『モンスーン』

2019年製作 イギリス・香港合作

監督

ホン・カウ

キャスト 

キット・・・ヘンリー・ゴールディング

ルイス・・・パーカー・ソーヤーズ

リー・・・・デヴィッド・トラン

リン・・・・モリーハリス

映画の中に現れる風景で「ここはホーチミンかな」「あ、ハノイだ」「わあ、ここ通ったなあ」と思いながら観ていた。

ベトナムに行ったのは2011年のホーチミンに、2019年のハノイに行った2回のみ。

映画を観終わって、その風景などを思い返しつつ、「簡単に変わるもの」「しぶとく残るもの」の交差について考えていた。

 

作品の中で主人公キットは、幼い時に亡命したサイゴンと現在のホーチミンのその変化を眺めている。

 

例えば故郷。現代に生きる私たちにとってもすでに故郷は「帰る場所」ではない。すごく久々に故郷に行き、過去の風景をそこに探しながら「変わったね」と「変わらないね」を交互に言う。

 

意外と、案外とあっさりと変わってしまうのだ。様々なものが。

例えば1~2週間旅行をしたり最近ならコロナのために休んだりして、その後戻ってくると必ず、通り道に以前には確かにあった筈の店舗や家がすっかり解体されて空き地になってたりするのを発見する。もうそこに何があったのか思い出せない。

話がズレるが、私がハマって読んだ中国SF「三体」。SFは思考実験のようなところもあり、この作品では世界的な生命の存亡にかかわるときに人々が社会体制として何を選ぶか、どんな体勢なら生き残れるかを比較し描いているところがとても興味深い。民主主義の発展とそれがあっという間に崩壊していく様、そしてたった1日ですべての人々が全体主義を選ぶ様子など、生命がかかったときに人も世界も簡単に変えられるさまが描かれている。勿論、変わるベクトルは様々だからその逆もある。善と悪、そのジャッジだって変わる。

 

6歳までサイゴンにいたキットは、まずあまりにも様変わりした街を見、続いてそれほど変わらないだろう人々の営みを感じる場所を見る。彼らを分断したのはベトナム戦争。そしてその後の亡命。

『モンスーン』でキットも訪れているが、私も2011年のホーチミンへの旅行のとき、ベトナム戦争で使われたクチトンネル見学ツアーに参加した。バスガイドさんはバスの中でレクチャーをする。しかしツーリストたちはその最中も友達同士で勝手気ままなお喋りに興じていた。大抵どんなツアーもガイドさんの話を聞いていなかったりすることはよくある光景だ。しかしこのガイドさんはつかつかと歩いてきて「静かにして、話を聞いて」と言ったことがとても印象的だった。バスの中はシンとした。そしてガイドさんはベトナム戦争のこと、枯葉剤の何世代にも渡る被害、戦後の経済復興についていろいろと語ってくれた。

「私たちは戦争には勝ちました。しかしその後の経済戦争では負けました」

と言った言葉は忘れられない。また、その後は諸外国の政策---例えば当時はインフラ整備に関しては日本から学んだことや、ベトナムの若い人たちはとても向学心が高いことなど話してくれた。

この映画でもキットとルイスの会話に現れている。

「ベトナムの若者たちはもう戦争を忘れている。夢やキャリアを追いかけているんだ」と。

ホーチミンに行ったときに本当にそのことを感じた。語り継がねばならないベトナム戦争の傷。しかし若い世代の目は後ろではなく常に前に向けられていることに。

 

それでも傷はしぶとく残る。ベトナム戦争から戻ったルイスの父親。多くのアメリカ人はあの戦争で心に傷を負ったという。その父親が亡くなったことを聞き、ルイスは首に激しい痛みを感じたとキットに言う。それは瞬間的なものではなく、癒されることのない心の傷を受け継いだかのようにルイスに残り続けた。そして彼もベトナムへ来るときにわざわざカナダ国旗のキーホルダーをつけ、アメリカ人であることを隠そうとした。

また私の2011年のホーチミン旅行の話に戻るが、ベトナム戦争についての話を聞き終えた私たちにガイドさんは「では現在、一番ベトナムに訪れる観光客はどこの国の人でしょう」とクイズを出した。私は『アメリカ人はここに来づらいのではないか』と考えていた。しかし一番多いのはアメリカ人とのことだった。このルイスのシーンで、私はその時に聞いた話を思い出していた。観光で訪れるアメリカ人は、何故ベトナムを選んだのだろう。美味しい食べ物?西洋とアジアが交錯する街並み? それとも過去の戦争を知るために? ベトナム戦争が終わったのは1975年。ベトナムにとっての戦後はそれ以降なのだ。

 

どこに行っても土地に染み付いた過去の傷があり、そこに「今」が幾重にも塗り重ねられていく。私たちが歩いているのはそういう道だ。そういう道を車で、バイクで、そして自分の足で、通過していく。

この映画の冒頭に、ホーチミン市内の大通りを走る車とバイクが交差する道が映る。日本では考えられない。一応法則はあるものの、逆方向を向いて走るバイクの列が近接して大きな道路を交差しているのだ。まるで2つの違う方向を目指している二群のイワシの群れのように。

 

これは私が撮ったホーチミンでの写真。

映画の中ではもっとダイナミックな映像だったけど、とにかく2つの道路から一斉に1つの道に合流する群れと、その逆方向を走る群れ。まさにベトナムを象徴している気がした。

そしてしぶとく変わらないもののもうひとつのモチーフとして、このような美しい蓮の花を使った、古来通りの作り方を守る蓮茶。

 

映画を観て感じたことをつらつらと綴ってみました。

 

eiga