音楽と反グローバリズム | 未音亭日乗

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古楽ファンの勝手気ままなモノローグ。

最近「日本のクラシック音楽は歪んでいる―12の批判的考察」(森本恭正著、光文社新書、2024)という本を読み、上記のお題を軸に考えたことを少々。

 

 

日本のクラシック音楽は歪んでいる 12の批判的考察 (光文社新書 1290)

 

 

「音楽に国境はない」という言葉をよく耳にします。これは、音楽が言語などと異なり、直接人間の感覚・心理に訴えかけてくるからだと思われます。ウォルター・ペイターの「全ての芸術は音楽の状態に憧れる」という有名な言葉も、同じことを別様に表現したものとも言えます。

 

一方で、音楽そのものには明らかな「お国柄」があります。ここでの「国」とは19世紀以降の国民国家ではなく、もっと土着的・地方的なもので、「お邦柄」と言った方がよいかも。その起源からしてもそうで、特定の人間集団の中での宗教にかかわる典礼音楽、周年行事・祭礼などハレの日を盛り上げる音楽、さらには大道芸など日常における芸能としての音楽などが想像されます。ウィキペディアで民族音楽(民俗ではない)と引くと、この辺について色々とヒントになることが書かれています。

 

このような視点で現在の西洋クラシック音楽を眺めた場合、「音楽に国境はない」という言葉が全く別の意味を帯びてくることに注意を払う必要があります。なぜかというと、クラシック音楽は19世紀以降に西ヨーロッパで近代的な国民国家が成立する過程で発達し、植民地経営を軸とした資本主義による経済的繁栄という政策(=帝国主義)の下、その重要な商品あるいは道具として利用されたからです。

 

クラシック音楽が商品(ビジネスの対象)である以上、利益を最大化するためには市場はグローバルに広い方がよい、となります。「音楽に国境はない」は、グローバル市場を目指す音楽ビジネスにとっては、まさに最強のスローガンです。

 

ところで、日本で本格的に西洋クラシック音楽が輸入されたのは明治初期。そもそも明治維新とは、ちょうど帝国主義時代にあった西ヨーロッパあるいは米国に日本が植民化される、という危機意識に駆られた下級武士たちが起こした政治革命でした。そのような状況下、遅れて帝国主義国家を目指した日本で、クラシック音楽の受容が純粋な知的・芸術的関心に基づいた文化輸入ではなかったことは容易に想像がつきます。

 

森本氏の著作は、上記のような音楽受容の経緯が招来した歪み(しかもそれが百年を経た今日までも尾を引いているように見える)について、日本人自身がどの程度自覚的か、という点を問題にしているように見えます。

 

そして、そのような自己検証を阻んでいるのが、やはりクラシック音楽にまとわりつく権威主義です(これは亭主も全く同感)。とはいえ、馴染みがない輸入文化の良し悪しを権威筋の専門家の判断に頼るのは自然の成り行きでもあります。(ちなみに、森本氏の本では先週のブログで取り上げた井口基成の話もこの文脈で取り上げられています)。

 

一方、もう一つの宿痾(?)としてあるのが島国の住人である日本人の舶来上等意識です。「クラシック音楽の本場はやっぱりヨーロッパでしょ?」「クラシック音楽をやるならヨーロッパで認められてナンボでは?」といった感覚はいまだ健在かつ堅固です。

 

とはいえ、これは一見先ほどの「音楽に国境はない」という言葉と矛盾する言説のようにも聞こえませんか?

 

亭主が想像するに、このような本場意識は日本人がクラシック音楽の「ブランド戦略」にハマった結果ではないかと思われます(ファッションや洋酒を思い浮かべるとよくわかる?)。元々クラシック音楽のビジネスモデルは、ベートーヴェンやショパンといった「大作曲家」ブランドの作品で演奏家が稼ぐ、というものですが、その延長として北米ヨーロッパの演奏家までもが「名人・名オケ」としてブランド化されたとも言えます。

 

言ってみれば、スローガンとしての「音楽に国境はない」に乗せられているわけです。

 

こちらの視点で森本氏の本を読み直すと、実はかなりの部分が「クラシック音楽の本場はヨーロッパで、クラシック音楽をやるならヨーロッパで認められなければ意味がない」という主張に割かれていることが目につきます。

 

これを表面的に捉えれば、相変わらず舶来上等意識に浸っているのではないか、という批判に晒されそうです。

 

とはいえ、森本氏の主張の真のポイントは、「日本の音楽関係者が(受容における「歪み」を引きずった結果)西洋クラシック音楽の肝心要の部分を分かっていないのではないか」という危惧にあり、「ヨーロッパで認められるかどうか」はそれを判定する上でのリトマス試験紙以上のものではない、と読めます。

 

では、日本のクラシック音楽界も「受容における歪み」を脱し、クラシック音楽のキモ(例えば「スウィング」という言葉で表されるような)をきちんと心得た演奏家で溢れる状況になれば、それでめでたしめでたし、となるのでしょうか?

 

亭主はそうでもないだろう、と思います。これは、例えば楽器のことを考えればすぐに想像できます。クラシック音楽がグローバル市場を実現する過程で楽器のピッチが統一され、その構造も世界標準のようなものが出来上がりました。その結果招来したのは実に均質なサウンドです。例えばピアノも然りで、各ブランドは販売競争のために微妙な差異を言い立てるものの、実のところはどれも似たようなもの、という(サウンド的には)退屈な世界になってしまいました。

 

「スウィング」に関しても、演奏家の出自や経験に由来する変化(お国訛り)はあるだろうし、聴衆が彼・彼女の生演奏を聴きに出かける動機もそこにあるでしょう。(誰が演奏してもひとつの「完璧な演奏」のようなものに収斂するようなことになれば、単に退屈なだけです。)

 

ここにおいて、クラシック音楽における土着的・地方的なものが、その創造的で魅力的な側面として再度現れてくるのではないか。

これについてのヒントになりそうなエピソードとして、米国発祥のジャズにおけるupbeatを強調する奏法の起源がフランス18世紀バロック音楽におけるイネガル奏法にあるのでは、という説を大変面白く読みました。曰く、

「17世紀から18世紀にかけてフランスが主権を握っていたルイジアナ領地は、現在のルイジアナ州からカナダ国境までの広大な地域に渡っていた。…アフリカから奴隷として売られた米国南部の館で、夜な夜な演奏されるフランス風のバロック音楽がイネガルだったのである…それらを奴隷たちが耳にし、その子、その孫も聴いて、南北戦争になり、やっと解放され、戦場に残ったラッパを拾う…彼らが吹くラッパはinegales(不揃い)にスウィングして歌っていたのではないか。」(同書、pp.194–195)

狭い意味でのクラシック音楽はさておき、日本でも旋律と和声進行からなるホモホニックな西洋音楽が根付き、島国ならではの独自な進化を遂げてきています。最近では、1970-80年代日本のシティ・ポップが海外で大人気とのことですが、これも見方によっては明治期に導入された洋楽が土着化・地方化することでもたらされた新しい音楽と言えます。いわばガラパゴス系の洋楽ですが、こういうローカルなものこそが音楽の魅力の欠かせない一部ではないか。(クラシック音楽で言えば、武満徹が外国でウケた理由も多分これ。)

 

というわけで、日本のクラシック音楽は確かに歪んでいるかもしれませんが、ローカルな魅力を持つ音楽としては、まだまだ進化する余地がありそうな気がします。