勘違い (後編) | タイトルのないミステリー

タイトルのないミステリー

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「ヒエェーッ!」

千夏の死体を見て素っ頓狂な悲鳴をあげてしまった。死体を発見するなんて、人生で初めての出来事だ。しかも昨日まで普通に喋っていた相手なのに。課長に連絡すると、本当に死んでいるのかと何度も聞かれたけれど、大の字になって、目を見開いたまま天井を見ていた千夏のあの顔はどう見ても生きている人の顔だとは思えなかった。玄関口からは投げ出された足だけが見える。ピクリとも動かないその足はもう2度と動かない、そう感じる。頭の中に今見たばかりの千夏の顔が蘇る。課長が震える声でちゃんと確認しろ、なんて言ったけれど、もう一度あの死に顔を見に行く勇気はなくて、管理人に頼もうとしたら、管理人も首を横に振った。まあ、そりゃそうだ、誰だって、死人の顔など何度も見たくない。

「け、警察を…」

管理人が思い出したようにそう言って電話を掛けた。

 あれは私の見間違いだろうか…首の周りにあったあの赤いうっ血したような痣は何だったのだろう。まるでサスペンスドラマによくあるような…そこまで考えて私はブルッと首を横に振った。

(まさか…そんな事…)

そしてその後、警察が来て嫌な想像は的中してしまった。千夏は殺されたのだ。絞殺、首を絞められて殺された、という事らしい。

最悪だ…隣の部屋で、だなんて。今夜からここで寝るのも怖いじゃないか、と思った。

隣の部屋で同僚が殺された事も、その殺人犯がどこにいるのか分からない事も怖い。千夏が殺された事はあっという間に社内中に知れ渡り、大騒ぎになった。みんな仕事どころじゃない。

誰が?どうして?そんな憶測が飛び交う。私は千夏と親しくしていたって事もあって、警察にも色々事情を聞かれたけれど、千夏の交友関係をさほど知っているわけではない。

 でも頭の中に木口覺の顔が浮かぶ。あの男があれから千夏の部屋に行って、千夏に断られたりしたら、そういう事も起こるのではないかと思った。

 警察に言った方が良いだろうか、でももしそうでなかったら、あらぬ疑いをかける事になるだけかもしれない。自分のせいで罪のない誰かが警察に捕まるのも嫌だ。そう思っていたら言いそびれてしまった。何も言わずにいたらいたで、もしかして犯人を野放しにしてしまったのではないか、なんて気もしてくる。

「大変な事になったね…」

ぼんやりしていたら後ろか俊介に声を掛けられた。

「あ…うん。そうだね」

「こんな身近で殺人事件だなんて。木口の事を、警察に話した?」

「ううん」

「なんで?」

「だって、木口さんがやったっていう証拠はないし…もし間違いだったらと思うと」

「まあ、それもそうだね。ていうか、本当に心当たりはないの?千夏とは仲良くしてたんだろ?」

「あの子、あんまりプライベートな事は話さない子だったから…」

明るくて優しくて、いつも私の相談に乗ってくれていた。そう思ったら急に悲しみが込み上げてきた。あの千夏がもうこの世にいないなんて…。

「あ…」

「何?」

「昨日の晩、千夏の部屋に誰か来ていたんじゃないかと思うんだけど…」

「誰かって…見たの?」

「そうじゃないけど」

「じゃ、そいつが犯人だったとか?」

「え?」

言われて初めて、そういう可能性もあるのかと思った。考えてみたら私が部屋にいる時に、その凶行が行われていたという事だ。

(怖すぎる…)

とは言っても、引っ越しする余裕なんてない。そんな費用、会社だって出してくれないだろうし。それに例え引っ越し費用を出してくれたとしても都心で、2万で住めるところなんてあるはずもない。あったとしたらよほど小汚いか、いわくつきのボロアパートしかないのは目に見えている。それを考えたら、やはりここに住み続けるしかないと思う。

 お金より命の方が大事、なんて事は分かっていてもお金がないと生活していけない。生活できないという事は生きていけないという事だ、それが現実だ。

 でも帰ってみると、警察がまだウロウロしていて、テレビに出てくるようなテープやブルーシートが張られていて、これじゃあ不審者は近寄れないなと思った。それでも物音がするとビクッとしたりしたけれど、二日、三日と経つうちに大丈夫な気がしてきた。ドラマじゃ犯人は現場に戻る、なんて事がよく言われるけど、考えてみたら私が犯人なら絶対に戻ったりしない。そんな危ない橋を渡るわけがないと思った。

 そうして翌週、さらに思いがけない事が起こった。なんと課長が警察に何度も呼ばれて情聴取を受けているそうだ。2人で仲良く撮った写真が千夏のスマホからも出てきたという事だ。正直なところ、まさかのまさかだ。千夏と課長がそんな関係にあったなんて。真隣に住んでいたのに、全く気付かなかった。よほど用心して付き合っていたのだろう。でも課長はバツイチだけど独身だ。だから不倫という事でもない、そこまで用心する必要もなかったとは思う。とはいえ課長はもう40歳、千夏は私と同じ歳だから25歳、15歳も年上の男性なんて私には考えられない。そう思う絶対にあり得ないけど、もし私が課長と付き合っていたら人には知られないようにするだろうなと思った。会社であれこれ言われるのも嫌だし、結婚となるまで隠す可能性はあるとも思った。

それにしても課長が千夏を殺すなんて信じられない、もしそうなら人って本当に分からない。

別れ話がもつれてって事だろうか、課長からしたら若くて美人の千夏とはどうしても別れたくなかったとか、ならそういう事もあるかもしれない。

「吃驚(びっくり)だな。千夏が課長とだなんて」

「うん。全然知らなかった。木口さんじゃなかったんだね、余計な事言わなくて良かった。もしかしてあの晩、課長、部屋にいたのかな?あの音楽…」

「音楽?」

「うん、千夏の部屋から音楽が聞こえたの。ほら、何とかってクラッシクの、あれ、何だっけ…」

「へえ~。でも、もう大丈夫なの?怖くない?部屋で1人でいるなんて」

「そりゃあ、怖いよ。でも、どうしようもないし…」

「じゃ、今日は俺が真奈美の部屋に行こうかな」

「え?」

そんな事言われるとドキドキしてしまう。

「ダメかな?」

「ダメ…じゃないけど」

 

そうしてその夜、俊介がやってきた。千夏には悪いけど内心「やった!」って思った。

 私は前回同様、食事の用意をして俊介をもてなした。

「もう警察いないんだね」

「やっぱり、課長が犯人なのかな?」

そう言った時に、俊介のスマホが鳴った。

(え?)

それはあの夜、千夏の部屋から聞こえた音楽。

「やっぱ覚えていたんだ。俺、今年から着信音、この音楽にしていて」

「どういう事…?」

「あの夜、君が何度も電話してくるから。こここんなに壁が薄かったんだね。この曲ね、ベートーヴェンの運命って曲。何人も俺がこれを着信音にしていたの知っているから、君に聞かれたのはまずかったなあ」

「それじゃ…あなたが千夏を…?」

「だって君と仲良くしたら千夏が焼きもち焼くかと思ったのに、選りにもよってあんなおっさんと付き合ってたんだよ。これは許せないよな?」

 

(ああ…私また、勘違いしていたんだ…)

 

そう思った時に、俊介の手が私の首に伸びてきた。

そして頭に響くベートーヴェンの運命―――。

 

~♪♪♪~~

 

 

                        

 

<今回もご拝読いただき、ありがとうございました。次回作も宜しくお願いします>