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たぶん日刊miomio

極低出生体重児・みおちゃんと
家族の毎日

★2014年4月3日(木) 後半 27w6d


分娩室に運ばれてからは、もう正直、

「痛かった」

これだけです。


夫が持ってきたボロっちいタオルを握りしめて、

(もっといいタオルがあったはずなのになぜ)

うんうんうなりながら陣痛に耐えていました。


看護師さんがとなりで「まだよ、まだいきんじゃだめだよ」と

言うのを受けて、夫も「いきんじゃダメだよ~ダメだよ~」と・・・。

なぜでしょう、看護師さんに言われるのはいいんですが、

夫に言われると非常にムカムカしました。


こっちは必死で痛いのこらえとんじゃ、

おめーは今看護師さんの言ったことをとりあえず

繰り返しとるだけやないかー!


夫もどうしていいかわからなかったのだと思いますが、

理不尽で悪いけれどなんだか腹が立ちました。

ごめん。


白衣の天使、看護師のSさん、朝から私についていてくださって、

こまこまと動き励ましてくださっていました。

いざお産、となったとたんにそれまでの可愛らしい顔が

きりっと引き締まり、医師とともにてきぱきと進めて・・・。

プロってすごいな、と思いました。


いつまでも「まだいきんじゃだめよ」と言われ、

それをただ真似する夫にムカムカしながら

もう、もう、もう限界だー、いきませてー!と

心の中で叫んで数時間。

27年の人生で一番痛い数時間だったと思います。


途中で交代の時間が来て、「がんばってね、生まれたら赤ちゃん

見に行くからね」と言ってくれてSさんは戻りました。

代わりに来てくれたのは、空振りの時

フォローしてくれたHさんでした。

なんだかほっとしました。


それからすぐ、下半身に何かが下りてきたような感じがして、

先生たちが慌てて集まってきて、ちょっと赤ちゃんが出てくるのを

助けるよ、と切開され(この痛みは全然感じなかったです)、

午後5時半頃、娘がつるっと生まれました。


生まれた娘は先生の両手で掬うように処置台に持って行かれたと

夫が後で言っていました(それだけ小さかった)。


娘は本当に小さな声で一度だけ、

猫みたいに「みゃー」と泣きました。


娘が処置されている間、私のほうも分娩台で処置。

娘が出てきたあと、プリンっと胎盤が出ていくのが分かりました。

娘が出ていくのはわからなかったのに不思議です。

先生にお腹をぐいぐい押されて残りも全部出されました。

そして縫合。切られる痛みは感じなかったのに、

縫う方はチクチク痛かったです。


NICUに運ばれる直前、娘の姿を見せてもらいました。

赤黒くって毛だらけ、手足が細っこい、

両手で包めそうなくらいの小さな赤ちゃんでした。




しばらくそのままで休むように言われて、

夫とふたり分娩室で2時間ほど過ごしました。

二人ともちょっと興奮気味。

小さかったね、でも元気みたいで良かったと。


本当なら里帰り出産の予定だったので、

夫の立ち会いは考えていませんでした(できない)。

が、思いの外娘が早く生まれてしまったため

あれよあれよという間に立ち会い出産。

夫、いい経験できたと言っていました。


夜8時過ぎ、NICUに娘に会いにいくことができました。

いろんな管に繋がれて、眠っている小さな娘。

小さくても、とっても頑張っていました。


1064g、35cmの小さな娘でした。


そこでNICUの先生からお話を聞きました。

娘は、週数にしてはいい状態。

呼吸や体温調節がまだ自力でできないので、

保育器で呼吸器などつけて過ごす。

予定日くらいまで入院すると考えておいてください、

とのことでした。