてくれませんでした。八方塞がりで簡単に追い詰められてしまいました。2019年3月に元配偶者から甘ったれるなと否定の長文LINE…当然なのかもしれません。そして家に帰っても罵倒。話しも聞いてくれないのに罵倒、罵倒…ついカッとなり元配偶者の胸ぐらを掴んでしまいました。あの時の光景と後悔は今も忘れません。すぐに謝りました。有耶無耶になりました。仕事も続けました…
ただ、そんな状況にも慣れて出張で他県へ行くことになりました。同年の4月には元配偶者も時間短縮で仕事復帰しました。昔から元配偶者の職場もまた残業体質でしたが、17時に終わったらそこから職員とマクドナルドへ行き、仕事以外の話しや卓球をして遅くなるという職場でした。また、上長は職場内で不倫していて周りはみんな気付いていると元配偶者から説明がありました。そんな職場は理解できず、辞めてほしいとお願いしたこともありますが、濁されました。
そして出張に行く前にYシャツを綺麗に畳んでくれないかとお願いしました。私は当時畳むのが苦手なので身勝手なお願いでした。当然これで喧嘩になりました。
出張中は毎日連絡をやり取りし、私自身すっかり忘れていました。
3つ目は2人目の子作りです。
結婚当初子どもは2人、4歳差がいいねと2人で夢を語ってました。2020年に疲労やタイミングなどですれ違い、私は相手に怒りました。身勝手極まりないですし、さらに「今月できなかったら2人目はやめる」と言ってしまいました。そんなつもりはありませんでした。向き合って欲しかっただけなのに愚かな言動でした。ただ、奇跡的に2人目を授かることができ、とても嬉しかったです。コロナ禍ということで私は病院に同行はできませんでした。上の子の時は全て同行しましたが…
翌年に無事に産まれました。立ち会いだけできました。あの日のことは鮮明に覚えてます。2人が産まれてきてくれて、産んでくれて家族がすごく大切で大好きでした。
そして私の最大の過ちです。
家事。先述した通り、家事(料理、洗濯、掃除)はほとんど任せていました。間違いありません。私は子ども達の育児は積極的に関わってきた自信はあります。毎日2人をお風呂に入れたり、休みの日は1人で子ども達と必ず出かけたり、過ごしてきました。上の子が3歳の時には2人でキャンプに出かけたり、上の子が習っていた空手の大会で2人で東京にも行きました。
家事はお風呂掃除、ゴミ出しや雪投げ、飼っている柴犬の朝昼晩(家ではトイレしないので)の3回の散歩が私の分担だと思っておりました。ただ、言い訳ですが全くしないわけではありません。得意料理もありましたし、リクエストされることもありました。
上の子は5歳の時、元配偶者が家の近所で空手教室があるということで連絡をとり、体験に行きました。
元配偶者は人見知りだからという理由で私が同行しました。私も空手は全くわかりませんでした。熱が入ったのは事実です。ただ、コンタクトスポーツなので集中を欠くと怪我をします。現にマットで擦れて長く習ってた子が骨折してしまうことがありました。
上の子はまだ幼いにも関わらず、集中しないとダメだ、山に捨てるぞと言ってしまいました。上の子は泣きました。当然です。本当にごめんなさい。私が愚かで未熟でした。これが一番後悔してます。
これらが振り返る中で私の愚かさ、未熟さと後悔です。なのでこれから書くものは全て私が正しいなどと主張するつもりはありません。まずこの記事の中ですでに最悪な人間だと改めて思います。
これから書く記事の結果も改めて私の自業自得なのかもしれませんが、当事者として理解できないので残したいと思います。
本日はここまでになります。読んでいただき、ありがとうございました。
次回は別居と不倫について記述します。