九月大歌舞伎「東海道四谷怪談」 | akaneの鑑賞記録

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四谷怪談とは、元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された日本の怪談です。

江戸の雑司ヶ谷四谷町が舞台となっていて、基本的なストーリーは「貞女である岩が、夫の伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」というもので、鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が有名です。

日本一有名な怪談といわれるほど現代に至る怪談の定番とされ、何度も舞台演劇や映画、テレビドラマ化されてきたため、様々なバリエーションが存在します。
 

 


江戸時代、文政8(1825)年に江戸三座の中村座で初演された「東海道四谷怪談」は、言わずと知れた鶴屋南北の代表作です。実はこの「四谷怪談」、赤穂浪士の討ち入りを描いた「仮名手本忠臣蔵」のスピンオフ、いわば「忠臣蔵外伝」として書かれたものなのです。

江戸時代の初演時は、2日間に渡って「仮名手本忠臣蔵」と「東海道四谷怪談」を時系列に沿って交互に上演しました。

1日目は「忠臣蔵」1段目~6段目→「四谷怪談」1幕~3幕。

2日目は「忠臣蔵」7段目~10段目→「四谷怪談」3幕~幕切れ→「忠臣蔵」11段目(討入り)。

 

なかなか気の長い上演形態ですよね。

今では見る事のできない凝った演出です。

ここまでではありませんが、2015年12月に、国立劇場で松本幸四郎さんが上演した「東海道四谷怪談」は、忠臣蔵とのつながりも意識した演出になっていました。

 

 



さて今回ですが、4月に上演された「桜姫東文章 上の巻」、6月に上演された「桜姫東文章 下の巻」と同じく、坂東玉三郎様(71)と片岡仁左衛門様(77)の夢の競演!!

こちらもチケットは早々に完売となりました。

二人が「四谷怪談」で共演するのは、仁左衛門様がまだ「片岡孝夫」を名乗っていた1983年が最後で、38年ぶりに「孝玉コンビ」が復活なんです!
今回の共演について歌舞伎関係者も「まさか四谷怪談で孝玉コンビが実現するなんて」と驚きを隠せずにいるほどの貴重な上演。
コロナ禍において、歌舞伎座が客席を半分にし、上演時間も短くするなど、変則的な興行を続けているため、「上演時間も短く演者の負担が少ない。演目数も減って、看板俳優同士の豪華共演も可能になった」ということもありますが、これからの歌舞伎界のために、お手本となる演技を残すための公演ですよね。

ありがたいことです。

四谷怪談を演じるときは、必ずゆかりのある神社などにお参りするのが習わしで、今回も玉三郎さんは東京・四谷の「於岩稲荷」「田宮神社」など3カ所を参拝なさったそうです。

 

 

 

 



まずはサクッとあらすじを。

時は暦応元年(1338年)、元塩冶家の家臣、四谷左門の娘・岩は夫である伊右衛門の不行状を理由に実家に連れ戻されていた。伊右衛門は左門に岩との復縁を迫るが、過去の悪事(公金横領)を指摘されたため、辻斬りの仕業に見せかけ左門を殺害。同じ場所で、岩の妹・袖に横恋慕していた薬売り・直助は、袖の夫・佐藤与茂七(実は入れ替った別人)を殺害していた。ちょうどそこへ岩と袖がやってきて、左門と与茂七の死体を見つける。嘆く2人に伊右衛門と直助は仇を討ってやると言いくるめる。そして、伊右衛門と岩は復縁し、直助と袖は同居することになる。

田宮家に戻った岩は産後の肥立ちが悪く、病がちになったため、伊右衛門は岩を厭うようになる。高師直の家臣伊藤喜兵衛の孫・梅は伊右衛門に恋をし、喜兵衛も伊右衛門を婿に望む。高家への仕官を条件に承諾した伊右衛門は、按摩の宅悦を脅して岩と不義密通を働かせ、それを口実に離縁しようと画策する。喜兵衛から贈られた薬のために容貌が崩れた岩を見て脅えた宅悦は伊右衛門の計画を暴露する。岩は悶え苦しみ、置いてあった刀が首に刺さって死ぬ。伊右衛門は家宝の薬を盗んだ咎で捕らえていた小仏小平を惨殺。伊右衛門の手下は岩と小平の死体を戸板にくくりつけ、川に流す。

伊右衛門は伊藤家の婿に入るが、婚礼の晩に幽霊を見て錯乱し、梅と喜兵衛を殺害、逃亡する。

袖は宅悦に姉の死を知らされ、仇討ちを条件に直助に身を許すが、そこへ死んだはずの与茂七が帰ってくる。結果として不貞を働いた袖はあえて与茂七、直助二人の手にかかり死ぬ。袖の最後の言葉から、直助は袖が実の妹だったことを知り、自害する。

蛇山の庵室で伊右衛門は岩の幽霊と鼠に苦しめられて狂乱する。そこへ真相を知った与茂七が来て、舅と義姉の敵である伊右衛門を討つ。





今回は、田宮家に岩が戻ったところから、梅と喜兵衛を殺害したところまでに絞っての上演です。



貧乏長屋で傘の紙張りをしている伊右衛門。
お岩さんは、産後の肥立ちが悪くて、別室で臥せっています。
伊右衛門の子分たちは、家宝の薬を盗んだ咎で捕らえていた小仏小平をメチャメチャにいたぶっています。
伊右衛門とお岩に仕える小仏小平は、病気で足の不自由な塩冶浪士・小汐田又之丞をかくまっていたのですが、金がなく薬も替えないため、民谷家に伝わる秘薬を盗もうとしたのでした。

乳飲み子が泣くと伊右衛門は「こんな暮らし(貧乏)なのに、子供なんざ生みやがって空気よめねぇやつ!これだから素人女は…」って言うの。

いきなりこんなシーン、凄くない?!

 

 

 


ある日、お隣の伊藤喜兵衛に仕える乳母・お槇が、血の巡りの良くなる薬だからきっと良くなるはずといってお岩に薬を持ってきました。子供には新しい着物も。
伊右衛門は礼を伝えに伊藤家へ向かい、お岩は「ありがたい…ありがたい」と丁寧に薬を飲むのですが、やがて「あぁ…顔が熱い!顔が痛い!」と苦しみ始めます。

伊藤喜兵衛は孫娘のお梅が伊右衛門に夢中なのを知り、なんとかお岩を亡き者にして孫娘のお梅と伊右衛門を結婚させようと企んで仕込んだ毒薬だったのです。

 

 

 

伊藤宅を訪ねた伊右衛門は喜兵衛から策略を告げられ、どうにかお梅と一緒になってくれないかと懇願されます。
もとよりお岩に愛想がつきていた伊右衛門は、若いお梅と金目的にあっさり承諾。

 

伊藤家は、高師直の家来。

赤穂藩士の伊右衛門とは敵対関係ですが、そんなこともお構いなしです。

 

 

 

 

帰宅すると喜兵衛の言う通り、お岩は右目がひどく晴れ上がり、醜い顔になっていました。
しかし伊右衛門はお岩を労わるどころか「金がいる」と蚊帳を取り上げ(夏場は必須アイテムでした)、お岩の着物まではぎ取って家を出ていきます。
途中で出くわした宅悦(伊右衛門家の手伝いをしている人)に金を渡し、離縁の口実にするためお岩と不義密通するように脅します。渋々承諾した宅悦でしたが、醜くなったお岩にひるみます。

それでもなんとか口説き始めるとお岩は刃物を出して拒否。ついには宅悦はこの計画のすべてを白状してしまいます。

怒ったお岩!
伊藤喜兵衛に直談判しに行くと言って身なりを整え始めます。
髪をすくとどんどん髪は抜け、さらに血がしたたり落ちます。
前髪部分がすっかりなくなってしまいます。
見かねた宅悦はお岩の手を止めようとしますが、二人はもみあいになり、お岩は先ほど自分が振り回して柱に刺さっていた刃物に刺さり死んでしまいました。

 

 


戻ってきた伊右衛門は、押し入れに監禁していた小仏小平も殺して、二人が不義密通していたことにし、伊右衛門はお岩と小平の死体を戸板の表裏にうちつけ川に捨てました。

 

 


ひと騒動終え、正式にお梅が嫁入りにきます。喜兵衛も一緒です。
(そんな家によく嫁入りできるな。。。)


その夜、床をともにする二人。
しかし伊右衛門が布団に入ると、そこに横たわっているのは死んだはずのお岩!!
錯乱する伊右衛門はその首を切り落としますが、それは嫁いできたばかりのお梅でした。

完全にパニックになる伊右衛門。

別室の喜兵衛を起こしに行くと、そこにも殺したはずの小平が!
これも首を刎ねると、実は喜兵衛でした。

伊右衛門はお岩と小平の霊に取りつかれ、喜兵衛とお梅を殺してしまったのです。

 

 

 


まぁこのあとも色々あるんですが、「四谷怪談」のメインはなんといっても「二幕目 伊右衛門浪宅・伊藤喜兵衛宅の場」です。

伊右衛門は、人間を超越した恐ろしいほどの冷酷さというか、もはやサイコパスなんですけど、こういうお役は「色悪(いろあく)」といって、必ず超絶二枚目の役者さんが演じます。
仁左衛門様はまさにお手本ですね。
極悪非道なんだけど、どこかあっけらかんとしているようでもあり、色っぽく魅力的でなくてはなりません。




対してお岩さんは、貧乏と体調の悪さとDV伊右衛門と暮らすストレスで、もはやギリギリの状態です。
元々は武士の娘で、真面目な人だから余計に思いつめちゃう感じ。


「常から邪険な伊右衛門どの…」で始まるセリフがとても哀しい。

男の子を産んだら少しは気も変わるかと思ったけれどそんなそぶりもない。
毎日毎日、「ごくつぶし、役立たず」と悪口三昧浴びせられ
本当に辛いけれど、父の仇を討ってもらうまではと我慢。
でもそれも限界。。。


仇討ちと言っても、父親を殺したのは伊右衛門ですから、絶対実現するわけないんです。
 

 


最初はとても弱弱しくて、もらった薬を毒薬とはしらず、本当に丁寧に丁寧にありがたがって飲むんですね。

体が弱っているから、よっこらしょ、とようやく立ち上がって、湯飲みにお湯を入れて、粉薬を絶対残さないように、最後は湯飲みの中にバラバラと落としてお湯に溶かして飲む。
そういう一連の運びがとても丁寧なんです。

 

子供のためにもらった着物も、「あーこれはとてもお仕立てがいいわね。お梅さんが縫ったのかしら。丁寧に仕上げてあってとても良い仕事ぶりだわ。」と着物を裏返したりしながら見ていくところとか、そういう細かい動きも全部決まり事なんですけど、見ているほうは毒を飲まされるって知っているので、なんかもういたたまれない気持ちで見ているわけです。

 


伊右衛門は蚊帳まで金に換えようと持ち去っていくのですが、日本家屋の夏場は、蚊帳がないと子供が蚊に刺されて大変なんです。
だから「こればかりは置いて行って下さい!」っと蚊帳に取りすがって懇願するのですが、伊右衛門は「そんなに蚊が大変なら、お前が一晩中ウチワで扇いで蚊を追い払え!」と言って蹴り飛ばして無理やり奪っていくので、お岩さんは爪を剥がしてしまいます。

 


「あ…爪が剥がれた…」ってポツンと言うセリフとか、本当にゾッとするほど可哀想なんです。
 

 

 


その後、伊右衛門と伊藤家に騙されたことを知ると、惨めさと悔しさが一気に押し寄せて、「あんなにありがたがって薬を飲んだのが恥ずかしい!!」と怒りが爆発!!
隣の家に文句を言いに行く!と身支度を始めるんですね。
まだ鏡を見ていないので、自分の顔が崩れたのにも気付いていないんです。
鉄漿をして、髪も結い直さないと!
で、有名な髪すきの場面になるんですが、櫛を通すたびに髪の毛は抜け落ち、血がしたたり落ちるという凄惨な場面になります。


玉三郎さんのお岩は、生きながら段々怨霊になっていくお芝居が凄いんです。
怨念がメラメラ青い炎のように燃え上がってきて、見ているほうも金縛りにあうような気持ちになってきます。

本当に日本の幽霊画そのものの姿で舞台に立っているんですよ~~怖い怖い

 

 

 

 


鶴屋南北のお芝居の世界って、こういうおどろおどろしい日常を描いたものが多いですね。
時代劇などでなんとなくファンタジックなイメージでとらえがちな江戸時代ですが、人を殺したり殺されたりが日常茶飯事だったのでしょうか。夜道は野犬や人斬りが潜んでいたともいうし。


お岩さんが柱にささった刀で絶命するシーンですが、桜姫東文章でも、清玄が死ぬとき同じ方法でしたね。
使いまわしですね(笑)