アカデミー賞7部門にノミネートされた「オデッセイ」の原作「火星の人」などで知られる作家アンディ・ウィアーのベストセラーSF小説を映画化。滅亡の危機に瀕した地球の運命を託された中学の科学教師が、宇宙の果てで同じ目的を持つ未知の生命体と出会い、ともに命を懸けて故郷を救うミッションに挑む姿を描く。
太陽のエネルギーが奪われるという原因不明の異常現象が発生。このままでは地球は冷却し、人類は滅亡してしまう。同じ現象が太陽だけでなく宇宙に散らばる無数の恒星で起こっていることが判明し、11.9光年先に唯一無事な星が発見される。人類に残された策は、宇宙船でその星に向かい、太陽と人類を救うための謎を解くことだった。
この“ヘイル・メアリー(イチかバチか)”プロジェクトのため宇宙に送り込まれたのは、優秀な科学者でありながら学会を去り、いまはしがない中学教師をしていたグレース(ライアン・ゴズリング)だった。
彼は地球から遠く離れた宇宙でたったひとり、自らの科学知識を頼りにミッションに臨み、そこで同じく母星を救おうと奮闘していた異星人ロッキーと出会う。姿かたちも言葉も違う2人は、科学を共通の言語にして難題に立ち向かい、その過程で友情を育んでいくが……。
「ヘイルメアリー」の語源は、カトリック教会の祈りである 「アヴェ・マリア(Ave Maria)」の英語表現です。この言葉は、「マリア様のご加護を」という意味合いを持ち、成功の可能性が低い状況での「神頼み」や「最後の望み」といったニュアンスで使われます。
なかなか面白かった!
はとても好きな作品だったので、同じエネルギーを感じますね。
悪い人が出てこず、みんな最後まであきらめずに頑張る!というところも元気が出ます。
映像や俳優の動きで感情を伝えていくのも、とても良かった。
ともかく宇宙の様子や異星人のロケットの造形など、映像が非常に美しいのですが、徹底的な情報規制なのか、全く画像がありません。
太陽エネルギーを奪う黒い粒子が発生し、地球を含む銀河系は氷河期となりやがて生命体は消滅してしまうという危機的状況。
この現象は他の銀河系でも進行しつつあります。
問題の粒子は単細胞生物であり、熱やあらゆる周波数の電磁波を完全に吸収し、そのエネルギーを再び赤外線として放射することでロケットのように宇宙を移動していることを解明。この生物はアストロファージと命名されました。
唯一、11.9光年離れたタウ星のみ、アストロファージに影響を受けておらず、その原因を究明することでしか人類を救う方法はないのです。
一刻も早く対策をしなくてはならないため、急ピッチでアストロファージを燃料とする宇宙船を開発しますが、燃料搭載量には限りがあり、任務を終えたとしても地球に帰ってくることはできません。
このミッションは片道切符なのです。
そういう暗いテーマではありますが、主演のライアン・ゴズリングの絶妙な軽さ、洒脱さがこの映画の醍醐味。
ユーモアの感覚、ポジティブな雰囲気、いきいきとした躍動感。
彼はほぼ出ずっぱりで、宇宙船のセットの中での1人芝居なんですが、人間くささや感情の豊かさ、弱さといった部分をみごとに演じていて素晴らしかったです。

「フォールガイ」のように、ちょっと情けなくてダメンズなんだけど温かみがあって、スイッチが入ったら絶対あきらめない男気あり!みたいなキャラ。ピッタリですよね。
ただ、ほぼ拉致状態で宇宙船に乗せられて、生き残ったのがたった一人で、何の訓練も受けていなくて、いきなり宇宙船で活動できますかねぇ。
操縦したり宇宙船の機能をフルに使ったり。
マニュアル見ないと宇宙服も着られないのに。
それに亡くなったクルーをそのまんま宇宙に放り出して良いのでしょうか?その…宇宙ゴミ…的な問題で。
「宇宙葬」と言えば聞こえは良いですが、生きている人間だって宇宙服を着ないで船外に出たらどんなことになるか分からない(爆発するとか?一瞬で焼けてしまうとか?)のに。
その辺はかなりご都合主義だなぁと思ってしまいました。
宇宙で出会ったタウ星の科学者は、ごつごつした岩っぽい外見でカニのような形状をしています。
敢えて目や口を描かないことによって表情が限定されず、キャラクターがより自由に存在できているように思いました。
お互いの星の情報を送りあい、
身振り手振りでコンタクト、言語をPCに取り込んで解析し、会話ができるようになっていく過程が面白いです。

時計の読み方、時間の概念を説明するときの思考の流れなど、すべてが「未知のものごとを知る喜び」に満ちていて感動的です。悲壮感やギスギスしたところが全くありません。
科学者同志だから、意思疎通ができるようになれば話は早い。
そして命をかけて互いを守るバディになっていくのです。
科学者、アーティスト、アスリート。
みんなそれぞれ国が違っても認め合い、助けあっていくことができるのに、なぜ政治家は争うことしかできないのでしょうね。。。
この映画にも、そういう想いが込められているように思いました。
とてもハートフルで美しい映画ですよ。
オススメです!
ネタバレはしないで見てほしいのですが、自分的によく分からなかった部分、下記にまとめましたので、映画をご覧になった方だけ、読んでくださいね。
ロッキーたちエリディアンの文明は、放射線や相対性理論の存在を知らないまま船を建造していたため、ロッキー以外のクルーは宇宙線による放射線障害で全員死亡しており、ロッキーはタウ星系で46年にわたって孤独に調査を行っていました。
さらに、相対性理論を使わずに航行計画を立てていたため、ブリップAには莫大な量のアストロファージ燃料が余っており、ロッキーはグレースが地球に帰れるように燃料を提供することを申し出ます。
科学知識において人類に劣る一方で、エリディアンの材料技術は人類のそれを遙かに凌駕しており、例えば彼らの船は、ダイヤモンドよりも硬くかつ割れにくいキセノナイトという素材で作られています。
グレースたちは「アストロファージはタウ星系においても恒星と惑星を往復しながら繁殖しているが、その量は一定に保たれている」ことを発見しました。その理由として「惑星の大気の中にアストロファージの捕食者がいるためである」と推測されたため、グレースとロッキーは大気のサンプルを採集します。グレースはサンプルから捕食者である微生物を発見し、タウメーバと命名しました。
グレースとロッキーは、金星やロッキーたちの星で繁殖できるようにタウメーバを品種改良し、ヘイル・メアリー号の修理と燃料補給が済んだ後、二人は別れを告げてお互いの星へと帰還します。
しかし地球に向かう途中、グレースはタウメーバが繁殖器から抜け出していることに気が付きます。品種改良を経たタウメーバは、キセノナイトを通り抜けられるように進化してしまったのでした。
ロッキーの宇宙船はキセノナイト製。
このままではタウメーバに燃料を食いつくされてしまう!!
ラストシーン。海辺でくつろぐ二人。
グレースは普通にしていて、ロッキーはシールドを装着している状態。
地球でもなさそうだしなぜ?ここはどこ?と思ったのですが…
エリディアンと人間とでは生存できる環境(空気)が異なります。さらにタウ星の食料には人間には有毒な重金属が大量に含まれているため、これを食べることもできません。グレースは、ロッキーたちエリディアンを見捨てて地球に帰るか、彼らを救ったのち餓死するか、の選択を迫られていたのです。
そして自分が地球に帰還することは諦め、餓死することも厭わずロッキーを助けに行きました。
その後、グレースはタウメーバを当面の食料とすることで生き延び、ロッキーたちの星で暮らしました。タウメーバを用いてアストロファージ問題を解決したエリディアンたちは、星を救った恩人であり科学的関心の対象でもあるグレースを生かすため、できる限り快適な環境を提供し、栄養バランスのとれた合成食料を開発したのです。
そして、グレースはタウ星においても、若者に科学を教える教師として暮らしています、というラストでした。
この辺がマルっとカットされていたので、グレースが本当に決死の覚悟でロッキーを助けに行ったことや、その後の経緯が分かりづらかったです。




