涼やかだが人を見透かすような鋭い眼差し、筋の通った高い鼻、紅でもつけているのではないかと見まがうほどの血色も形も良い唇、先ほど見た猿とはまるで別人だ。周りの動きを瞬時に見て取るその隙のない目の動きには頭の良さが感じられる。
(胡蝶、そなたの目はほんに侮れぬわ)
と道三は心の中で唸っていた。世の者はこれをウツケと申していたのか、とんでもない事だ。日頃のあの格好でも決して消えないこの目を見ればどのような男か分かるであろうに。天下を取る男はこういう男かも知れぬと真剣に思った。
杯を交わし、湯漬けを食べて短い会見は終わった。帰る時には信長はまた元の異様な格好に戻っていた。途中まで道三は信長の行列を送って行ったが、尾張衆の長い槍と比べて道三の供が備えている槍は短く、鉄砲隊もいないから道三の行列は信長の行列よりずっと貧相に見えた。
「お父上様、またお目にかかれますことを願っております。どうぞお健やかに」
「そこもとも達者でな。くれぐれも…」
と道三は娘の事を頼もうとして口を閉じた。すでに親元を離れた娘の身をどうしようが、それこそ切って捨てようが、焼いて食おうが自由なのである。そんな道三の気持ちを察したのか信長はにこやかに笑って答えた。
「安心召されよ。つつがのう暮しておりまする。ほんに面白い毎日でござる」
「そうか、面白いか…それは長上長上」
そうして道三と信長は田代(でんだい)で別れた。道三は帰り途中茜部(あかなべ)で休憩し、そこにいた侍大将の猪子兵助(いのこひょうすけ)に、
「その方は、信長をどういう男と見たか?」
と尋ねた。今回は信長を圧倒するつもりで来たのに兵の数も武器も先手を取られてしまっていた。
「お館様に会うときは一応、格好だけはしつらえていたようにありますが、帰りもあのような格好をして恥ずかしげもなく帰られるとは…噂にたがわぬウツケかと存じまする」
「本当にそう思うのか」
「他に考えようがありますまい。付け焼刃に形を整えても本性は変わらぬものにございます」
「お前には見えぬか…」
「何がでございますか」
「あの男の前に広がっている道だよ」
「道、と申しますと」
「その道の先には死人(しびと)の群れも見えるわ」
と言って道三は豪快に笑った。
「は?」
「しかしながらわしの子供らは、いずれあれの門前に馬を繋ぎ平伏すことになるだろう」
「お戯れを…」
「戯れか…まあそれもこの世の定めじゃな。できるならこの目で見届けたいものぞ」
そう言って道三はまた笑った。が、この行く末を道三が見届ける事は叶わぬ事であった。
※こちらのお話しは史実に沿ってはいますが、不明な部分、定かでないところは多分に作者の創作(フィクション)が含まれますので、ご留意の上ご拝読いただけますようお願いします。
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