「マンガ大賞2020」を受賞した山口つばさによる人気漫画を実写映画化し、空虚な毎日を送っていた男子高校生が情熱だけを武器に美術の世界に本気で挑む姿を描いた青春ドラマ。
高校生の矢口八虎は成績優秀で周囲からの人望も厚いが、空気を読んで生きる毎日に物足りなさを感じていた。苦手な美術の授業で「私の好きな風景」という課題を出された彼は、悩んだ末に、一番好きな「明け方の青い渋谷」を描いてみる。絵を通じて初めて本当の自分をさらけ出せたような気がした八虎は、美術に興味を抱くようになり、またたく間にのめりこんでいく。そして、国内最難関の美術大学への受験を決意するが……。
ジャズミュージシャンの世界
水墨画の世界
これらの映画がお好きな方にはきっと刺さる映画だと思います。
生きる目標が見つけられなかった青年が、絵画と出会い、苦しみ、そして成長する物語。
漫画原作者の山口つばささんは、実際に都立芸術高校、東京藝術大学卒なので、ストーリーが非常にリアルです。
入試の様子なども全て再現されていました。
少しだけ漫画を読んでみましたが、受験のノウハウを含め、絵を描く技術についてかなり詳しく書かれていて、とても興味深い内容なんです!
映画という媒体では説明的になり過ぎて流れが失速してしまうし、全てを詰め込むことはできないからほぼ省かれているのが残念でした。
藝大受験に向かうシーン。
レンガ作りの校舎脇の歩道を歩いて、
ちゃんと東京藝術大学の正門が映ったのは嬉しかった!
国立大学だけど許可下りたんですね。
美術学部は近代的な門になってしまったけど、向かい側の音楽学部の正門は、今も昔のままなんですよ。
●主人公の矢口八虎
(眞栄田郷敦)2000年生まれ
成績優秀で人望も厚いが、空気を読んで生きることに自身も物足りなさを感じている男子高校生。尋常ではない努力家で、美術との衝撃的な出合いを果たしたのちは、東京藝術大学を目指して、邁進していく。
なんとなく、ソツなく毎日を過ごしている高校2年の矢口八虎。
不良グループとつるみ、タバコやお酒は当たり前。
明け方まで渋谷で遊ぶ半面、成績はトップクラス。
でも生きている実感はありませんでした。
テストも人付き合いも戦略を立ててノルマをこなすだけ。
ある日、美術部の先輩が描いている1枚の絵に出会い、心に何かが芽生えます。
先輩が教えてくれた言葉
あなたが青いと思ったら
ウサギもリンゴも青くていい
八虎は、美術の授業で出された課題「私の好きな風景」で、自分が一番好きな「明け方の青い渋谷」を書き、
初めて自分をさらけ出せたように感じました。
そして、その絵が人の心に届いた感触になんとも言えない高揚感を覚えたのです。
美術は文字じゃない言語
初めて人と話せた気がした
しかし美術で食べていくのは難しいだろうし、美大の学費はとても高い。
美術顧問の先生に相談してみると、国立の東京藝術大学なら学費は公立の他の大学と同じと教えてくれましたが、国内最難関と呼ばれる藝大受験に今から取り組むなんて天才でない限り到底無理!
でも先生から貰った言葉に勇気づけられ、八虎は受験を決意します。
好きなことをする努力家は
最強なんです
美術の予備校に通い出すと、周りには才能あるライバルたちばかり。
経験も才能も持ってない自分はどうすればいい??
上辺だけ他人の作風を真似たり、技術に走ったり…でも本質は何も捉えられない自分に焦る八虎。
しかし彼は「自分は天才ではない。それならば天才と見分けがつかなくなるまで努力するしかない。」と考え、誰よりも努力と研究を重ね、大葉先生からの的確な指導も受け止め、やがて自分自身を描くことの意味を見つけます。
まさに「線は、僕を描く」ですね。
その他のキャスト
●ユカちゃん 鮎川龍二
(高橋文哉)2001年生まれ
自分の“好き”について葛藤する、女性的な容姿の八虎の同級生。
日本画で藝大入学を目指している。
世間が良いってものにならなきゃいけないなら 俺は死ぬ
俺の好きだけが俺を守ってくれるんじゃないのかなぁ
元々華奢だと思うけど、相当体も絞ったんじゃないかな。男性であの薄さ、細さのスタイルをキープするのは大変だったと思います。
トランスジェンダーの難しい役どころですが、きちんと向き合って演じているのが分かります。
●高橋世田介
(板垣李光人)2002年生まれ
美術予備校に入った八虎の前に突如現れる天才少年。
勉強も絵の才能も頭抜けている。孤高の存在で、八虎の最大のライバルとなる。
コミュニケーションを取ることが苦手で口が悪い。
気難しい屈折した天才役、ピッタリですね。
この目力、良いです!
この二人は、八虎の成長に大きくかかわっていますし、それぞれに大きな葛藤を抱えているので、バックグラウンドについてもっと知りたいなと思いました。
高橋文哉君と板垣李光人君は、仮面ライダーにも出演していますし「フェルマーの法則」や「君と世界が終わる日に」など、共演が多いですね。
●森 まる
(桜田ひより)2002年生まれ
八虎の一つ年上の先輩で、美術部に所属。
八虎が苦難にぶち当たるたびに乗り越えるきっかけを与えるなど、彼のミューズ的存在となる。“祈り”をテーマに絵を描き続けている。
彼女も子役から着実に成長していますね。
眞栄田君だけちょっと年が離れているかと思いきや、ほとんど同年代で驚きました。
彼ら4人も、俳優という世界で努力を積み重ね生き残ってきた面々。
これからも益々活躍していくと思います。
●佐伯昌子(薬師丸ひろ子)
八虎たちが通う高校の美術教師で、美術部顧問。
●大葉真由(江口のりこ)
八虎たちが通う美術予備校の講師
八虎を美術の道に招き入れ、指導してくれた2人の先生は本当に財産です。
八虎は天才ではないけれど、頭が良くて集中力がありました。
だから課題の意図や努力の方向性を見定めることができるのが強味です。
その上で、自分のプライドを捨て、自分をさらけ出し、全身全霊を賭けて努力することができた時、奇跡を起こすことができるのです。
ユカちゃんの「藝大は、全てを捨てて腹を括って死に物狂いで努力できる人だけが行くところ」というセリフが物語っています。
今まさに開催されているオリンピックもそうですよね。
スポーツではあるけれど、あの美しい肉体と動きには、世界トップに上り詰めた人だけが到達できる揺るぎない精神が宿っています。だからこそ、見ている人を感動させられる。
タイムや技、点数ではっきり勝敗がついてしまうスポーツは残酷ではありますが、音楽、美術、演技、そういった無形の芸術を評価するのは非常に難しいです。
まだ音楽や演技は日常世界でもたくさん触れる機会が多いので、共感しやすいかもしれません。
しかし美術、それも油絵となると受け取る側もかなりハードルが高いです。
好きか嫌いかはまだしも、巧いかどうかを判断するのは今回の映画でも難しかったと思いますが、目を惹きつける絵の見せ方は工夫されていたと思いました。
描いた本人が好きで楽しんで情熱を込めて作ったものは、それを見た人も楽しくなるが、どんなに技術があっても、情熱のないものは人の心に響かない。
これはどの芸術でも、あるいはスポーツでも仕事でも同じだと思います。
親や周りに強制されたのではなく、人生に一度でも「自分が好きなもの」に死ぬほど打ち込めた人は幸せです。
「自分で自分をほめてあげたい」
その境地に達することができた人は、その先どのような道も歩いて行けるでしょう。
泥臭い努力はせずサラッとこなすのがカッコいい、みたいな風潮がありますが、努力することこそカッコいいんです!!
そういうのを若者にも分かってもらいたいな。
実は、眞栄田郷敦クン自身も、藝大受験経験があるそうです!
10歳の時、空手道の全米大会で準優勝。
京都市立修学院中学校から明誠学院高等学校へ入学し、吹奏楽部で部長を務め、全国大会銅賞を受賞する。
サクソフォーンでプロを目指し、東京藝術大学を受験するも不合格で、サックスの道を断念したとか。
まさに「八虎は自分」だと思えたでしょうね。
その後、兄の新田真剣佑が主演した『OVER DRIVE』の試写会に足を運んだ際、芸能界にスカウトされました。
テレビで初めて見かけたのはノーサイド・ゲーム(2019年)。
その時から存在感はありましたし、昨年のドラマ「エルピス」でもすごく成長したなと思いましたが、今作でもともかく目の演技が光っていました。
もちろん、恵まれた環境に育ち、やりたいことをやらせてもらえたり、普通の人よりチャンスも多かったでしょう。
その反面、親の七光りと言われ、芸能一家に育った苦労もあったと思います。
でも彼には、八虎と同じように自己プロデュースのセンスがあり、やはり相当な努力家だと思います。
藝大は、音楽学部も合格人数が少なく倍率は10倍ぐらいですが、昔から美術学部の油絵科は、最も倍率が高くて200倍ぐらいだった頃もあります。
3浪4浪は当たり前みたいな世界ですが、受験&合格というのはあくまでも「行先が決まって、乗車チケットが買えた」だけのことです。
なので、司法試験などもそうですが、5年も10年も浪人するというのは、ちょっと違うんじゃないかなって思います。
切符を買うことすらできないのに、目的地のことばかり夢見ているのですから。
高校生にとって、受験は人生の全て。
この大学に行けなかったら、その先どうすればいいのか不安で一杯になってしまいます。
それにまだ「学校」という世界しか知らないのに、本当に自分の好きなものに出会えるのも稀なことです。
「受験なんて人生の通過点」と言えるのは、そこを通過してきた大人だけ。
ここで失敗したら人生終わり、と思い詰めてしまう気持ちは、とてもよく分かります。
大学合格で燃え尽きてしまう人もいますが、その先の長い人生をどう生きていくのかが本題。
人生には色々な転機、出会いがありますから、自分で世界を狭めず、いろんなことに挑戦して経験や出会いを重ねていくことが大事ですね。
その上で「好き」を仕事として生きていけたら、素晴らしいことです。
山口つばささんと画家の中島健太さんとの対談、美術業界の本音が分かってとても面白いですよ!